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【樹玄海暴走編】
第肆囘 The Disappeared Past
しおりを挟むむかしむかし、あるところにひとりの女の子がいました。
女の子はお母さんとふたりでくらしていました。
女の子はお母さんに愛されていませんでした。
女の子が話しかけても、お母さんはずっときこえないフリをしていました。
「おかあさん、これなぁに?」
「おかあさん、おなかすいた」
「おかあさん、なにしてるの」
お母さんは、女の子の声にこたえることはありませんでした。
そして女の子は、お父さんがいないことを特に不思議におもうことはありませんでした。
ある日、女の子は幼稚園でおともだちにこんな質問をされました。
「ねぇねぇ?なんで○○ちゃんのおうちにはパパがいないの?」
女の子はこたえることができませんでした。
女の子は、こたえられないことがものすごくはずかしいとおもいました。
それから女の子は、その日はずっと、じぶんのお父さんのことが気になってしょうがなくなりました。
女の子はおうちに帰ると、お母さんにお父さんのことを聞いてみることにしました。
「ねぇねぇ、おかあさん」
お母さんは女の子に背中を向けたままなにもいいません。
「ねぇ、おかあさん」
お母さんは黙ったままお皿をあらっています。
「おとうさんはどこにいるの?」
母親の手がピタッと止まった。
水道水で濡れた手をそのままに、少女の方へ体の向きを変える母親。氷のように冷たい目で実の我が子を見下ろす。
すると、母親の右手は少女の長く柔らかい髪へとのびる。母親は細い腕からは想像できないほどの力で少女の髪の毛を握りしめた。痛みとは裏腹に周囲には、ほのかに食器洗剤の薫りが漂う。
「……あんたに関係ある?」
震えた声で発せられたその言葉。髪を掴んだ手を少しずつ上げ、少女のかかとが浮く。
「いたいよ…おかあさん…。いたいよ…」
少女は泣きながら母親にそう訴える。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!!」
少女は必死に謝りながら、母親の右手から伝わる謎の怒りを感じていた。
「もうなにもはなしません…!いい子にします…!だからいたいことしないでください…!!」
少女のその言葉が届いたのかどうか、母親は投げ捨てるように少女の髪から手を離した。
「……あの人は帰ってくる…。私にこの家を守るようにって…。そう言ってこの家を出てった……。だから、あんたみたいな奴と仕方なく一緒に暮らしてるのよ…。暮らしてやってるのよ…!!それなのに、知ったような口でベラベラベラベラベラベラベラベラと…。やっぱりあんたも捨ててこればよかった…」
母親は床に膝をつき、虚空を見つめながらそんな言葉を呟いていた。
その日から母親は、少女に手をあげることが日常になってしまった。今まで少女の言動に無反応だった母親が、唯一向き合う手段が暴力になった。
もちろん少女はそんな母親を恐怖の対象として見るようになる。家の中で母親と二人きりでいる時間が耐え難い苦痛だった。しかし、弱冠5歳の少女である。一人の力では母親に抵抗することも逃げ出すこともできなかった。
少女は助けてもらいたかった。
少女は幼稚園の先生に助けを求めることにした。その人が大人で信頼できる人だったからだ。
「ねぇねぇせんせい」
「あら、どうしたの?」
「あのね…おかあさんがね」
「お母さんがどうかしたの?」
「…おかあさんがね、わたしのこと…おこってたたいてくるの。せんせいたすけて…」
少女はそう言った。勇気をもって。助けを求めるために。
しかし、それを聞いた先生はしゃがんで少女と目線を合わせ、こう言った。
「そっか。なにか怒られることしちゃったんだね」
「えっ?」
―ちがう。そうじゃない。
「そうじゃなくってね…!あのね」
少女は必死に、家での自分の状況がいかに悲惨であるかを5歳児の言葉で説明した。
それでも、先生の言うことは変わらなかった。
「でもね、悪いことをしたら怒られるのは当然だよ」
―わるいことってなに?
「ちゃんとごめんなさいって言ったらきっと許してくれるよ」
―いったよ?なんかいも。それでもたたかれたよ?
「一回、お母さんとちゃんとお話ししてみるのもいいかもね!」
―せんせい、おはなししようとしたらたたかれるんだよ…。
少女はそれ以上、先生に何も言わなかった。話す気も起きなかった。
信じられるもの、頼れるものが何もないと悟った少女。もしかすると、このまま母親に殺されるのかもしれない。少女は一人怯えていた。
そんな生活が1年も続き、少女は小学生になった。
母親は仕事をしておらず、常に家にいるにも関わらずなぜか入学金やその他最低限必要なお金は家にはあった。
小学生にあがっても、恐怖や疑心に満ちた少女の心が他人に開くことはなかった。
一人での下校途中、周りを歩く上級生たちの会話が少女の耳に入ってきた。
「ねぇ!魔法使いになる方法って知ってる?」
「なにそれ?知らない」
「ウチのお姉ちゃんの学校で流行ってる噂なんだって」
「魔法使いになったらなにができるの?」
「なんでもできるでしょ。魔法使いなんだから」
「それで、どうやって魔法使いになれるの?」
「えっとね、それは」
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