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第四章
母と父の関係
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あれから五年。同じように蒸し暑くなってきた季節を、まさかおにぎり屋で過ごすとは想像もしていなかった。人生、何が起きるかわからないものだ。
あのあと、帰宅して朋子に洗いざらい話したが、反応は「あ、そうなんだ」で終わり。「気付いていたからお弁当を渡してくれたんじゃないの?」という由加の質問にも、「なんか、気が向いたから作ってみた」と言うのみ。
肩透かしではあったけど、朋子らしい。
仕事も結局、すぐに派遣先を紹介された。そして、大して努力しなくても契約延長を繰り返ししてもらった。
(結局、運なんだよね……あんなに悩んでバカみたい)
苦労せず、とりあえず欲しかったものを手に入れてしまったから、由加は未だに努力ができないでいた。
でも今は……ちょっと、がんばりたいと思っている。「結-musubu-」の売り上げを伸ばしたいし、もっと朋子のおにぎりを食べて元気を出してくれる人を増やしたい。
泣きながら円香がおにぎりを食べてくれたことを、忘れられないでいる。生れて初めて感じたやりがいだ。
ランチ時が終わり、お店を閉める午後三時まで片付けをしながらゆったりとお客さんを待つ時間。
「お母さん、宅配を始めようかなって言ってたけど、どうする?」
「宅配もだけど、イートインスペースを作るのもいいかなって思い始めてる」
店内は狭く、イートインスペースをとる余裕はあまりない。由加が店内を見回してみても、スペースを広げるのは難しそうに思う。
「厳しいんじゃない?」
「お昼時は無理だけど、それ以外ならいけるんじゃないかって。そこの棚をこっちに移動して、窓際にカウンターテーブルを置いてみたらどうかしら」
朋子が厨房の中から手で指示を出す。できないことはない……かも。
「お母さんね、いろんな人とおしゃべりしたいのよ。せっかく出会えたお客様のこと、知りたいんだよね」
目をキラキラさせている。人が好きだから客商売を始めたのは感じているけれど、朋子はさらに人間が好きになっているようだ。
由加もやりがいは感じているけれど、世の中にはいろんな人がいて、正直腹の立つことも多い。いちいち受け取ってしまうから疲れるんだろうけど、朋子みたいに上手に受け流せない。
「うーん、どうだろう。私はちょっと……」
「イートイン可能にしたら作ってみたいメニューがあるのよ。今作ってるから味見してみて!」
そうだった。由加の意見なんて聞いてないのだ。あたしはしょせん、朋子のやりたいことを実現させる駒なのだと、由加は自分に言い聞かせた。
なにを作っているのかと厨房を覗きに行く。朋子は、千切りにしたキャベツと豚こま肉をフライパンの中で炒めていた。そこへ、中農ソース、みりん、しょうゆ、ケチャップを目分量で入れていく。
「何作ってるの?」
「とん平焼きよ」
野菜と肉を炒め、焼いた卵で包む料理だ。
味付けをしたキャベツと豚こま肉からは、ソースのいい匂いが漂ってくる。
火を止めて、今度は別のフライパンをとなりのコンロに並べる。油をひいて、事前に溶いておいた卵を流し込んだ。卵に火が通ると、ぷくぷくと気泡ができる。それを菜箸でつついて消しつつ、まだ半熟の状態で火を止める。
炒めた野菜と肉を、焼いた卵焼きの上に乗せ、オムレツのように包んでいく。
朋子の手際の良さに、ほれぼれする。家で料理しているところは何度も見たけれど、それは当たり前の光景だった。今、客商売として手際よく料理を作っていく姿は、長年の経験のなせるものだろう。
お皿に盛って、ソースとマヨネーズを線状にかけていく。かつおぶしと青ネギを乗せて完成だ。
「お昼ご飯まだだったでしょ。これお昼代わりにどうぞ」
「やった、毎日おにぎりばかりで飽きてたんだよね」
