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26.はじまりの夜
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『準備は出来ましたか?』
扉の向こうから、フィンの声がした。いよいよ、ね。
この扉から出たら、もう今までの私たちには戻れない。ダニエル王子が誰を選ぶのか、選ばないのかは分からない。だが、どちらにせよ、再び四人で顔を揃えることはないだろう。ゆっくりと彼女たちが立ち上がる。
結構楽しいこともあったわね。
彼女たちがどう思っているのかは分からない、けれど同じ気持ちが少しでもあったら嬉しいと思った。
嵐の前のような静けさ、穏やかな時間だった。私はみんなの目を盗んで、そっと宝石箱を開けると、テオ王子から贈られたティアラとネックレスを身に付けた。光に反射してキラキラと輝いている。
「……綺麗です、ジゼル様」
フィンは扉を開けながら、他の人に聞こえないような小さな声で耳打ちをした。
「ありがとう、フィン」
少し前の方に、ロイドが歩いているのが見えた。声を掛けようとすると、彼の隣を歩いていたセレスティの足元がふらついていた。
「おっと……」
ロイドは、すかさずその細い腰を支えた。
「大丈夫ですか、セレスティ様」
「ええ、ありがとう」
「今日は一段とお美しいですね」
セレスティの真っ白な耳がじんわりと赤くなっている。一瞬何かを言いかけたように見えたが、ロイドは何やら視線を彷徨わせている。私と目が合うと、さっと駆け寄ってきた。
彼を見ていたことに気付かれたくなくて、私はすっと視線を逸らした。
「ジゼル様、よく似合っています」
「あら、そう」
素っ気なく返したつもりだったのだが、この冷ややかな物言いがセレスティを意識しているようで嫌だった。
ロイドは困ったように笑っているが、私の機嫌がどうして悪いのかということには気付いていないようだった。
私だってロイドに幸せになってほしい。だが、実際に彼が他の令嬢と親しくしているのを見るとモヤッとしてしまう。
「なんだ、機嫌悪いな。ドレス気に入らなかったのか? そのティアラとネックレスどうしたんだ?」
ロイドは私の新しい装飾品を目敏く見つけた。
「テオ王子に貰ったのよ」
「置いて行きなさい」
ロイドは少し怖い顔をして、ぴしゃりと叱るように言った。
「いやよ、ドレスもティアラもネックレスも全部気に入ってるの。一緒に連れて行かなきゃ可哀想よ」
「はいはい、わかったよ」
ロイドの手はティアラを外そうと伸びていたが、私の態度が頑なだったことに気付いて諦めてくれたようだった。
「私に……ダニエル王子と結婚する気はあるのか、と聞いたわね」
「ああ、ないんだろう?」
最初からそれは分かっていたんでしょう。それでも、もう一度私の気持ちをを確かめたのは、やっぱり私の為を思ってのことだったのでしょう。
「貴方はどうなの? 素敵なご令嬢は見つけた?」
長年の付き合いから、セレスティが彼の理想そのものだと知っている。人形めいた顔立ちに、少しツンツンした素直じゃない女の子。
今なら、さっきのセレスティの言葉の意味が分かるような気がした。
ロイドを失うかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなかった。不安な時、ロイドが来てくれたら心の底から安心した。ロイドがセレスティを庇った時は裏切られたような気持ちになった、今だって……。
「何を言い出すんだ、いきなり」
「……私は一人でも平気よ。今夜が最後の夜なら、貴方も後悔の無い夜にしてちょうだい」
私というお荷物がなければ、ロイドだってきっともう少し楽しめたはずだ。
「俺はジゼルを一人にしないよ」
「お互いにもう大人なんだから、大丈夫よ」
ロイドも今日のためにきちんと正装をしている。ピシッと詰まった首元は窮屈そうだが、彼によく似合っていた。
こんな時でも猫のブローチをつけてくれている。
「それ、いつもつけてくれてるの?」
「ああ、これは俺の御守り」
そう言ってまた私を喜ばせるのね。どうせ誰にでも言ってることなのに。
「これをつけてたら、どんな仕事でも上手くいく。ジゼルが一緒にいてくれるから」
ロイドはそう言って、その猫のブローチに小さく唇を落とした。
「これを見る度にいつも思うんだ。この仕事が終わったら、ジゼルに会いに行こうって」
なかなか、そうもいかない毎日だったけど。そう言ってロイドは俯いて笑う。もしも、同じ気持ちだったら嬉しい。
「また会えて、嬉しい」
