上 下
49 / 50
【樹玄海暴走編】

第肆囘 The Disappeared Past

しおりを挟む





 むかしむかし、あるところにひとりのおんながいました。

 おんなはおかあさんとふたりでくらしていました。

 おんなはおかあさんにあいされていませんでした。

 おんなはなしかけても、おかあさんはずっときこえないフリをしていました。

 「おかあさん、これなぁに?」
 「おかあさん、おなかすいた」
 「おかあさん、なにしてるの」

 おかあさんは、おんなこえにこたえることはありませんでした。
 

 そしておんなは、おとうさんがいないことをとく不思議ふしぎにおもうことはありませんでした。




 あるおんな幼稚園ようちえんでおともだちにこんな質問しつもんをされました。





 「ねぇねぇ?なんで○○ちゃんのおうちにはパパがいないの?」



 おんなはこたえることができませんでした。

 おんなは、こたえられないことがものすごくはずかしいとおもいました。






 それからおんなは、そのはずっと、じぶんのおとうさんのことがになってしょうがなくなりました。









 おんなはおうちにかえると、おかあさんにおとうさんのことをいてみることにしました。



 「ねぇねぇ、おかあさん」

 おかあさんはおんな背中せなかけたままなにもいいません。




 「ねぇ、おかあさん」

 おかあさんはだまったままおさらをあらっています。



























































 「おとうさんはどこにいるの?」





























































 母親の手がピタッと止まった。




 水道水で濡れた手をそのままに、少女の方へ体の向きを変える母親。氷のように冷たい目で実の我が子を見下ろす。

 すると、母親の右手は少女の長く柔らかい髪へとのびる。母親は細い腕からは想像できないほどの力で少女の髪の毛を握りしめた。痛みとは裏腹に周囲には、ほのかに食器洗剤の薫りが漂う。






 「……あんたに関係ある?」



 震えた声で発せられたその言葉。髪を掴んだ手を少しずつ上げ、少女のかかとが浮く。





 「いたいよ…おかあさん…。いたいよ…」




 少女は泣きながら母親にそう訴える。




 「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!!」


 少女は必死に謝りながら、母親の右手から伝わる謎の怒りを感じていた。









 「もうなにもはなしません…!いい子にします…!だからいたいことしないでください…!!」



 少女のその言葉が届いたのかどうか、母親は投げ捨てるように少女の髪から手を離した。



 「……は帰ってくる…。私にこの家を守るようにって…。そう言ってこの家を出てった……。だから、あんたみたいな奴と仕方なく一緒に暮らしてるのよ…。暮らしてやってるのよ…!!それなのに、知ったような口でベラベラベラベラベラベラベラベラと…。やっぱりあんたもよかった…」




 母親は床に膝をつき、虚空を見つめながらそんな言葉を呟いていた。









 その日から母親は、少女に手をあげることが日常になってしまった。今まで少女の言動に無反応だった母親が、唯一向き合う手段が暴力になった。




 もちろん少女はそんな母親を恐怖の対象として見るようになる。家の中で母親と二人きりでいる時間が耐え難い苦痛だった。しかし、弱冠5歳の少女である。一人の力では母親に抵抗することも逃げ出すこともできなかった。










 少女は助けてもらいたかった。











 少女は幼稚園の先生に助けを求めることにした。その人が大人で信頼できる人だったからだ。







 「ねぇねぇせんせい」

 「あら、どうしたの?」

 「あのね…おかあさんがね」

 「お母さんがどうかしたの?」

 「…おかあさんがね、わたしのこと…おこってたたいてくるの。せんせいたすけて…」




 少女はそう言った。勇気をもって。助けを求めるために。

 しかし、それを聞いた先生はしゃがんで少女と目線を合わせ、こう言った。












 「そっか。なにか怒られることしちゃったんだね」









 「えっ?」










 ―ちがう。そうじゃない。







 「そうじゃなくってね…!あのね」







 少女は必死に、家での自分の状況がいかに悲惨であるかを5で説明した。

 それでも、先生の言うことは変わらなかった。






 「でもね、悪いことをしたら怒られるのは当然だよ」






 ―わるいことってなに?






 「ちゃんとごめんなさいって言ったらきっと許してくれるよ」






 ―いったよ?なんかいも。それでもたたかれたよ?






 「一回、お母さんとちゃんとお話ししてみるのもいいかもね!」






 ―せんせい、おはなししようとしたらたたかれるんだよ…。













 少女はそれ以上、先生に何も言わなかった。話す気も起きなかった。


















 信じられるもの、頼れるものが何もないと悟った少女。もしかすると、このまま母親に殺されるのかもしれない。少女は一人怯えていた。






























 そんな生活が1年も続き、少女は小学生になった。


 母親は仕事をしておらず、常に家にいるにも関わらずなぜか入学金やその他最低限必要なお金は家にはあった。








 小学生にあがっても、恐怖や疑心に満ちた少女の心が他人に開くことはなかった。





 一人での下校途中、周りを歩く上級生たちの会話が少女の耳に入ってきた。



















 「ねぇ!魔法使いになる方法って知ってる?」

 「なにそれ?知らない」

 「ウチのお姉ちゃんの学校で流行ってる噂なんだって」

 「魔法使いになったらなにができるの?」

 「できるでしょ。魔法使いなんだから」

 「それで、どうやって魔法使いになれるの?」

 「えっとね、それは」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...