9 / 20
9.お礼がしたい
しおりを挟む
翌朝、クロエは頭を抱えて悩んでいた。ノーランのことだ。
子ども扱いされたこと(それもかなり幼く)に腹を立ててはいたものの、薪を運ぶのを手伝ってくれただけではなく、無事に火を起こすところまで見届けてくれた。
ーー何かお礼をしたほうが良いわよね。
昨夜の彼は、お礼など気にしなくてもいいから戸締りだけはしっかりするように、と口を酸っぱくして注意して帰っていった。
慣れない土地で一人きりの屋敷に、よく知らない男性を上げるなんて……。彼を無条件に信用してしまった訳だが、やはり彼はとても紳士的だったと思う。
草木に水を上げていても、花の香りを嗅いでも、どうしても彼のことが気になってしまう。
「……そうだ、レモンケーキにしよう」
クロエは早速準備に取り掛かることにした。レモンはちょうど庭に生えているし、卵は今朝分けてもらった分がある。他の材料は家から持ってきたものでなんとかなる。クロエはお菓子を作ることが好きだった。
きっと美味しくできるはず。クロエはふっと、昔のことを思い出して微笑んだ。ウェスはクロエの作るレモンケーキが一番美味しいと言っていた。不思議と、一晩経っても彼を恨む気持ちにはならなかった。実感が湧かない、といえば、それもそうなのかもしれない。
クロエはまた暗い霧が心に掛かってしまう前に、キッチンへと向かった。無心になって卵や小麦粉をかき混ぜていれば、自然と心は整うものだ。
レモンケーキが出来上がったのは、昼も過ぎた頃だった。おやつの時間に丁度いい。クロエはバスケットに焼きたてのレモンケーキを詰めると、ノーランの屋敷に向かった。
昨夜は暗くて分からなかったが、少し外に出ればすぐにノーランの屋敷が見えた。こじんまりとしているが、立派な屋敷に見えた。
クロエはなるべく年相応のレディに見えるように、持ってきた服の中で一番大人っぽいワンピースを選んだ。黒地に大きな水玉模様で、袖が大きく膨らんでいる。お気に入りのものだった。
「こんにちは、クロエよ」
ドアを小さくノックすると、すぐにノーランが顔を出した。
「やあ、クロエ」
一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに昨夜のことを思い出したらしい。
「驚いたよ。こんな美しくて素敵なお嬢さんと、いつどこで知り合ったんだろうって」
明るい陽の下で見るノーランは、昨夜見た時よりずっとハンサムに見えた。ゆったりとした白いシャツは洗練されていて、髪もしっかり整えられている。
「貴方、実は口が上手いのね」
思っていたより砕けて話す彼に、クロエは安心した。昨夜はもっと気難しそうに見えたからだ。子ども扱いされたことにむくれていたクロエに対しても、ひたすらに謝るばかりだった。女性慣れした男性なら、こういう時に上手く誤魔化すものなのに。
だから心配していたのだが、目の前の彼は余裕たっぷりだった。
ーーまあ、このルックスだものね。
「……ノーラン、昨夜はありがとう。貴方のおかげで凍死せずに夜を越せたわ。これ、お口に合うといいのだけど」
バスケットを手渡すと、ノーランはパッと顔を輝かせた。
「ありがとう、とても嬉しいよ。いい香りだ……もしかしてレモンケーキ?」
「ええ、当たりよ」
子どもみたいに喜ぶノーランを見て、クロエは心から安心した。
「君って最高だ。良かったら、上がって。 お茶でも飲んでいかないか?」
「えっと……」
突然のお誘いに、クロエは思わず戸惑ってしまった。八年もの間、ウェス以外の男性と二人きりで話したことがない。上手く話せるかどうか、自信がなかった。
「……その、ご近所さんとして。それに、このレモンケーキのお礼もしたい……ああ、忙しいのならまたの機会でも」
戸惑うクロエに、ノーランもしどろもどろに言葉を繋いだ。困ったような表情の彼を見て、クロエはなんだかほっとした。思わず身構えてしまったが、それは杞憂だ。あまりにノーランが"完璧"なせいで意識してしまうが、心の優しい彼と友人になれたら嬉しい。
「嬉しいわ、ぜひご一緒させて」
クロエがにっこり微笑むと、ノーランはホッとしたように胸を撫で下ろすような仕草をしてみせた。
「良かった、昨夜のことずっと心配していたんだ。君に嫌われてしまったんじゃないかってね」
子ども扱いされたこと(それもかなり幼く)に腹を立ててはいたものの、薪を運ぶのを手伝ってくれただけではなく、無事に火を起こすところまで見届けてくれた。
ーー何かお礼をしたほうが良いわよね。
昨夜の彼は、お礼など気にしなくてもいいから戸締りだけはしっかりするように、と口を酸っぱくして注意して帰っていった。
慣れない土地で一人きりの屋敷に、よく知らない男性を上げるなんて……。彼を無条件に信用してしまった訳だが、やはり彼はとても紳士的だったと思う。
草木に水を上げていても、花の香りを嗅いでも、どうしても彼のことが気になってしまう。