舞踏室の扉は、これまで見てきたどの部屋よりも重厚で大きい。自分の心臓の音がうるさい。今夜が無事に終わったら、私の仕事も終わりだ。
扉の向こうから、フィンの声がした。いよいよ、ね。
この扉から出たら、もう今までの私たちには戻れない。ダニエル王子が誰を選ぶのか、選ばないのかは分からない。だが、どちらにせよ、再び四人で顔を揃えることはないだろう。ゆっくりと彼女たちが立ち上がる。
結構楽しいこともあったわね。
彼女たちがどう思っているのかは分からない、けれど同じ気持ちが少しでもあったら嬉しいと思った。
嵐の前のような静けさ、穏やかな時間だった。私はみんなの目を盗んで、そっと宝石箱を開けると、テオ王子から贈られたティアラとネックレスを身に付けた。光に反射してキラキラと輝いている。
「……綺麗です、ジゼル様」
フィンは扉を開けながら、他の人に聞こえないような小さな声で耳打ちをした。
「ありがとう、フィン」
少し前の方に、ロイドが歩いているのが見えた。声を掛けようとすると、彼の隣を歩いていたセレスティの足元がふらついていた。
「おっと……」
ロイドは、すかさずその細い腰を支えた。
「大丈夫ですか、セレスティ様」
「ええ、ありがとう」
「今日は一段とお美しいですね」
セレスティの真っ白な耳がじんわりと赤くなっている。一瞬何かを言いかけたように見えたが、ロイドは何やら視線を彷徨わせている。私と目が合うと、さっと駆け寄ってきた。
彼を見ていたことに気付かれたくなくて、私はすっと視線を逸らした。
「ジゼル様、よく似合っています」
「あら、そう」
素っ気なく返したつもりだったのだが、この冷ややかな物言いがセレスティを意識しているようで嫌だった。
ロイドは困ったように笑っているが、私の機嫌がどうして悪いのかということには気付いていないようだった。
私だってロイドに幸せになってほしい。だが、実際に彼が他の令嬢と親しくしているのを見るとモヤッとしてしまう。
「なんだ、機嫌悪いな。ドレス気に入らなかったのか? そのティアラとネックレスどうしたんだ?」
ロイドは私の新しい装飾品を目敏く見つけた。
「テオ王子に貰ったのよ」
「置いて行きなさい」
ロイドは少し怖い顔をして、ぴしゃりと叱るように言った。
「いやよ、ドレスもティアラもネックレスも全部気に入ってるの。一緒に連れて行かなきゃ可哀想よ」
「はいはい、わかったよ」
ロイドの手はティアラを外そうと伸びていたが、私の態度が頑なだったことに気付いて諦めてくれたようだった。
「私に……ダニエル王子と結婚する気はあるのか、と聞いたわね」
「ああ、ないんだろう?」
最初からそれは分かっていたんでしょう。それでも、もう一度私の気持ちをを確かめたのは、やっぱり私の為を思ってのことだったのでしょう。
「貴方はどうなの? 素敵なご令嬢は見つけた?」
長年の付き合いから、セレスティが彼の理想そのものだと知っている。人形めいた顔立ちに、少しツンツンした素直じゃない女の子。
今なら、さっきのセレスティの言葉の意味が分かるような気がした。
ロイドを失うかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなかった。不安な時、ロイドが来てくれたら心の底から安心した。ロイドがセレスティを庇った時は裏切られたような気持ちになった、今だって……。
「何を言い出すんだ、いきなり」
「……私は一人でも平気よ。今夜が最後の夜なら、貴方も後悔の無い夜にしてちょうだい」
私というお荷物がなければ、ロイドだってきっともう少し楽しめたはずだ。
「俺はジゼルを一人にしないよ」
「お互いにもう大人なんだから、大丈夫よ」
ロイドも今日のためにきちんと正装をしている。ピシッと詰まった首元は窮屈そうだが、彼によく似合っていた。
こんな時でも猫のブローチをつけてくれている。
「それ、いつもつけてくれてるの?」
「ああ、これは俺の御守り」
そう言ってまた私を喜ばせるのね。どうせ誰にでも言ってることなのに。
「これをつけてたら、どんな仕事でも上手くいく。ジゼルが一緒にいてくれるから」
ロイドはそう言って、その猫のブローチに小さく唇を落とした。
「これを見る度にいつも思うんだ。この仕事が終わったら、ジゼルに会いに行こうって」
なかなか、そうもいかない毎日だったけど。そう言ってロイドは俯いて笑う。もしも、同じ気持ちだったら嬉しい。
「また会えて、嬉しい」
舞踏室の扉は、これまで見てきたどの部屋よりも重厚で大きい。自分の心臓の音がうるさい。今夜が無事に終わったら、私の仕事も終わりだ。
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