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29.獲物
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「興醒めよ」
セレスティははっきりと、誰にでも聞こえるくらいの大きな声で吐き捨てるように言った。
舞踏会のフィナーレで、ダニエル王子は淡々と宣言した。
ーー私は私の目で妃を探す。
ブルーナ王妃周辺はざわついていたし、フィンは彼の言葉に感激して号泣していた。
舞踏会はお開きになったが、私たちはまだ名残惜しさからか舞踏室に残っていた。チラホラと、ダニエル王子以外のガーランド家の人間も残っている。これからどうなるのか、彼らの話題はそれで持ちきりだった。
セレスティは、そうは言っても清々しい顔をしていた。メリルはもうダニエル王子に対しての興味をほとんど失ったようで、部屋の窓から去っていく紳士に手を振っている。
彼は果たして、彼女の本当の正体を知っているのか。それは謎のままだった。
「まあ、これまでだって決まらなかったんだし。……ねえ、ジゼル。そのティアラ可愛いわね」
「ありがとう」
ケイティはジゼルの輝くティアラをうっとりと見つめた。
「……そうだ、何か食べるものを持ってくるわ」
そう言って、ケイティはせっせと軽食を運んでくれた。メリルは舞踏会の間中ずっと空腹を我慢していたらしく、頬をパンパンにしてサンドイッチを詰め込んでいる。
「ゆっくり食べなさい」
セレスティが嗜めるが、メリルは聞く耳を持たない。
「もう取り繕うこともないわ」
「やあ、お嬢さん方。俺も混ぜてよ」
テオ王子は何食わぬ顔で私たちの間に割り込んだ。私とセレスティが慌てて長椅子から立ち上がって、頭を下げようとするのを、彼は慌てて手で制した。
「気にしないで」
テオ王子はケイティ、セレスティ、メリル、私を順番に見回すと、でれでれと鼻の下を伸ばしている。
「……それにしても、今夜は久しぶりに平和で楽しかったなぁ。前は国民全員を招待してたの、知ってる子いる?」
「ええ、知っていますわ。私はそれでガーランド家と親交を深めました」
セレスティはスラスラと答えた。テオ王子は満足そうに頷いた。
「君みたいに美しい子、ガーランド家が放っておかないよ」
ケイティはどこからか葡萄酒を一本くすねてくると、人数分のグラスも持って来た。
「それなら、テオ王子。私のことはもうお忘れですか?」
ケイティはにこにこと会話を楽しみながら、一本一本グラスに注いで回る。メリルは確か、酒を飲める年齢のはずだが、セレスティはダメだと判断したようで本人が見ていない隙に葡萄ジュースにすり替えていた。
「君を……? さっき、一緒に踊った子だよね。君みたいな可愛い子、忘れないよ」
「もっと前に会っていますわ」
ロイドはまた何やらフィンと話し込んでいる。何度かロイドが"お金"のジェスチャーをしているのが見えた。恐らく報酬の交渉をしている。
私も一杯飲んでしまおうかしら、もう喉がからからだ。
グラスを手に持つと、隣に座っていたセレスティがすっと、私のグラスの上にほっそりとした手を翳した。
「……私なら、やめておくわ」
彼女の視線がロイドの方に向けられた。まさか……。私はゆらゆらと揺らめく葡萄酒の底を覗いた。
ゴボッと喉の奥から何かが迫り上がってくるような奇妙な音がした。テオ王子は、口の端から葡萄酒を滴らせながら戸惑ったような目をしてこちらを見ている。メリルが小さく悲鳴を上げた。
「テオ王子……!」
セレスティと私は、慌てて倒れ込むテオ王子に駆け寄った。遠くから、ロイドとフィンが駆け寄った。
「……吐き出しちゃったのね」
ケイティの声は恐ろしく冷たかった。その間も、テオ王子はゴボッゴボッと咳込んでいる。
「衛兵! 捕らえてくれ!」
フィンは声を張り上げた。部屋の外からぞろぞろと衛兵たちが駆け付ける。ケイティは抵抗しないまま、床に跪いた。