「……そうだ、レモンケーキにしよう」
クロエは早速準備に取り掛かることにした。レモンはちょうど庭に生えているし、卵は今朝分けてもらった分がある。他の材料は家から持ってきたものでなんとかなる。クロエはお菓子を作ることが好きだった。
きっと美味しくできるはず。クロエはふっと、昔のことを思い出して微笑んだ。ウェスはクロエの作るレモンケーキが一番美味しいと言っていた。不思議と、一晩経っても彼を恨む気持ちにはならなかった。実感が湧かない、といえば、それもそうなのかもしれない。
クロエはまた暗い霧が心に掛かってしまう前に、キッチンへと向かった。無心になって卵や小麦粉をかき混ぜていれば、自然と心は整うものだ。
レモンケーキが出来上がったのは、昼も過ぎた頃だった。おやつの時間に丁度いい。クロエはバスケットに焼きたてのレモンケーキを詰めると、ノーランの屋敷に向かった。
昨夜は暗くて分からなかったが、少し外に出ればすぐにノーランの屋敷が見えた。こじんまりとしているが、立派な屋敷に見えた。
クロエはなるべく年相応のレディに見えるように、持ってきた服の中で一番大人っぽいワンピースを選んだ。黒地に大きな水玉模様で、袖が大きく膨らんでいる。お気に入りのものだった。
「こんにちは、クロエよ」
ドアを小さくノックすると、すぐにノーランが顔を出した。
「やあ、クロエ」
一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに昨夜のことを思い出したらしい。
「驚いたよ。こんな美しくて素敵なお嬢さんと、いつどこで知り合ったんだろうって」
明るい陽の下で見るノーランは、昨夜見た時よりずっとハンサムに見えた。ゆったりとした白いシャツは洗練されていて、髪もしっかり整えられている。
「貴方、実は口が上手いのね」
思っていたより砕けて話す彼に、クロエは安心した。昨夜はもっと気難しそうに見えたからだ。子ども扱いされたことにむくれていたクロエに対しても、ひたすらに謝るばかりだった。女性慣れした男性なら、こういう時に上手く誤魔化すものなのに。
だから心配していたのだが、目の前の彼は余裕たっぷりだった。
ーーまあ、このルックスだものね。
「……ノーラン、昨夜はありがとう。貴方のおかげで凍死せずに夜を越せたわ。これ、お口に合うといいのだけど」
バスケットを手渡すと、ノーランはパッと顔を輝かせた。
「ありがとう、とても嬉しいよ。いい香りだ……もしかしてレモンケーキ?」
「ええ、当たりよ」
子どもみたいに喜ぶノーランを見て、クロエは心から安心した。
「君って最高だ。良かったら、上がって。 お茶でも飲んでいかないか?」
「えっと……」
突然のお誘いに、クロエは思わず戸惑ってしまった。八年もの間、ウェス以外の男性と二人きりで話したことがない。上手く話せるかどうか、自信がなかった。
「……その、ご近所さんとして。それに、このレモンケーキのお礼もしたい……ああ、忙しいのならまたの機会でも」
戸惑うクロエに、ノーランもしどろもどろに言葉を繋いだ。困ったような表情の彼を見て、クロエはなんだかほっとした。思わず身構えてしまったが、それは杞憂だ。あまりにノーランが"完璧"なせいで意識してしまうが、心の優しい彼と友人になれたら嬉しい。
「嬉しいわ、ぜひご一緒させて」
クロエがにっこり微笑むと、ノーランはホッとしたように胸を撫で下ろすような仕草をしてみせた。
「良かった、昨夜のことずっと心配していたんだ。君に嫌われてしまったんじゃないかってね」
10
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい
今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。
父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。
そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。
しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。
”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな”
失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。
実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。
オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。
その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる