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1.道案内はわかりやすく
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「……ところで、どんな女性なんだ?」
カーティス・ベルナールは、揺れる馬車の中で囁くように問い掛けた。
「それはもう、大変お美しい方でしたよ……。そうか、まだカーティス様は直接はお会いしていないのですね。なんていったって彼女は〈自由〉の象徴……!」
一つ聞けば倍以上の答えが返ってくる。デヴィンはカーティスの幼い頃から従者として仕えている。
陽気でおしゃべり好き。彼をよく知らない人が二人の会話を聞いていると、いささか無礼に思うこともあるかもしれない。だが、仕事も出来てその場の雰囲気を明るくしてくれるデヴィンの事を、家族も皆気に入っていた。
少し自由にさせ過ぎたかもしれないな、と冗談めかして注意することもあるのも事実だ。
デヴィンなりにカーティスの緊張を解いてくれようと思っているのかもしれない。今向かっているのは、親同士が決めた婚約者の元だ。古い友人の、そのまた友人の知り合いの娘で、美人だという情報しか入って来ていない。
実はカーティスは一度婚約を破棄した相手がいる。お互い性格が合わず、何度も話し合った結果、一応は円満に婚約解消したつもりだ。結婚なんて懲り懲りだ、そう思ったことも何度かあるが、ベルナール家の長男として結婚は避けられない道だった。
カーティス自身、決められた相手と結婚すること自体に不満は無かった。それより、嫁がされる女性の方が心配だった。
せっかく一緒になるのだから幸せにしてやりたいと思う。元婚約者にも同じように思っていたのだが、それは結局叶わなかった。お互いに別の道で幸せになれたら良いと思っている。
こうしてカーティスが感傷に浸っている間も、デヴィンは饒舌に語っていた。話の内容は既に大きく脱線しているように思えたが、今度は彼女の出身地について話し始めた。
「そう、彼女の出身地であるチェレスタは自由の町……! 以前はとても厳しい町だったんですよ。少しずつ厳しい決まりは取っ払おうということになったようですが……。特に女性はドレスの色も決められていたり、さぞ窮屈な思いをしていたでしょうね。他にも細かいルールがたくさんあって……そうだ、ご存知です? 鼻歌一曲歌うのにも制約があったんですから。私なんてサンバのリズムで、」
「デヴィンさん、この次の通りは右でしたっけ?」
運転手がそう声を掛けると、デヴィンは機嫌良く頷いた。
「ええ、右ですよ。あそこに美しい銅像が見えますでしょう。あれは女神像ですね……そうそう、それから、左側には大きな教会が見えるでしょう。あれはね、実の所は教会ではないのですよ。それはそれは美味しいアイスクリームが、」
「デヴィンさん、右で良いのですね?」
「ん? ああ、そうですよ。左に行ったら大変なことだ、チェレスタの町をぐるっと一周することになってしまう」
まったく困ったものですね、とデヴィンは呑気な顔で楽しそうに笑っている。
「デヴィン……右か左か聞かれた時、答えが右なら右のこと以外は話すな」
左のことは後でゆっくり聞くから。そう言って、カーティスは呆れたように溜息を吐いた。
デヴィンは楽しい男だが、困った癖がある。
それがこれだ。カーティスや運転手は何度翻弄されたか分からない。デヴィンの機嫌を損ねずに肝心の答えを聞き出すのも慣れたものだったが、念の為に注意しておく。これから新しく家族が増えるのだろうから。
カーティス・ベルナールは、揺れる馬車の中で囁くように問い掛けた。
「それはもう、大変お美しい方でしたよ……。そうか、まだカーティス様は直接はお会いしていないのですね。なんていったって彼女は〈自由〉の象徴……!」
一つ聞けば倍以上の答えが返ってくる。デヴィンはカーティスの幼い頃から従者として仕えている。
陽気でおしゃべり好き。彼をよく知らない人が二人の会話を聞いていると、いささか無礼に思うこともあるかもしれない。だが、仕事も出来てその場の雰囲気を明るくしてくれるデヴィンの事を、家族も皆気に入っていた。
少し自由にさせ過ぎたかもしれないな、と冗談めかして注意することもあるのも事実だ。
デヴィンなりにカーティスの緊張を解いてくれようと思っているのかもしれない。今向かっているのは、親同士が決めた婚約者の元だ。古い友人の、そのまた友人の知り合いの娘で、美人だという情報しか入って来ていない。
実はカーティスは一度婚約を破棄した相手がいる。お互い性格が合わず、何度も話し合った結果、一応は円満に婚約解消したつもりだ。結婚なんて懲り懲りだ、そう思ったことも何度かあるが、ベルナール家の長男として結婚は避けられない道だった。
カーティス自身、決められた相手と結婚すること自体に不満は無かった。それより、嫁がされる女性の方が心配だった。
せっかく一緒になるのだから幸せにしてやりたいと思う。元婚約者にも同じように思っていたのだが、それは結局叶わなかった。お互いに別の道で幸せになれたら良いと思っている。
こうしてカーティスが感傷に浸っている間も、デヴィンは饒舌に語っていた。話の内容は既に大きく脱線しているように思えたが、今度は彼女の出身地について話し始めた。
「そう、彼女の出身地であるチェレスタは自由の町……! 以前はとても厳しい町だったんですよ。少しずつ厳しい決まりは取っ払おうということになったようですが……。特に女性はドレスの色も決められていたり、さぞ窮屈な思いをしていたでしょうね。他にも細かいルールがたくさんあって……そうだ、ご存知です? 鼻歌一曲歌うのにも制約があったんですから。私なんてサンバのリズムで、」
「デヴィンさん、この次の通りは右でしたっけ?」
運転手がそう声を掛けると、デヴィンは機嫌良く頷いた。
「ええ、右ですよ。あそこに美しい銅像が見えますでしょう。あれは女神像ですね……そうそう、それから、左側には大きな教会が見えるでしょう。あれはね、実の所は教会ではないのですよ。それはそれは美味しいアイスクリームが、」
「デヴィンさん、右で良いのですね?」
「ん? ああ、そうですよ。左に行ったら大変なことだ、チェレスタの町をぐるっと一周することになってしまう」
まったく困ったものですね、とデヴィンは呑気な顔で楽しそうに笑っている。
「デヴィン……右か左か聞かれた時、答えが右なら右のこと以外は話すな」
左のことは後でゆっくり聞くから。そう言って、カーティスは呆れたように溜息を吐いた。
デヴィンは楽しい男だが、困った癖がある。
それがこれだ。カーティスや運転手は何度翻弄されたか分からない。デヴィンの機嫌を損ねずに肝心の答えを聞き出すのも慣れたものだったが、念の為に注意しておく。これから新しく家族が増えるのだろうから。
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