「私のことを忘れて、他の女に手を出すからよ。アリシア、メリル、そしてジゼル……ひどいじゃない」
「テオ王子、これを……」
ロイドは胸のポケットから、小さな小瓶を取り出した。小さな雪の結晶の模様がついている。テオ王子の頭を支えながら、唇に小瓶を押し当てて流し込む。苦しそうに歪められた顔が、少しずつ和らいでいく。
「ほら、いい"御守り"だろう?」
ロイドはそう言って笑った。
「ケイティが毒を……?」
「ええ、そうよ。私というものがありながら、テオ王子はすぐに浮気する」
テオ王子は荒い息を整えながら、首を横に振りながら「知らない、知らない」とうわ言のように繰り返している。
「でも、気付いたのよ。貴方より先に獲物を射ても意味ないわ。貴方にお仕置きしなきゃ」
ケイティは立ち尽くしたまま、淡々と答えていく。
「もしかして、私に矢を放ったのも貴方?」
「ええ、そうよ。貴方一緒に食事を取らないから、一度毒も試したけど、貴方の従者に当たってしまったのよね」
困ったように頬に手を当てて、上品に笑っている。
「でも、まさかセレスティが毒消しを作っていたなんて思わなかったわ」
さすが、王子の妃になる為に育てられただけあって、用意周到ね。と、嫌味でもなく、本気で感嘆しているようだった。
「私はてっきり……ジゼルと私の両方を殺したいのだと思っていたわ。ダニエル王子の有力な妃候補を消したいのだとばかり……」
「……私は?」
メリルは小さく訊ねたが、誰も答えなかった。
「私が愛しているのはテオ王子お一人よ、彼に国王になってほしい。その為に、ダニエル王子を消す必要があるのよ。少し遠回りだけど、仕方ないわよね」
ケイティは俯きながら、本当に残念そうに溜息を吐いた。
「……連れて行け」
フィンは今までに見たことのないほどの怖い顔でセレスティを見下ろしていた。
「テオ王子、私はこんなに貴方のことを愛しているのよ……!」
引き摺られながら、ケイティは必死でテオ王子に訴えていたが、彼が彼女の愛に応えることはなかった。
セレスティははっきりと、誰にでも聞こえるくらいの大きな声で吐き捨てるように言った。
舞踏会のフィナーレで、ダニエル王子は淡々と宣言した。
ーー私は私の目で妃を探す。
ブルーナ王妃周辺はざわついていたし、フィンは彼の言葉に感激して号泣していた。
舞踏会はお開きになったが、私たちはまだ名残惜しさからか舞踏室に残っていた。チラホラと、ダニエル王子以外のガーランド家の人間も残っている。これからどうなるのか、彼らの話題はそれで持ちきりだった。
セレスティは、そうは言っても清々しい顔をしていた。メリルはもうダニエル王子に対しての興味をほとんど失ったようで、部屋の窓から去っていく紳士に手を振っている。
彼は果たして、彼女の本当の正体を知っているのか。それは謎のままだった。
「まあ、これまでだって決まらなかったんだし。……ねえ、ジゼル。そのティアラ可愛いわね」
「ありがとう」
ケイティはジゼルの輝くティアラをうっとりと見つめた。
「……そうだ、何か食べるものを持ってくるわ」
そう言って、ケイティはせっせと軽食を運んでくれた。メリルは舞踏会の間中ずっと空腹を我慢していたらしく、頬をパンパンにしてサンドイッチを詰め込んでいる。
「ゆっくり食べなさい」
セレスティが嗜めるが、メリルは聞く耳を持たない。
「もう取り繕うこともないわ」
「やあ、お嬢さん方。俺も混ぜてよ」
テオ王子は何食わぬ顔で私たちの間に割り込んだ。私とセレスティが慌てて長椅子から立ち上がって、頭を下げようとするのを、彼は慌てて手で制した。
「気にしないで」
テオ王子はケイティ、セレスティ、メリル、私を順番に見回すと、でれでれと鼻の下を伸ばしている。
「……それにしても、今夜は久しぶりに平和で楽しかったなぁ。前は国民全員を招待してたの、知ってる子いる?」
「ええ、知っていますわ。私はそれでガーランド家と親交を深めました」
