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19.静かな時間
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医務室は、白を基調とした清潔そうな部屋だった。あまりに静謐で、少し怖いくらいだ。独特な薬品の匂いが鼻をつく。
フィンは丁寧にロイドを横たわらせると、テキパキと動き回りながら、棚からいくつか薬品を取り出して吟味しているようだった。
「ロイド、どうしたのかしら」
「とりあえず、この薬でしばらく様子を見ましょう。もし、兆しが見えないようならすぐに医者に見せましょう」
「ロイド……」
フィンはロイドの上体をそっと起こすと、その口に薬を流し込んだ。飲みきれなかった水が口元を伝っていく。私は、せめてその水を拭ってあげた。
ロイドがいなくなったらどうしよう。悪い夢でも見ているようだった。どうして彼がこんな目に?
目の前が歪んでいく。ぐるぐるとした不安に目が回って、気を抜いたらこのまま倒れてしまいそうだった。
「大丈夫ですよ、彼は強い。ジゼル様をこんな所に一人で置いていったりしません」
「……」
フィンも緊張しているのか、細い指が震えていた。
気を緩めると泣いてしまいそうだ。視線を上に向けて涙が零れないようにする。こういう時、思考の邪魔になるのは涙だ。フィンのことも動揺させたくない。
ロイドの表情が少しずつ和らいでいく。相変わらずぐったりと横たわっているが、苦悶の表情からは解放されたようだ。
「効いているといいのですが……」
震える手をさすりながら、フィンの緊張も少し解けたようだ。
「……私はこのままロイドが目覚めるのを待ちます。ジゼル様はお部屋にお戻りになりますか?」
それならお送りします、とフィンは言った。
「いいえ、私も一緒にいたい」
食い気味に答えてしまった。でも、どうしてもロイドの側にいたかった。
「わかりました」
フィンはそう言って微笑むと、丈夫そうな椅子とクッション、大きな毛布を持ってきてくれた。
「ありがとう」
私はせめて祈るように両手をしっかりと組んだ。こんな時ばかり縋って、と神様に怒られてしまうかもしれない。
少しの間、沈黙が流れる。
「……フィンは、なんでもできるのね」
ぽつりと、思ったままを口にすると、フィンは少し俯いて照れたように笑った。
「そんなことありませんよ」
「だって、薬の調合だって慣れていたでしょう? 城には医者だっているはずなのに……」
「昔、少しかじった程度ですが……自分に何かあったら調合も治療もお前がやってくれ、なんてロイドから言われましたから」
「信頼されてるのね」
そんなことまでフィンに頼んでいたのか、と私は感心した。徹底的にフィンのこと以外信頼するつもりがなかったのだ。
「ただの腐れ縁です」
フィンはまた、少年みたいに笑う。腰に差してある短剣には美しい細工が施されている。丁寧に彫り込まれた文様、散りばめられた宝石。戦うことより、纒うことの美しさに重きを置かれたそれは、まさしく王の従者である証だ。
「……ロイドはもしかしたら、毒を盛られたのかもしれません」
「毒を……?」
「ええ、アリシア・サマーの死因は毒殺。メリル・スプリングも、少量ですが毒を摂取して療養中でした」
それで、"こんな所で死ぬのはいや"と言って逃げ出したのか。実の妹が、危険に晒されていることを知っているのかしら。能天気な方のメリルを、少しだけ気の毒に思った。
「でも、誰がそんなことを……まさか」
あの二人のうちのどちらかが、犯人だというのか。確かに性格に難はあるかもしれないが、人を殺せるとは思えない。
「……断定はできません。それに、怪しい者なんて、他にもいくらだっています」
恐らく、私の頭の中に上がった容疑者二人についてフィンも思うところがあるのだろう。
それにしても、本当に毒が原因なら何故ロイドを狙う必要があるのだろう。私を殺すならまだしも……。
「本当は、私を殺すつもりだったのかしら」
それなら、ロイドは私の代わりに苦しんだことになる。私はとても申し訳ない気持ちで一杯だった。今は穏やかな表情で、静かに目を閉じている。額の汗を冷やした布で拭い、頬に触れてみた。温かい感触にまた、涙が溢れそうになる。
「……わかりません。ですが、今まで以上に用心を怠らないことです」
コンコン、と控えめに扉を叩く音がする。思わずフィンと顔を見合わせた。
フィンがゆっくりと扉を開けると、そこに立っていたのは思わぬ人物だった。
フィンは丁寧にロイドを横たわらせると、テキパキと動き回りながら、棚からいくつか薬品を取り出して吟味しているようだった。
「ロイド、どうしたのかしら」
「とりあえず、この薬でしばらく様子を見ましょう。もし、兆しが見えないようならすぐに医者に見せましょう」
「ロイド……」
フィンはロイドの上体をそっと起こすと、その口に薬を流し込んだ。飲みきれなかった水が口元を伝っていく。私は、せめてその水を拭ってあげた。
ロイドがいなくなったらどうしよう。悪い夢でも見ているようだった。どうして彼がこんな目に?
