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第二章
桜とメジロ
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「片づけますね」
由加がお皿とカップと割りばしを厨房に持っていく。朋子は、絹揚げ豆腐にバラ肉を巻きながら、由加を見てニヤニヤしている。
言いたいことがあるなら言え、とも言えず、由加は目を合わせずに理一の元に戻る。
「それでえっと、僕はなにを協力すれば?」
「それがですね……」
原価高騰をしているけど、なるべく値上げしたくない。そのためにも、SNSでお客さんを増やしたいが、カメラをうまく扱えずおいしそうな写真が撮れなくて困っていること。おいしそうな写真を撮るために協力してほしいことを伝える。
「なるほど。僕もぜひ、この美味しいおにぎりをいろんな人に勧めたいので、がんばりますね」
理一は心の底からそう思ってくれているようで、由加のカメラを手に取って設定を変えてくれたり、おにぎりを置く場所や光の当て方などを丁寧に教えてくれた。
おにぎり二個と豚汁ではわりにあわないくらい。
理一に教わりつつ、撮影用の焼き鮭おにぎりを撮っていくと、先ほどまでとは大違いのおいしそうなおにぎりが撮れた。ごはんはつややかだし、しんなりした海苔からは磯の香がしてきそう。焼き鮭も鮮やかなサーモンピンクで、食べてみたいと思わせる写真になった。
「すごい! 理一さん、プロですね」
「いやいや、ただの趣味ですよ」
誉めると顔を赤くして、でもまんざらでもないように手で自分の頬を撫でた。
理一に教わったポイントは、「自然光を取り入れること」「カメラの設定を納得いくまで変えること」「いろんなアングルで撮ってみること」などがあった。
「背景にもこだわると、もっときれいな写真になると思いますよ」
理一は、自分のスマホでおいしそうな料理写真を見せてくれた。確かに、お皿・敷かれたマット・添えられたグラスなど、背景にもおしゃれな小物が並べられている。
「この写真も理一さんが?」
「ちょっと、練習してみようかなって撮ってみただけでたいしたものじゃないんですけどね」
「練習とは思えないです。野鳥撮影に来たって行ってましたけど、見てみたいです」
「あ、見ます? うれしいな、普段写真見せる人がいないから、見てくれるって言われるとどんどん見せちゃいますよ?」
理一は高揚した声をあげつつスマホを操作し始めた。
「これ、先月撮った桜とメジロです」
スマホの画面に映ったのは、ピンク色の桜に囲まれたモスグリーンの鳥。目の周りが白くなっているからメジロだ。背景の青空と合わせて、すごく幻想的で美しい写真だった。
「わぁ、すごい」
「こっちはちょうど羽ばたいた瞬間で……」
スワイプすると、メジロが羽を広げて今まさに飛び立とうとしている写真になった。
「すごい、羽が透き通っているみたいですね」
メジロをこれまでまじまじと見たことがなかったから、美しくも繊細な写真に由加の目はくぎ付けになった。
もっともっと見てみたい。理一の撮った写真を。
特に欲もなく、今をなんとなく生きてきた由加にとってはめずらしく、喉の奥に焦燥感が生まれた。
しかし、時は無常だ。
「あ……そろそろ行かないと。午前だけ休みをとって来たので出社します」
理一はスマホの時刻を見て、慌てて帰り支度を始めた。
「こちらこそ、引き留めてしまってすみません」
調子に乗ってしまった。由加は一気に現実に戻り体温が下がるのを感じる。
「とっても楽しかったです! また来ますね」
立ち上がった理一に、朋子が声をかけた。
「今日はありがとうね~。よかったら、お昼ご飯に食べて」
持ち帰り用のビニール袋を手にしている。中にはおにぎりやお惣菜がたくさん詰められていた。
「ここまでしていただいて、逆に申し訳ないです……」
「いーから! ちゃんと対価は支払わないと!」
カメラの使い方を教わったこととおにぎりが果たして正当な対価となりえるのかは疑問だが、図々しい朋子にも対価を支払うという概念があって由加はほっとした。
「ありがとうございます。ではいただきます」
理一は嬉しそうに、袋を受け取り店をあとにした。
一瞬の静けさの後、朋子が口を開く。
「写真を見せる相手がいない、って言ってたわね。独身・彼女なしかしら」
「ちょっと、お客様にそういう視線を送るのは……」
「由加もまんざらじゃなさそうね」
「……」
「すっごくいい人そうね」
「それはまぁ」
「婿に来てくれたらいいのになぁ~」
「だから、そういう考えは迷惑だって」
「思うだけなら自由でしょ、口に出さなきゃバレない!」
楽しくなってきたぞ~と、朋子は厨房に戻って仕込みを再開した。
「他人事だと思って」
「当たり前じゃない! この年になると、他人事の恋愛話がいっちばん面白いんだから」
