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20.疑惑
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「セレスティ……!」
首元の詰まった真っ黒なドレスの上に、同じ色のショールを羽織っている。
「セレスティ様、どうかされました?」
フィンが心配そうにセレスティの肩に手を添え、彼女の顔を優しく覗き込んだ。
「いえ、貴方の従者、体調が良くないみたいでしょう。さっき部屋を訪ねてもいなかったから、ここかと思ったのよ」
セレスティはそう言うと、ずかずかと部屋の奥まで入ってきた。
「ちょっと……!」
私は思わず、セレスティの前に腕を突き出しそれ以上入ってこられないようにした。だって、遠慮というものがなさ過ぎる。
「これを」
セレスティは胸元から、すっと小さな小瓶を差し出した。深い青色の硝子に、白く雪の結晶が彫られている。これは確かウィンター家の紋章だ。
「なによ、これ」
「解毒剤よ、私が調合したの」
ずいっと、小瓶を押し付けてくる。私は受け取りたくなかったから、手を出さずにいた。
「……どうして毒だと思うのよ?」
「違ったのかしら?」
相変わらず嫌味っぽい言い方しかしないセレスティに、私は苛立っていた。
「そもそも、どうしてロイドが体調が良くないと知っていたの? 貴方が毒を盛ったからじゃない?」
噛み付くように問い質すと、彼女は知らん振りしたままロイドの頬をそっと撫でた。
「あら、顔色が良くなっている。貴方がやったの?」
視線を向けられたフィンが、「ええ、そうです」と短く答えた。
「それなら……これは必要なかったかしら」
「ええ、そうよ。ロイドに触らないで……もう帰ってよ!」
きつい言い方だとは思うが、そんなこと構っている場合ではなかった。とにかくロイドに近寄らせたくない。彼女の細い腕を掴んで、無理やりベッドから引き剥がす。
セレスティは大袈裟ね、と意地悪そうに笑うと、私の手を強く振り払った。そして、私の目をよく見ながら、わざとゆっくりベッドから離れる。
「それ以上馬鹿にするようなら、引きずり倒してでも追い出すわよ」
「やれるものなら」
この女、どこまでも好戦的な態度を取る。
「あんたの金髪、毟り取ってやるわよ」
手首をほぐしながら、セレスティににじり寄る。
「やめてくれ」
「ええ、そうでしょう……え?」
やめてくれ、と声を発したのはロイドだった。
「ロイド……! 具合はどうだ?」
フィンが真っ先に駆け寄った。ロイドは上体を起こして、枕元に置いておいた水を喉を鳴らしながらぐびぐびと飲んでいる。
「ああ、もう大丈夫だ。フィンのおかげだな」
体もすっかり軽い、と言ってロイドは体のあちこちを確かめるように伸ばしている。
「よかった……」
フィンは心の底から安堵したようだった。
「ロイド、本当にもう大丈夫なの……? 」
「ああ、本当にもう大丈夫。そんな顔をするな」
ロイドは乱暴に私の頬を擦った。安心したせいで、堪えていた涙が零れてしまったようだ。
「……セレスティ様、これは私の為に作ってくださったのでしょう?」
ロイドはいつの間にかセレスティの持っていた小瓶を手に持っていた。
「ええ、暇だったのよ」
セレスティの声は冷ややかだった。暇だからといって、あんな自分の家の紋章がついた上等な小瓶に、わざわざ他人の家の従者の為に薬を作るかしら。どちらにしても、無理な言い分に呆れてしまう。
「ありがとうございます。頂いてもよろしいですか? 私の御守りにしたいのですが……」
ロイドは猫を被ったまま、上目遣いにセレスティを見つめた。あんな、怪しいものを受け取ってどうするつもりなのかしら。
「ちょっと、ロイド……!」
何を考えてるの、と言いかけたところをセレスティは遮るように答えた。
「捨てたって構わないわ、好きにしてください」
セレスティはふいっと顔を背けると、すたすたと足早に部屋を出て行こうとする。
「ああ、セレスティ様。お部屋までお送りいたしましょうか?」
「結構です」
振り返ることも、立ち止まることもせずに、セレスティはぴしゃりと答えた。フィンは困ったように笑っていた。
私は慌てて、セレスティの後を追った。怪しいとはいえ、もしかしたら本当にロイドを心配してくれたかもしれないのに、私は冷たく追い出そうとしてしまった。
金髪をむしってやるとも言ってしまったわね……。
とりあえず、追い出そうとしたことを謝りましょう。彼女に対しての疑念が晴れた訳ではないのだから。
「……あれ?」
そんなに時間が経っていないはずなのに、セレスティの姿はなかった。どんだけ歩くの早いのよ……。
少し辺りを見回しすと、遠くの方からゆらゆらと人影のようなものが見えた。セレスティ……にしては、大柄だ。目を凝らしてじっと見ていると、向こうも警戒しているようで次第に動きがゆっくりになる。男性だ、あともう少しで顔が分かる。
「……ダニエル王子?」
首元の詰まった真っ黒なドレスの上に、同じ色のショールを羽織っている。
「セレスティ様、どうかされました?」
フィンが心配そうにセレスティの肩に手を添え、彼女の顔を優しく覗き込んだ。
「いえ、貴方の従者、体調が良くないみたいでしょう。さっき部屋を訪ねてもいなかったから、ここかと思ったのよ」
セレスティはそう言うと、ずかずかと部屋の奥まで入ってきた。
「ちょっと……!」
私は思わず、セレスティの前に腕を突き出しそれ以上入ってこられないようにした。だって、遠慮というものがなさ過ぎる。
「これを」
セレスティは胸元から、すっと小さな小瓶を差し出した。深い青色の硝子に、白く雪の結晶が彫られている。これは確かウィンター家の紋章だ。
「なによ、これ」
「解毒剤よ、私が調合したの」
ずいっと、小瓶を押し付けてくる。私は受け取りたくなかったから、手を出さずにいた。
「……どうして毒だと思うのよ?」
「違ったのかしら?」
相変わらず嫌味っぽい言い方しかしないセレスティに、私は苛立っていた。
「そもそも、どうしてロイドが体調が良くないと知っていたの? 貴方が毒を盛ったからじゃない?」
噛み付くように問い質すと、彼女は知らん振りしたままロイドの頬をそっと撫でた。
「あら、顔色が良くなっている。貴方がやったの?」
視線を向けられたフィンが、「ええ、そうです」と短く答えた。
「それなら……これは必要なかったかしら」
「ええ、そうよ。ロイドに触らないで……もう帰ってよ!」
きつい言い方だとは思うが、そんなこと構っている場合ではなかった。とにかくロイドに近寄らせたくない。彼女の細い腕を掴んで、無理やりベッドから引き剥がす。
セレスティは大袈裟ね、と意地悪そうに笑うと、私の手を強く振り払った。そして、私の目をよく見ながら、わざとゆっくりベッドから離れる。
「それ以上馬鹿にするようなら、引きずり倒してでも追い出すわよ」
「やれるものなら」
この女、どこまでも好戦的な態度を取る。
「あんたの金髪、毟り取ってやるわよ」
手首をほぐしながら、セレスティににじり寄る。
「やめてくれ」
「ええ、そうでしょう……え?」
やめてくれ、と声を発したのはロイドだった。
「ロイド……! 具合はどうだ?」
フィンが真っ先に駆け寄った。ロイドは上体を起こして、枕元に置いておいた水を喉を鳴らしながらぐびぐびと飲んでいる。
「ああ、もう大丈夫だ。フィンのおかげだな」
体もすっかり軽い、と言ってロイドは体のあちこちを確かめるように伸ばしている。
「よかった……」
フィンは心の底から安堵したようだった。
「ロイド、本当にもう大丈夫なの……? 」
「ああ、本当にもう大丈夫。そんな顔をするな」
ロイドは乱暴に私の頬を擦った。安心したせいで、堪えていた涙が零れてしまったようだ。
「……セレスティ様、これは私の為に作ってくださったのでしょう?」
ロイドはいつの間にかセレスティの持っていた小瓶を手に持っていた。
「ええ、暇だったのよ」
セレスティの声は冷ややかだった。暇だからといって、あんな自分の家の紋章がついた上等な小瓶に、わざわざ他人の家の従者の為に薬を作るかしら。どちらにしても、無理な言い分に呆れてしまう。
「ありがとうございます。頂いてもよろしいですか? 私の御守りにしたいのですが……」
ロイドは猫を被ったまま、上目遣いにセレスティを見つめた。あんな、怪しいものを受け取ってどうするつもりなのかしら。
「ちょっと、ロイド……!」
何を考えてるの、と言いかけたところをセレスティは遮るように答えた。
「捨てたって構わないわ、好きにしてください」
セレスティはふいっと顔を背けると、すたすたと足早に部屋を出て行こうとする。
「ああ、セレスティ様。お部屋までお送りいたしましょうか?」
「結構です」
振り返ることも、立ち止まることもせずに、セレスティはぴしゃりと答えた。フィンは困ったように笑っていた。
私は慌てて、セレスティの後を追った。怪しいとはいえ、もしかしたら本当にロイドを心配してくれたかもしれないのに、私は冷たく追い出そうとしてしまった。
金髪をむしってやるとも言ってしまったわね……。
とりあえず、追い出そうとしたことを謝りましょう。彼女に対しての疑念が晴れた訳ではないのだから。
「……あれ?」
そんなに時間が経っていないはずなのに、セレスティの姿はなかった。どんだけ歩くの早いのよ……。
少し辺りを見回しすと、遠くの方からゆらゆらと人影のようなものが見えた。セレスティ……にしては、大柄だ。目を凝らしてじっと見ていると、向こうも警戒しているようで次第に動きがゆっくりになる。男性だ、あともう少しで顔が分かる。
「……ダニエル王子?」
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