目の前が歪んでいく。ぐるぐるとした不安に目が回って、気を抜いたらこのまま倒れてしまいそうだった。
「大丈夫ですよ、彼は強い。ジゼル様をこんな所に一人で置いていったりしません」
「……」
フィンも緊張しているのか、細い指が震えていた。
気を緩めると泣いてしまいそうだ。視線を上に向けて涙が零れないようにする。こういう時、思考の邪魔になるのは涙だ。フィンのことも動揺させたくない。
ロイドの表情が少しずつ和らいでいく。相変わらずぐったりと横たわっているが、苦悶の表情からは解放されたようだ。
「効いているといいのですが……」
震える手をさすりながら、フィンの緊張も少し解けたようだ。
「……私はこのままロイドが目覚めるのを待ちます。ジゼル様はお部屋にお戻りになりますか?」
それならお送りします、とフィンは言った。
「いいえ、私も一緒にいたい」
食い気味に答えてしまった。でも、どうしてもロイドの側にいたかった。
「わかりました」
フィンはそう言って微笑むと、丈夫そうな椅子とクッション、大きな毛布を持ってきてくれた。
「ありがとう」
私はせめて祈るように両手をしっかりと組んだ。こんな時ばかり縋って、と神様に怒られてしまうかもしれない。
少しの間、沈黙が流れる。
「……フィンは、なんでもできるのね」
ぽつりと、思ったままを口にすると、フィンは少し俯いて照れたように笑った。
「そんなことありませんよ」
「だって、薬の調合だって慣れていたでしょう? 城には医者だっているはずなのに……」
「昔、少しかじった程度ですが……自分に何かあったら調合も治療もお前がやってくれ、なんてロイドから言われましたから」
「信頼されてるのね」
そんなことまでフィンに頼んでいたのか、と私は感心した。徹底的にフィンのこと以外信頼するつもりがなかったのだ。
「ただの腐れ縁です」
フィンはまた、少年みたいに笑う。腰に差してある短剣には美しい細工が施されている。丁寧に彫り込まれた文様、散りばめられた宝石。戦うことより、纒うことの美しさに重きを置かれたそれは、まさしく王の従者である証だ。
「……ロイドはもしかしたら、毒を盛られたのかもしれません」
「毒を……?」
「ええ、アリシア・サマーの死因は毒殺。メリル・スプリングも、少量ですが毒を摂取して療養中でした」
それで、"こんな所で死ぬのはいや"と言って逃げ出したのか。実の妹が、危険に晒されていることを知っているのかしら。能天気な方のメリルを、少しだけ気の毒に思った。
「でも、誰がそんなことを……まさか」
あの二人のうちのどちらかが、犯人だというのか。確かに性格に難はあるかもしれないが、人を殺せるとは思えない。
「……断定はできません。それに、怪しい者なんて、他にもいくらだっています」
恐らく、私の頭の中に上がった容疑者二人についてフィンも思うところがあるのだろう。
それにしても、本当に毒が原因なら何故ロイドを狙う必要があるのだろう。私を殺すならまだしも……。
「本当は、私を殺すつもりだったのかしら」
それなら、ロイドは私の代わりに苦しんだことになる。私はとても申し訳ない気持ちで一杯だった。今は穏やかな表情で、静かに目を閉じている。額の汗を冷やした布で拭い、頬に触れてみた。温かい感触にまた、涙が溢れそうになる。
「……わかりません。ですが、今まで以上に用心を怠らないことです」
コンコン、と控えめに扉を叩く音がする。思わずフィンと顔を見合わせた。
フィンがゆっくりと扉を開けると、そこに立っていたのは思わぬ人物だった。
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