まったくもう、と由加は腹立たしい思いもあったけど、時刻は午前十時。ランチタイムのためにも仕込みを再開しなくては。
由加がお皿とカップと割りばしを厨房に持っていく。朋子は、絹揚げ豆腐にバラ肉を巻きながら、由加を見てニヤニヤしている。
言いたいことがあるなら言え、とも言えず、由加は目を合わせずに理一の元に戻る。
「それでえっと、僕はなにを協力すれば?」
「それがですね……」
原価高騰をしているけど、なるべく値上げしたくない。そのためにも、SNSでお客さんを増やしたいが、カメラをうまく扱えずおいしそうな写真が撮れなくて困っていること。おいしそうな写真を撮るために協力してほしいことを伝える。
「なるほど。僕もぜひ、この美味しいおにぎりをいろんな人に勧めたいので、がんばりますね」
理一は心の底からそう思ってくれているようで、由加のカメラを手に取って設定を変えてくれたり、おにぎりを置く場所や光の当て方などを丁寧に教えてくれた。
おにぎり二個と豚汁ではわりにあわないくらい。
理一に教わりつつ、撮影用の焼き鮭おにぎりを撮っていくと、先ほどまでとは大違いのおいしそうなおにぎりが撮れた。ごはんはつややかだし、しんなりした海苔からは磯の香がしてきそう。焼き鮭も鮮やかなサーモンピンクで、食べてみたいと思わせる写真になった。
「すごい! 理一さん、プロですね」
「いやいや、ただの趣味ですよ」
誉めると顔を赤くして、でもまんざらでもないように手で自分の頬を撫でた。
理一に教わったポイントは、「自然光を取り入れること」「カメラの設定を納得いくまで変えること」「いろんなアングルで撮ってみること」などがあった。
「背景にもこだわると、もっときれいな写真になると思いますよ」
理一は、自分のスマホでおいしそうな料理写真を見せてくれた。確かに、お皿・敷かれたマット・添えられたグラスなど、背景にもおしゃれな小物が並べられている。
「この写真も理一さんが?」
「ちょっと、練習してみようかなって撮ってみただけでたいしたものじゃないんですけどね」
「練習とは思えないです。野鳥撮影に来たって行ってましたけど、見てみたいです」
「あ、見ます? うれしいな、普段写真見せる人がいないから、見てくれるって言われるとどんどん見せちゃいますよ?」
理一は高揚した声をあげつつスマホを操作し始めた。
「これ、先月撮った桜とメジロです」
スマホの画面に映ったのは、ピンク色の桜に囲まれたモスグリーンの鳥。目の周りが白くなっているからメジロだ。背景の青空と合わせて、すごく幻想的で美しい写真だった。
「わぁ、すごい」
「こっちはちょうど羽ばたいた瞬間で……」
スワイプすると、メジロが羽を広げて今まさに飛び立とうとしている写真になった。
「すごい、羽が透き通っているみたいですね」
メジロをこれまでまじまじと見たことがなかったから、美しくも繊細な写真に由加の目はくぎ付けになった。
もっともっと見てみたい。理一の撮った写真を。
特に欲もなく、今をなんとなく生きてきた由加にとってはめずらしく、喉の奥に焦燥感が生まれた。
しかし、時は無常だ。
「あ……そろそろ行かないと。午前だけ休みをとって来たので出社します」
理一はスマホの時刻を見て、慌てて帰り支度を始めた。
「こちらこそ、引き留めてしまってすみません」
調子に乗ってしまった。由加は一気に現実に戻り体温が下がるのを感じる。
「とっても楽しかったです! また来ますね」
立ち上がった理一に、朋子が声をかけた。
「今日はありがとうね~。よかったら、お昼ご飯に食べて」
持ち帰り用のビニール袋を手にしている。中にはおにぎりやお惣菜がたくさん詰められていた。
「ここまでしていただいて、逆に申し訳ないです……」
「いーから! ちゃんと対価は支払わないと!」
カメラの使い方を教わったこととおにぎりが果たして正当な対価となりえるのかは疑問だが、図々しい朋子にも対価を支払うという概念があって由加はほっとした。
「ありがとうございます。ではいただきます」
理一は嬉しそうに、袋を受け取り店をあとにした。
一瞬の静けさの後、朋子が口を開く。
「写真を見せる相手がいない、って言ってたわね。独身・彼女なしかしら」
「ちょっと、お客様にそういう視線を送るのは……」
「由加もまんざらじゃなさそうね」
「……」
「すっごくいい人そうね」
「それはまぁ」
「婿に来てくれたらいいのになぁ~」
「だから、そういう考えは迷惑だって」
「思うだけなら自由でしょ、口に出さなきゃバレない!」
楽しくなってきたぞ~と、朋子は厨房に戻って仕込みを再開した。
「他人事だと思って」
「当たり前じゃない! この年になると、他人事の恋愛話がいっちばん面白いんだから」
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