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第六章
イートインはじめました
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ゴールデンウイークがあけた。
店頭には「午後一時~三時限定でイートインOK! 限定メニュー有」というポップが置かれた。
まずは、常連さんへの周知。SNSに書いてしまってうっかりお客さんが増えすぎると、ふたりではお店が回らなくなりそうだからだ。
「へぇ、イートインできるようになったんですね!」
円香が、ポップを見て声をかけてきた。
ランチタイムの喧騒が過ぎ、店内も円香のほか客がふたり。
「そうなんです。ぜひごひいきに!」
おにぎりをにぎりながら、朋子が答える。
「今は……一時過ぎてますね。食べていっていいですか?」
「もちろん! イートインなら、とん平焼きも注文できますよ」
「おいしそう! じゃあ、とん平焼きと塩むすびにします。塩は少な目で」
「はーい。ちょっと待っててね」
円香の注文を、由加がメモする。複数のお客さんがいるときは、誰がどのメニューを頼んだか紙にメモをする。価格は頭の中にある……と言いたいところだけど、こっそりメニュー表は見てしまう。間違えたら大変だから。
バーコード決済は導入していないし、クレジットカード決済も非対応。個人経営のお店にとっては手数料もバカにならないから、現金のみの取り扱いにしている。
イートインスペースといっても、狭い店内だからおにぎりを買いに来たお客さんが横切る。居心地は良くないのではないかと、ヒヤヒヤしてしまう。
「お待たせしました。塩むすびととん平焼きです」
テーブルの上にお皿に乗った塩おむすびととん平焼きを置く。
塩むすびは、文字通り塩だけで握られたおにぎり。ごはんと海苔の味をじっくり味わえるとして、隠れた人気メニューになっている。
「わぁ、ほかほか!」
円香は、いただきまーすと声を出して、とん平焼きを口にした。
他のお客さんもいる手前、円香にばかり接客はできない。急いでレジに戻り、お会計を済ます。
お客さんがお店の外に出たのを見計らってくれた円香が、朋子に声をかける。
「すっごくおいしいです! 朋子さんの作る料理って、なんでこんなにおいしいんでしょうね」
しみじみとした口調で言う。
「やぁね。普通のおばさんが作ってる家庭料理よ」
「由加さん、ずーっとこんなにおいしい料理を食べて育ってきたなんて羨ましいです」
「毎日食べていると、これが普通だからありがたみもないんですよね~」
あはは、とふざけて言うと、朋子が睨みつけてきた。
「まったく、お母さんのごはんが食べられなくなってから泣いたって遅いんだからね」
お母さんのごはんが食べられなくなってから、という言葉に、心臓が冷える。
親は、いつまでも健康で生きていけるわけではない。このお店もいつまで続くのかわからない。
その時、自分はどう生きるんだろう?
由加の中に、答えのない疑問が浮かんだ。
(怖い)
普段は考えないようにしているのに、こうして現実を突きつけられると足元が崩れていくような感覚になる。目の前が暗くなる。
店頭には「午後一時~三時限定でイートインOK! 限定メニュー有」というポップが置かれた。
まずは、常連さんへの周知。SNSに書いてしまってうっかりお客さんが増えすぎると、ふたりではお店が回らなくなりそうだからだ。
「へぇ、イートインできるようになったんですね!」
円香が、ポップを見て声をかけてきた。
ランチタイムの喧騒が過ぎ、店内も円香のほか客がふたり。
「そうなんです。ぜひごひいきに!」
おにぎりをにぎりながら、朋子が答える。
「今は……一時過ぎてますね。食べていっていいですか?」
「もちろん! イートインなら、とん平焼きも注文できますよ」
「おいしそう! じゃあ、とん平焼きと塩むすびにします。塩は少な目で」
「はーい。ちょっと待っててね」
円香の注文を、由加がメモする。複数のお客さんがいるときは、誰がどのメニューを頼んだか紙にメモをする。価格は頭の中にある……と言いたいところだけど、こっそりメニュー表は見てしまう。間違えたら大変だから。
バーコード決済は導入していないし、クレジットカード決済も非対応。個人経営のお店にとっては手数料もバカにならないから、現金のみの取り扱いにしている。
イートインスペースといっても、狭い店内だからおにぎりを買いに来たお客さんが横切る。居心地は良くないのではないかと、ヒヤヒヤしてしまう。
「お待たせしました。塩むすびととん平焼きです」
テーブルの上にお皿に乗った塩おむすびととん平焼きを置く。
塩むすびは、文字通り塩だけで握られたおにぎり。ごはんと海苔の味をじっくり味わえるとして、隠れた人気メニューになっている。
「わぁ、ほかほか!」
円香は、いただきまーすと声を出して、とん平焼きを口にした。
他のお客さんもいる手前、円香にばかり接客はできない。急いでレジに戻り、お会計を済ます。
お客さんがお店の外に出たのを見計らってくれた円香が、朋子に声をかける。
「すっごくおいしいです! 朋子さんの作る料理って、なんでこんなにおいしいんでしょうね」
しみじみとした口調で言う。
「やぁね。普通のおばさんが作ってる家庭料理よ」
「由加さん、ずーっとこんなにおいしい料理を食べて育ってきたなんて羨ましいです」
「毎日食べていると、これが普通だからありがたみもないんですよね~」
あはは、とふざけて言うと、朋子が睨みつけてきた。
「まったく、お母さんのごはんが食べられなくなってから泣いたって遅いんだからね」
お母さんのごはんが食べられなくなってから、という言葉に、心臓が冷える。
親は、いつまでも健康で生きていけるわけではない。このお店もいつまで続くのかわからない。
その時、自分はどう生きるんだろう?
由加の中に、答えのない疑問が浮かんだ。
(怖い)
普段は考えないようにしているのに、こうして現実を突きつけられると足元が崩れていくような感覚になる。目の前が暗くなる。
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