12 / 26
第三章
人に聞いちゃいけないこと
しおりを挟む
「あ、そういえば円香さん、ご結婚は?」
朋子がまたデリカシーのないことを尋ねた。
「お母さん、そういうことを聞くのは……」
「ダメなの? どうして?」
本当に理由がわからないみたいで、「きょとんとした顔」のお手本みたいな顔をした。
「……だって、失礼でしょ」
「失礼かどうかは由加じゃなくて円香さんが決めるの。答えたくなければ、答えたくないって言えばいいんだから。失礼なことだとしたら、そう言ってくれて構わないもの」
難しいことじゃないでしょ、と朋子は円香を見た。
「えっと……私は、聞かれても平気です。失礼に思う人もいるかもしれませんが」
朋子が会社勤めをしていたら、パワハラで訴えられるんじゃないかとヒヤヒヤする。しかし、イヤならイヤと言って構わないとハッキリ言う朋子の姿もまた、潔いと思ってしまう。
相手に気を遣う。失礼のないように。パワハラのないように。怒られないように。
年齢を重ねるにつれそんなことばかり考えるようになり、触れてはいけない見えないラインばかりを見るようになった。相手がどういう人なのかを知ることよりも、いかに『ほどよい距離をキープするか』で。
気を遣って距離をキープして誰とでもニコニコ話そうとした結果、由加の学生時代の友だちとは疎遠になり、会社でも親しい同僚はできなかった。
「私、バツイチなんですよねー」
過去を振り返ってぼんやりしていた由加の耳に、驚きの情報が飛び込んできた。
「バッ……」
口にしていいものか一瞬判断に迷い、一文字を口にしたのみとなった。
(円香さんがバツイチ? 私と年齢は変わらなそうだけど……)
「えー! そうなの!」
朋子が、へぇーとため息のような声を出した。
由加は、びっくりしてなにも言えない。
「母の病気がわかる数か月前に離婚したので、そのダメージもあってあの時はぼろぼろになりました。あ、離婚自体は私がしたくてしたんですけど、いろいろ大変で……」
照れたように、円香は肩をすくめた。
「円香さんおいくつ?」
相変わらずグイグイ聞く朋子だが、由加も気になっていたのでなにも言わず円香の言葉を待った。言いたくなければ言わなくていいんだから。
「年齢は……言いたくないです。まぁ、年相応の見た目なので察してください」
バツイチは言えるけど、年齢は言いたくない。人それぞれ、触れてほしくないものは違うのだなと由加は学んだ。聞いてみなければわからない。
「そういえば、私も離婚しようかなって思ってたのよね! いろいろ教えてほしいわ」
「お母さん、離婚はやめたって言ってたじゃない」
「今のところそうだけど、何があるかわからないし?」
うふ、と手を顎の下においてぶりっこしている。
「朋子さんも、離婚を考えているんですね。離婚はいいですよ。自分の人生にこんな自由が待っていたんだってびっくりしますよ。ま、子どもがいないから気楽に言えますけどね。今は母との生活を楽しみます」
「いいわね! 私も残り少ない人生、自由に羽ばたきたいわ。子どもはこんなに大きいしもういいでしょ」
「残り少ないだなんて! まだまだですよ」
楽しそうに、離婚を前向きに話している。
離婚どころか結婚もしていない由加にとって、ふたりの会話についていけなかった。
おそらく同世代であろう円香は、由加が到達していない山をいくつも登っていると知り、なんだか気落ちしてきてしまう。テストで九十点取って喜んでいたら、百点の人たちがなぜか反省会をしているような居心地の悪さと恥ずかしさ。
円香は腕時計を見て「そろそろ出なくちゃ! それでは」と慌てて店を出ていった。SNS運用について聞くのを忘れたなぁと思いつつ、今の由加にはそんなエネルギーが残っていなかった。
再び静寂の訪れた店内で、由加はぽつりと口をひらく。
「お母さんは、自分に正直に生きた結果、みんなに愛されていいよね」
「そう? お母さんも友だちいないけど」
確かに、学生時代の友だち、ママ友、ご近所さん、元パート先の人。いずれも特に親しい人はいない。
「……まぁ、ずっといっしょにいるのはしんどいって気持ちはわかる。お客さんは面白がってくれているけど」
「由加は逆に、もっと心を開いてもいいかもね。心を開かないと、誰にも開いてもらえないわよ」
心を開くのって、案外難しい。たとえば自分がバツイチだったら、円香のようにほがらかに言えるだろうかと、由加は考える。もしくは、母親が病気になって気落ちしたとき、馴染みの店に顔を出して、辛い事情を話せるだろうか。
心を開いても、相手から心を開いてもらえなかったら?
バツイチであることを開示して、引かれたら?