セレスティはスラスラと答えた。テオ王子は満足そうに頷いた。
「君みたいに美しい子、ガーランド家が放っておかないよ」
ケイティはどこからか葡萄酒を一本くすねてくると、人数分のグラスも持って来た。
「それなら、テオ王子。私のことはもうお忘れですか?」
ケイティはにこにこと会話を楽しみながら、一本一本グラスに注いで回る。メリルは確か、酒を飲める年齢のはずだが、セレスティはダメだと判断したようで本人が見ていない隙に葡萄ジュースにすり替えていた。
「君を……? さっき、一緒に踊った子だよね。君みたいな可愛い子、忘れないよ」
「もっと前に会っていますわ」
ロイドはまた何やらフィンと話し込んでいる。何度かロイドが"お金"のジェスチャーをしているのが見えた。恐らく報酬の交渉をしている。
私も一杯飲んでしまおうかしら、もう喉がからからだ。
グラスを手に持つと、隣に座っていたセレスティがすっと、私のグラスの上にほっそりとした手を翳した。
「……私なら、やめておくわ」
彼女の視線がロイドの方に向けられた。まさか……。私はゆらゆらと揺らめく葡萄酒の底を覗いた。
ゴボッと喉の奥から何かが迫り上がってくるような奇妙な音がした。テオ王子は、口の端から葡萄酒を滴らせながら戸惑ったような目をしてこちらを見ている。メリルが小さく悲鳴を上げた。
「テオ王子……!」
セレスティと私は、慌てて倒れ込むテオ王子に駆け寄った。遠くから、ロイドとフィンが駆け寄った。
「……吐き出しちゃったのね」
ケイティの声は恐ろしく冷たかった。その間も、テオ王子はゴボッゴボッと咳込んでいる。
「衛兵! 捕らえてくれ!」
フィンは声を張り上げた。部屋の外からぞろぞろと衛兵たちが駆け付ける。ケイティは抵抗しないまま、床に跪いた。
「私のことを忘れて、他の女に手を出すからよ。アリシア、メリル、そしてジゼル……ひどいじゃない」
「テオ王子、これを……」
ロイドは胸のポケットから、小さな小瓶を取り出した。小さな雪の結晶の模様がついている。テオ王子の頭を支えながら、唇に小瓶を押し当てて流し込む。苦しそうに歪められた顔が、少しずつ和らいでいく。
「ほら、いい"御守り"だろう?」
ロイドはそう言って笑った。
「ケイティが毒を……?」
「ええ、そうよ。私というものがありながら、テオ王子はすぐに浮気する」
テオ王子は荒い息を整えながら、首を横に振りながら「知らない、知らない」とうわ言のように繰り返している。
「でも、気付いたのよ。貴方より先に獲物を射ても意味ないわ。貴方にお仕置きしなきゃ」
ケイティは立ち尽くしたまま、淡々と答えていく。
「もしかして、私に矢を放ったのも貴方?」
「ええ、そうよ。貴方一緒に食事を取らないから、一度毒も試したけど、貴方の従者に当たってしまったのよね」
困ったように頬に手を当てて、上品に笑っている。
「でも、まさかセレスティが毒消しを作っていたなんて思わなかったわ」
さすが、王子の妃になる為に育てられただけあって、用意周到ね。と、嫌味でもなく、本気で感嘆しているようだった。
「私はてっきり……ジゼルと私の両方を殺したいのだと思っていたわ。ダニエル王子の有力な妃候補を消したいのだとばかり……」
「……私は?」
メリルは小さく訊ねたが、誰も答えなかった。
「私が愛しているのはテオ王子お一人よ、彼に国王になってほしい。その為に、ダニエル王子を消す必要があるのよ。少し遠回りだけど、仕方ないわよね」
ケイティは俯きながら、本当に残念そうに溜息を吐いた。
「……連れて行け」
フィンは今までに見たことのないほどの怖い顔でセレスティを見下ろしていた。
「テオ王子、私はこんなに貴方のことを愛しているのよ……!」
引き摺られながら、ケイティは必死でテオ王子に訴えていたが、彼が彼女の愛に応えることはなかった。
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