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28.回るお人形たち
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ダニエル王子が参加する最初の一曲は、広間の真ん中で二人だけで踊ることになっている。セレスティは緊張のせいか、ほとんど無表情のままだった。ある意味では顔色ひとつ変えず、堂々としているようにも見えたかもしれない。彼女の性格をよく知る人間からしたら、はらはらしつつも、微笑ましくもあった。
彼女もあんな風に緊張するのね。
ふと、メリルの横顔が目に入る。彼女も同じように温かい視線を向けていた。
ブルーナ王妃はダニエル王子の最初の女性を見ようと、柄付きの眼鏡を持って身を乗り出していた。今にも柵を飛び越えてしまいそうで、付き人たちが慌てているのが見える。
セレスティは美しかった。ドレスは誂えたようにダニエル王子の衣装と揃っていて、はじめから二人がペアになることが決まっていたみたいだった。ダニエル王子は彼女を完璧にエスコートしているようだし、彼女はまるで妖精のように軽やかに舞いながら彼に身を任せている。
この場にいる全員が二人に見惚れていたと思う。羨望の眼差しで見守りながら、時折感嘆の溜息が漏れる。
曲が終われば、思い出したようにまたみんなが一斉にくるくると回り出す。二人はゆっくりと、流れるように離れて行く。
「よろしかったら、私と踊っていただけませんか。ジゼル」
ダニエル王子はそのまま流れるように私の方に向かってくると、大きな手を差し出して優しく微笑んだ。
「はい、喜んで」
差し出された手を取ると、ちょうど心配そうな表情で見守るフィンと目が合った。目が合うと、すぐににっこりと笑い返してくれた。
「……それなら、貴方は私と踊ってくださる?」
セレスティがぞんざいな口調でロイドに声を掛けていた。
「えっ、私とですか?」
「そう言ってるでしょう、女性に恥をかかせないで」
セレスティはふいっと顔を背けた。ロイドは、照れ臭そうに笑うと、恭しく手を差し出した。
「セレスティ様、光栄です」
くるくると回り続けるうちに、ロイドたちとの距離は一気に遠くなってしまった。
「ようやく知っているご令嬢に会えてホッとしたよ」
そう言って笑う彼の顔は、あの晩と同じ優しい彼だった。人懐っこい笑顔が可愛らしい。彼も気を張っていたのだろう。
「さっきはとても素敵でしたわ」
回る視界の端にで、壁際に佇むテオが見えた。目が合うと、ひらひらと手を振った後に、親指をぐっと立てる仕草をした。どうやら応援してくれているつもりらしい。
「少しは妬いてくれたかな」
「ええ、そうですね」
ダニエル王子は揶揄うようなことを言って、くすくすと笑っている。
「よく言うよ。今だって他の男のことを考えているくせに」
さっきから、ついロイドを探してしまう。大勢の人に紛れて、セレスティとロイドの姿はまるで光が当たっているようにすぐに見つけることが出来る。セレスティはすっかり緊張が解けたようで、穏やかな表情で笑っていた。真っ白な頬を赤く染めて、まるで少女のように華やいでいる。
「……君は本当にわかりやすいな」
ダニエル王子が囁いた。頬がカッと熱くなる。
「今回、私は妃を選ばない……あまり、驚かないね」
「ええ、そんな気がしていました」
テオも、ロイドもきっと同じように思っていた。ダニエル王子は選べない。
私としては、セレスティと並んだ姿があまりにも美しく絵画の一部のようだったから、勿体無い気もする。だが、彼女自身もその方がきっと幸せなのだろう。
「こんな馬鹿げた伝統はもう終わりにするつもりだ。私が命を懸けても大切にしたい女性を、自分の目で探す」
君のおかげでもう一度足掻いてみようと思ったよ。私をそっと引き寄せて、真っ直ぐに目を見て言った。
「きっと見つかります」
「しばらく、フィンには迷惑を掛けるだろうな」
ダニエル王子に相応しい女性を見つけるために、彼はまた奔走することになるだろう。伝統と称して妃選びに口を出したい王妃たちとの間で板挟みになるだろう。
「彼が一緒なら安心ですわ、悪い女に引っ掛かることもないでしょう」
ダニエル王子は顔をくしゃくしゃにして、少年のように笑った。その顔は晴れやかなものだった。彼ならきっと大丈夫。