どうしても、余った食材やごはんでおにぎりを作って手早く食べることが多くなる。普段ランチでは食べないものを食べられるのは、テンションがあがる。
あのあと、帰宅して朋子に洗いざらい話したが、反応は「あ、そうなんだ」で終わり。「気付いていたからお弁当を渡してくれたんじゃないの?」という由加の質問にも、「なんか、気が向いたから作ってみた」と言うのみ。
肩透かしではあったけど、朋子らしい。
仕事も結局、すぐに派遣先を紹介された。そして、大して努力しなくても契約延長を繰り返ししてもらった。
(結局、運なんだよね……あんなに悩んでバカみたい)
苦労せず、とりあえず欲しかったものを手に入れてしまったから、由加は未だに努力ができないでいた。
でも今は……ちょっと、がんばりたいと思っている。「結-musubu-」の売り上げを伸ばしたいし、もっと朋子のおにぎりを食べて元気を出してくれる人を増やしたい。
泣きながら円香がおにぎりを食べてくれたことを、忘れられないでいる。生れて初めて感じたやりがいだ。
ランチ時が終わり、お店を閉める午後三時まで片付けをしながらゆったりとお客さんを待つ時間。
「お母さん、宅配を始めようかなって言ってたけど、どうする?」
「宅配もだけど、イートインスペースを作るのもいいかなって思い始めてる」
店内は狭く、イートインスペースをとる余裕はあまりない。由加が店内を見回してみても、スペースを広げるのは難しそうに思う。
「厳しいんじゃない?」
「お昼時は無理だけど、それ以外ならいけるんじゃないかって。そこの棚をこっちに移動して、窓際にカウンターテーブルを置いてみたらどうかしら」
朋子が厨房の中から手で指示を出す。できないことはない……かも。
「お母さんね、いろんな人とおしゃべりしたいのよ。せっかく出会えたお客様のこと、知りたいんだよね」
目をキラキラさせている。人が好きだから客商売を始めたのは感じているけれど、朋子はさらに人間が好きになっているようだ。
由加もやりがいは感じているけれど、世の中にはいろんな人がいて、正直腹の立つことも多い。いちいち受け取ってしまうから疲れるんだろうけど、朋子みたいに上手に受け流せない。
「うーん、どうだろう。私はちょっと……」
「イートイン可能にしたら作ってみたいメニューがあるのよ。今作ってるから味見してみて!」
そうだった。由加の意見なんて聞いてないのだ。あたしはしょせん、朋子のやりたいことを実現させる駒なのだと、由加は自分に言い聞かせた。
なにを作っているのかと厨房を覗きに行く。朋子は、千切りにしたキャベツと豚こま肉をフライパンの中で炒めていた。そこへ、中農ソース、みりん、しょうゆ、ケチャップを目分量で入れていく。
「何作ってるの?」
「とん平焼きよ」
野菜と肉を炒め、焼いた卵で包む料理だ。
味付けをしたキャベツと豚こま肉からは、ソースのいい匂いが漂ってくる。
火を止めて、今度は別のフライパンをとなりのコンロに並べる。油をひいて、事前に溶いておいた卵を流し込んだ。卵に火が通ると、ぷくぷくと気泡ができる。それを菜箸でつついて消しつつ、まだ半熟の状態で火を止める。
炒めた野菜と肉を、焼いた卵焼きの上に乗せ、オムレツのように包んでいく。
朋子の手際の良さに、ほれぼれする。家で料理しているところは何度も見たけれど、それは当たり前の光景だった。今、客商売として手際よく料理を作っていく姿は、長年の経験のなせるものだろう。
お皿に盛って、ソースとマヨネーズを線状にかけていく。かつおぶしと青ネギを乗せて完成だ。
「お昼ご飯まだだったでしょ。これお昼代わりにどうぞ」
「やった、毎日おにぎりばかりで飽きてたんだよね」
どうしても、余った食材やごはんでおにぎりを作って手早く食べることが多くなる。普段ランチでは食べないものを食べられるのは、テンションがあがる。
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