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13.約束の時間

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 約束の時間にドアを叩くと、すでに準備は整っているようだった。

「二階を使ってくれ、私は下にいるから」

 そう言ってにっこり笑うと、ノーランは奥の部屋に篭ってしまった。

 二階に上がるのはこれが初めてだった。二階には緑を基調とした大きな部屋があって、花のような良い香りがした。開かれた扉の向こうでは大きな鞄がいくつも置かれていてすでに準備が始まっていた。

 一人の女性が手を止めて振り向いた。

「はじめまして、キングズリー家の侍女をしております。エイダと申します」

 白髪の混じった黒髪を後ろできっちりと纏め、整った眉に堅い表情。言葉を一つ一つはっきりと話す特徴的な話し方が、余計に彼女を威圧的に見せている。クロエは恐る恐る頭を下げた。

「はじめまして、クロエ・マリンです」

「ノーラン様から聞いております。私は女性の意見が必要だろうから、と呼ばれました。ですので、ビシバシとご意見するつもりです」

 そう言って、エイダは微笑んだ。思っていたより怖い人ではないのかもしれない。それに、歯に衣着せぬ良いアドバイスをくれそうだ。

「ありがとうございます、心強いわ」

「はじめまして、仕立て屋のゾーイです。町の方でプランタンという店をやっています」

 豊かな栗色の髪をふわふわと結った恰幅の良い女性だった。笑顔がとても可愛らしい。

「ああ、プランタン。知っています、素敵なお店だわ」

 プランタンはとても評判の良い店で有名なのだが、なかなか予約が取れないことでも有名だった。なんでも各国の女王たちからも選ばれているという噂がある。その為、ここぞ、というところでないとプランタンでドレスなんて仕立てられない。結婚式はプランタンで、というのがクロエの憧れでもあった。

 もっと気難しそうな女性が経営していると思っていたわ、とクロエは意外に思った。

「助手のジュリアです」

 溢れてしまいそうな大きな目はわくわくと輝いている。おそらくゾーイの娘だろう。どことなく雰囲気が似ている。ただ、少し違うのが娘の方が気が強そうだということだ。母親と同じ栗色の髪は顎の下で切り揃えられている。

「私はしがない商人をしています、マークです。美しいお嬢様、貴方様は最高に運がいいですよ。今回は偶然ブランディーユ国にいましてね。もうすぐ隣国へ、とも思ったんですがノーラン様の頼みとあっちゃね、取りやめて飛んできたんです。なかなか他ではお目に掛かれない物もお持ちしたんでね」

 すらりと背の高い年齢不詳の男だった。ブラウンの上下揃ったスーツに、大きな銀縁の眼鏡をしている。整った容姿をしているのだが、良く口の回る男だった。

「そんなこと言って、高いガラクタを売りつけないでくださいまし」

 エイダがぴしゃり、と言うとマークは大袈裟に肩を竦めて見せた。

「おお、怖い。私が一度でもキングズリー家の皆様にそんなことしました? 私たちは先々代からお世話になっていますのに」

「先代たちはもっとしっかりした方でしたから。貴方は少しばかり……まだ信頼に欠けますわ」

 エイダはマークには少々冷たいようだった。

「はいはい、まあ今回はね。何も買ってほしいだけで来た訳ではないですよ。女性というものはあれもこれも、と合わせてみるのがお好きでしょう? 是非ともね、かの有名なプランタン様と合わせて頂いたらもっと楽しいのではないかと……そう、ファッションショーに華を添えたいだけでございます」

 そう言ってゾーイの方をちらりと見た。強かな男だ、ターゲットはキングズリー家だけではなく、プランタンでもあるらしい。

「それじゃあ、さっそく採寸からはじめましょうか」

 ゾーイは張り切ったように腕を捲ると、高らかに声を上げた。
 

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