そんなことばかり考えて、人との距離をとってしまっているのだろうか。
恋愛だけじゃなくて自分の人生も手探りだと、由加は己の年齢を顧みて情けなくなる。
どんなに落ち込んでいても、ランチタイムは近づいてくる。落ち込んでいるヒマも情けなくなっているヒマもないのが、今の由加にとってはありがたかった。
朋子がまたデリカシーのないことを尋ねた。
「お母さん、そういうことを聞くのは……」
「ダメなの? どうして?」
本当に理由がわからないみたいで、「きょとんとした顔」のお手本みたいな顔をした。
「……だって、失礼でしょ」
「失礼かどうかは由加じゃなくて円香さんが決めるの。答えたくなければ、答えたくないって言えばいいんだから。失礼なことだとしたら、そう言ってくれて構わないもの」
難しいことじゃないでしょ、と朋子は円香を見た。
「えっと……私は、聞かれても平気です。失礼に思う人もいるかもしれませんが」
朋子が会社勤めをしていたら、パワハラで訴えられるんじゃないかとヒヤヒヤする。しかし、イヤならイヤと言って構わないとハッキリ言う朋子の姿もまた、潔いと思ってしまう。
相手に気を遣う。失礼のないように。パワハラのないように。怒られないように。
年齢を重ねるにつれそんなことばかり考えるようになり、触れてはいけない見えないラインばかりを見るようになった。相手がどういう人なのかを知ることよりも、いかに『ほどよい距離をキープするか』で。
気を遣って距離をキープして誰とでもニコニコ話そうとした結果、由加の学生時代の友だちとは疎遠になり、会社でも親しい同僚はできなかった。
「私、バツイチなんですよねー」
過去を振り返ってぼんやりしていた由加の耳に、驚きの情報が飛び込んできた。
「バッ……」
口にしていいものか一瞬判断に迷い、一文字を口にしたのみとなった。
(円香さんがバツイチ? 私と年齢は変わらなそうだけど……)
「えー! そうなの!」
朋子が、へぇーとため息のような声を出した。
由加は、びっくりしてなにも言えない。
「母の病気がわかる数か月前に離婚したので、そのダメージもあってあの時はぼろぼろになりました。あ、離婚自体は私がしたくてしたんですけど、いろいろ大変で……」
照れたように、円香は肩をすくめた。
「円香さんおいくつ?」
相変わらずグイグイ聞く朋子だが、由加も気になっていたのでなにも言わず円香の言葉を待った。言いたくなければ言わなくていいんだから。
「年齢は……言いたくないです。まぁ、年相応の見た目なので察してください」
バツイチは言えるけど、年齢は言いたくない。人それぞれ、触れてほしくないものは違うのだなと由加は学んだ。聞いてみなければわからない。
「そういえば、私も離婚しようかなって思ってたのよね! いろいろ教えてほしいわ」
「お母さん、離婚はやめたって言ってたじゃない」
「今のところそうだけど、何があるかわからないし?」
うふ、と手を顎の下においてぶりっこしている。
「朋子さんも、離婚を考えているんですね。離婚はいいですよ。自分の人生にこんな自由が待っていたんだってびっくりしますよ。ま、子どもがいないから気楽に言えますけどね。今は母との生活を楽しみます」
「いいわね! 私も残り少ない人生、自由に羽ばたきたいわ。子どもはこんなに大きいしもういいでしょ」
「残り少ないだなんて! まだまだですよ」
楽しそうに、離婚を前向きに話している。
離婚どころか結婚もしていない由加にとって、ふたりの会話についていけなかった。
おそらく同世代であろう円香は、由加が到達していない山をいくつも登っていると知り、なんだか気落ちしてきてしまう。テストで九十点取って喜んでいたら、百点の人たちがなぜか反省会をしているような居心地の悪さと恥ずかしさ。
円香は腕時計を見て「そろそろ出なくちゃ! それでは」と慌てて店を出ていった。SNS運用について聞くのを忘れたなぁと思いつつ、今の由加にはそんなエネルギーが残っていなかった。
再び静寂の訪れた店内で、由加はぽつりと口をひらく。
「お母さんは、自分に正直に生きた結果、みんなに愛されていいよね」
「そう? お母さんも友だちいないけど」
確かに、学生時代の友だち、ママ友、ご近所さん、元パート先の人。いずれも特に親しい人はいない。
「……まぁ、ずっといっしょにいるのはしんどいって気持ちはわかる。お客さんは面白がってくれているけど」
「由加は逆に、もっと心を開いてもいいかもね。心を開かないと、誰にも開いてもらえないわよ」
心を開くのって、案外難しい。たとえば自分がバツイチだったら、円香のようにほがらかに言えるだろうかと、由加は考える。もしくは、母親が病気になって気落ちしたとき、馴染みの店に顔を出して、辛い事情を話せるだろうか。
心を開いても、相手から心を開いてもらえなかったら?
バツイチであることを開示して、引かれたら?
そんなことばかり考えて、人との距離をとってしまっているのだろうか。
恋愛だけじゃなくて自分の人生も手探りだと、由加は己の年齢を顧みて情けなくなる。
どんなに落ち込んでいても、ランチタイムは近づいてくる。落ち込んでいるヒマも情けなくなっているヒマもないのが、今の由加にとってはありがたかった。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒やしのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
いのちうるはて、あかいすなはま。
緑茶
ライト文芸
近い未来、「いのち」は、売りに出されるようになっていた。それも、正式な政府のシステムとして。
市役所に勤務する「僕」は、日々その手続きに追われている。
病に伏している恋人。繰り返される「命の値段」についての問い。ふたつに板挟みになった「僕」は
苦悩し、精神をすり減らしていく。
彷徨の果て、「僕」が辿り着いたこたえとは――。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ブエン・ビアッヘ
三坂淳一
ライト文芸
タイトルのブエン・ビアッヘという言葉はスペイン語で『良い旅を!』という決まり文句です。英語なら、ハヴ・ア・ナイス・トリップ、仏語なら、ボン・ヴォアヤージュといった定型的表現です。この物語はアラカンの男とアラフォーの女との奇妙な夫婦偽装の長期旅行を描いています。二人はそれぞれ未婚の男女で、男は女の元上司、女は男の知人の娘という設定にしています。二人はスペインをほぼ一ヶ月にわたり、旅行をしたが、この間、性的な関係は一切無しで、これは読者の期待を裏切っているかも知れない。ただ、恋の芽生えはあり、二人は将来的に結ばれるということを暗示して、物語は終わる。筆者はかつて、スペインを一ヶ月にわたり、旅をした経験があり、この物語は訪れた場所、そこで感じた感興等、可能な限り、忠実に再現したつもりである。長い物語であるが、スペインという国を愛してやまない筆者の思い入れも加味して読破されんことを願う。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる