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幕間1 赤い髪の少女

幕間1-6 父の決断

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家に帰ると、既にお偉方の姿はなかった。
何でも、大枠での筋書きは既に通してあって、この場では認識合わせと合意文書の確認だけができれば良かったらしい。

「大臣を担ぎ出す会議なんて、そんなものだよ」

シバイ氏は何でもないように言っていたが、後ろで肩をすくめるラ―ティール大臣の様子から察するに、言うほど簡単な話でもないのだろう。

「それで、どんな決着になったんですか?」
「借金については、利子は全て無効になった。元本から無効にすると公文書改竄を認めざるを得ず、政権運営に影響が出るからそこは譲歩する。すでに返済した分を差し引いた12万ゴルドはシバリュー企画が建て替えて、一括返済する」

情報量が多い。

「ええと、あいつらに対して借金がなくなったのはありがとうございます、なのかな?でも、シバイさんにお金を借りているということは、返済先が変わっただけという話のような気もしますが」
「この後説明するけれど、それもすぐに清算できるから安心していいよ」

なるほど、しっかり説明を聞いた方が良さそうだ。
でも一つだけ、我慢できないことがあって口を挟んでしまう。

「ただ、本来ないはずの借金を返済させられるという点は釈然としないですよね。戦って、勝てないんですか?」
「勝てる。でも、間違いなく裁判を挟むし、それにはおそらく10年以上の月日を要する。僕がエステラ側の人間なら、その間に嫌がらせを加速させて、君たちを疲れ果てさせる作戦に出るだろうね」

そう言われると言葉に詰まる。
本来ならば、借金自体を誤りと認めさせて、この2年の行いに対する償いも要求したい。
一方で、それを勝ち取るためにあと10年嫌がらせに耐えろと言われると、それは無理だ。一度希望が見えてしまうと、あの日々には戻れない。

「だから、別の解決策を用意した。こちらが持ち出す分については、エステラ財閥から補償させる。具体的には、この土地を再開発対象として認める代わりに、年間100万ゴルドの貸出料を今後20年に渡ってコーニー家に支払い続けることにした」
「100万ゴルド!?しかも20年?」
「そう。だから、うちに対する借金なんてすぐに返済できるだろう?こちらとしても、便宜上年率1%で融資する形にしているけれど、半年で返して貰えば利息支払いは600ゴルドだ」

12万×1%×半年にぶんのいちで、600ゴルド。
ちょうど、私が受け取ったおひねりの額と同じくらいか。
ん?再開発対象?

「お金についてはすごくありがたい話なんですが、再開発って何ですか?」
「それについては、私から説明しよう」

それまで黙って話を聞いていた父は、疲れたような、しかし少しすっきりした表情で私に向き直った。

「この土地を含めた区画が再開発地区に指定されている以上、エステラ財閥は今後も何らかの手段で私たちに手を出してくる可能性がある。大型の総合商業施設ができることでこの街の価値も高まることから、政府としても本音ではエステラ財閥の計画を後押ししたい。
……遺憾だが、その現実に立ち向かうだけの力が、私にはない」

全てを受け入れているのだろう。その声は普段以上に落ち着いていた。
だからこそかもしれない。父の言葉は、私の心の何かに触れた。

「お父さん……」
「その事実と向き合うのには勇気を必要としたがね。この2年間、母さんにもオルフェウス兄さんとシャイルにも、辛い思いをさせてしまった。それは認めざるを得なかったんだよ」

思わず目頭が熱くなるのを感じる。
そんなことはない。私は大丈夫だった。
そう言えれば良かったのだが、声にはならなかった。

「ならばいっそ、国を味方につけることにした。この道場自体は取り壊しになるが、土地の権利は手放さない。新しい商業施設の中に道場の区画を確保して、コーニー流剣術は存続する。道場の前を通る人が増えれば、今よりも活気のある稽古ができるようになるだろう」

後で聞いた話だが、このような施設を都市型ショッピングモールと言うらしい。交通量の多い目抜き通りなどに様々な店舗を内包する大型の商業施設を構えることで、従来の何倍も商業的価値を高めることができるそうだ。

「残念だが、住む場所だけはどうにもならないね。契約金が入ったら、良い土地を見つけて家を建てよう」

なあ母さん、と母の手を取る父の声は、どこまでも優しい。
権利は手放さないとはいえ、この道場の床や壁、庭の木々1本に至るまで、これまで過ごしてきた日々と同じだけの愛着がある。
それらを壊すという決断は、簡単にできるものだったはずがない。
でも、あるいは、この2年の生活で父の心も弱ってしまっていたのかもしれない。

そう思い至って見る父の姿は、少し小さくなったように見えた。

「すまないね、シャイル。強さを貫けない父を許してほしい」
「……父さんは、自らの弱さを認めることが強くなるための第一歩だって、いつもそう言っていたわ」
「そうだな。そうだったな」

それからしばらくの間は、誰も口を開かなかった。
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