おにぎりが結ぶもの ~ポジティブ店主とネガティブ娘~

花梨

文字の大きさ
上 下
20 / 26
第六章

イートインはじめました

しおりを挟む
 ゴールデンウイークがあけた。

 店頭には「午後一時~三時限定でイートインOK! 限定メニュー有」というポップが置かれた。

 まずは、常連さんへの周知。SNSに書いてしまってうっかりお客さんが増えすぎると、ふたりではお店が回らなくなりそうだからだ。

「へぇ、イートインできるようになったんですね!」

 円香が、ポップを見て声をかけてきた。

 ランチタイムの喧騒が過ぎ、店内も円香のほか客がふたり。

「そうなんです。ぜひごひいきに!」

 おにぎりをにぎりながら、朋子が答える。

「今は……一時過ぎてますね。食べていっていいですか?」

「もちろん! イートインなら、とん平焼きも注文できますよ」

「おいしそう! じゃあ、とん平焼きと塩むすびにします。塩は少な目で」

「はーい。ちょっと待っててね」

 円香の注文を、由加がメモする。複数のお客さんがいるときは、誰がどのメニューを頼んだか紙にメモをする。価格は頭の中にある……と言いたいところだけど、こっそりメニュー表は見てしまう。間違えたら大変だから。

 バーコード決済は導入していないし、クレジットカード決済も非対応。個人経営のお店にとっては手数料もバカにならないから、現金のみの取り扱いにしている。

 イートインスペースといっても、狭い店内だからおにぎりを買いに来たお客さんが横切る。居心地は良くないのではないかと、ヒヤヒヤしてしまう。

「お待たせしました。塩むすびととん平焼きです」

 テーブルの上にお皿に乗った塩おむすびととん平焼きを置く。

 塩むすびは、文字通り塩だけで握られたおにぎり。ごはんと海苔の味をじっくり味わえるとして、隠れた人気メニューになっている。

「わぁ、ほかほか!」

 円香は、いただきまーすと声を出して、とん平焼きを口にした。

 他のお客さんもいる手前、円香にばかり接客はできない。急いでレジに戻り、お会計を済ます。

 お客さんがお店の外に出たのを見計らってくれた円香が、朋子に声をかける。

「すっごくおいしいです! 朋子さんの作る料理って、なんでこんなにおいしいんでしょうね」

 しみじみとした口調で言う。

「やぁね。普通のおばさんが作ってる家庭料理よ」

「由加さん、ずーっとこんなにおいしい料理を食べて育ってきたなんて羨ましいです」

「毎日食べていると、これが普通だからありがたみもないんですよね~」

 あはは、とふざけて言うと、朋子が睨みつけてきた。

「まったく、お母さんのごはんが食べられなくなってから泣いたって遅いんだからね」

 お母さんのごはんが食べられなくなってから、という言葉に、心臓が冷える。

 親は、いつまでも健康で生きていけるわけではない。このお店もいつまで続くのかわからない。

 その時、自分はどう生きるんだろう?

 由加の中に、答えのない疑問が浮かんだ。

(怖い)

 普段は考えないようにしているのに、こうして現実を突きつけられると足元が崩れていくような感覚になる。目の前が暗くなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】御食事処 晧月へようこそ 第5回ほっこり・じんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
大衆娯楽
第5回ほっこり・じんわり大賞奨励賞頂きました。 両親を事故で亡くし、三歳で引き取られた一穂と、幼い子供の養い親となる決意をした千里。 中学校入学まで仲の良かった二人の間に溝が入る。きっかけは千里の過去の行いのせいだったーー。 偽物の母娘が本当の母娘になるまでの、絆の物語。 美味しいご飯と人情話、いかがですか? 第7回ライト文芸大賞への投票ありがとうございました。86位で最終日を迎えられました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...