「君もどうか幸せに」
ゆっくりと、ダニエル王子の手が離れていく。夢のような時間ももうすぐ終わる。明日から、私はもうただの"ジゼル・サマー"に戻る。全部が嘘みたいだった。
彼女もあんな風に緊張するのね。
ふと、メリルの横顔が目に入る。彼女も同じように温かい視線を向けていた。
ブルーナ王妃はダニエル王子の最初の女性を見ようと、柄付きの眼鏡を持って身を乗り出していた。今にも柵を飛び越えてしまいそうで、付き人たちが慌てているのが見える。
セレスティは美しかった。ドレスは誂えたようにダニエル王子の衣装と揃っていて、はじめから二人がペアになることが決まっていたみたいだった。ダニエル王子は彼女を完璧にエスコートしているようだし、彼女はまるで妖精のように軽やかに舞いながら彼に身を任せている。
この場にいる全員が二人に見惚れていたと思う。羨望の眼差しで見守りながら、時折感嘆の溜息が漏れる。
曲が終われば、思い出したようにまたみんなが一斉にくるくると回り出す。二人はゆっくりと、流れるように離れて行く。
「よろしかったら、私と踊っていただけませんか。ジゼル」
ダニエル王子はそのまま流れるように私の方に向かってくると、大きな手を差し出して優しく微笑んだ。
「はい、喜んで」
差し出された手を取ると、ちょうど心配そうな表情で見守るフィンと目が合った。目が合うと、すぐににっこりと笑い返してくれた。
「……それなら、貴方は私と踊ってくださる?」
セレスティがぞんざいな口調でロイドに声を掛けていた。
「えっ、私とですか?」
「そう言ってるでしょう、女性に恥をかかせないで」
セレスティはふいっと顔を背けた。ロイドは、照れ臭そうに笑うと、恭しく手を差し出した。
「セレスティ様、光栄です」
くるくると回り続けるうちに、ロイドたちとの距離は一気に遠くなってしまった。
「ようやく知っているご令嬢に会えてホッとしたよ」
そう言って笑う彼の顔は、あの晩と同じ優しい彼だった。人懐っこい笑顔が可愛らしい。彼も気を張っていたのだろう。
「さっきはとても素敵でしたわ」
回る視界の端にで、壁際に佇むテオが見えた。目が合うと、ひらひらと手を振った後に、親指をぐっと立てる仕草をした。どうやら応援してくれているつもりらしい。
「少しは妬いてくれたかな」
「ええ、そうですね」
ダニエル王子は揶揄うようなことを言って、くすくすと笑っている。
「よく言うよ。今だって他の男のことを考えているくせに」
さっきから、ついロイドを探してしまう。大勢の人に紛れて、セレスティとロイドの姿はまるで光が当たっているようにすぐに見つけることが出来る。セレスティはすっかり緊張が解けたようで、穏やかな表情で笑っていた。真っ白な頬を赤く染めて、まるで少女のように華やいでいる。
「……君は本当にわかりやすいな」
ダニエル王子が囁いた。頬がカッと熱くなる。
「今回、私は妃を選ばない……あまり、驚かないね」
「ええ、そんな気がしていました」
テオも、ロイドもきっと同じように思っていた。ダニエル王子は選べない。
私としては、セレスティと並んだ姿があまりにも美しく絵画の一部のようだったから、勿体無い気もする。だが、彼女自身もその方がきっと幸せなのだろう。
「こんな馬鹿げた伝統はもう終わりにするつもりだ。私が命を懸けても大切にしたい女性を、自分の目で探す」
君のおかげでもう一度足掻いてみようと思ったよ。私をそっと引き寄せて、真っ直ぐに目を見て言った。
「きっと見つかります」
「しばらく、フィンには迷惑を掛けるだろうな」
ダニエル王子に相応しい女性を見つけるために、彼はまた奔走することになるだろう。伝統と称して妃選びに口を出したい王妃たちとの間で板挟みになるだろう。
「彼が一緒なら安心ですわ、悪い女に引っ掛かることもないでしょう」
ダニエル王子は顔をくしゃくしゃにして、少年のように笑った。その顔は晴れやかなものだった。彼ならきっと大丈夫。
「君もどうか幸せに」
ゆっくりと、ダニエル王子の手が離れていく。夢のような時間ももうすぐ終わる。明日から、私はもうただの"ジゼル・サマー"に戻る。全部が嘘みたいだった。
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