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17.月影
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「フィンのやつ……遅いな」
ロイドが壁の時計を見ながら呟いた。
「なにかあったのかしら?」
もう他の令嬢たちは正賓室に集まって食事をしているはずだ。私たちに食事を運んでくれるのは、その少し後になる。そうはいっても、今日は少し遅い。
「まさか、迷子になってないだろうな。あいつ、意外と抜けたところがあるからな」
あの真面目で神経質そうなフィンが抜けているところがあるなんて意外だ。
どんな所が? と興味本位で聞こうとロイドの方を振り返る。
「……どうしたの?」
ロイドは額に手を当てて、スーッと深く息を吐いて俯いている。心なしか、顔色もあまり良くない。
「いや……なんでもない」
ひらひらと手を振って、大丈夫だというが、また瞼を閉じた。気分が優れないようだ。
「ねえ、大丈夫? 頭が痛いの?」
「少し、でも心配するな。少し落ち着いていれば良くなる」
「……私、フィンを探してくる」
立ち上がると、ロイドがパッと手を掴んだ。
「いい、ここにいろ」
そう言うと、すぐにその手を離した。どうやら反射的に掴んでしまったらしい。決まり悪そうな顔をして、また俯いてしまった。
「大丈夫よ、すぐ近くを様子見るだけ。遠くには行かないわ」
ついでに、フィンに頼んで薬を貰おう。ロイドの返事を最後まで聞く前に私は部屋を出てしまった。
どこまでも長い廊下はしんと静まり返っている。人の気配もない。
まさか、フィンってば本当に迷子になってしまったのかしら。
それにしても、使われていなそうな部屋がいくつもある。ひとつ、私を住まわせてくれないかしら。きっと十分に暮らしていけるわ。扉はどれも同じに見えて、無事に部屋に戻れるかどうかも心配だった。
まあ、フィンに会えればいいのよね。そうしたら一緒に部屋に戻ってもらおう。
実は、ここに到着してからずっと探検してみたいと思っていたのだ。探検といっても、ほんの少しだけ見て回れたらそれで十分だった。
長い廊下の先には大きくて広い螺旋状の階段がある。確か、ここを降りて真っ直ぐ歩いたところに使用人たちの部屋があると言っていた。一段一段降りていくと、胸がどきどきしていた。こんな広いお屋敷を歩き回るのは初めてだ。階段の手摺りひとつにしても、丁寧な細工が施されてる。それをひとつひとつ確かめるようになぞる。
下に降りてみると、相変わらず人の気配がない。ほとんどの使用人が正賓室に向かっているからそれも当然か。
この品評会の間は、ガーランド家の人間は立ち入り禁止で、使用人も限られた者しか出入りしていないとロイドから聞いた。「だから警備も手薄だ、気を付けろ」と何度も念を押すように言われた。心配性なのよね。
コツコツと、自分の足音だけが響く。
ーーアリシア・サマーは死んだ。今までだって何人も。呪われてるかもな。でも、城なんて大概そういうもんだろう。
どうして、思い出してしまうのだろう。昨夜ロイドがこんなことを言い出した時は、「何を馬鹿なこと言ってんのよ」なんて一蹴出来たのに。
引き返そう、そう思った瞬間だった。
『……立ち入り禁止ですよ』
少し離れた所から、フィンの声が聞こえたような気がした。誰かと話している……?
そーっと近づいて柱の陰から様子を窺うことにする。フィンともう一人、後ろ姿で、しかも暗がりでよく見えない。背がすらりと高い、そして夜の闇に溶けてしまいそうな長いコートを羽織っている。時折、彼の動きに合わせるように裾が翻っているのが分かる。どうやら、身なりの上等そうな男だ。
もう少し、もう少しだけ近づいたら横顔くらいは盗み見れる。身を乗り出そうとすると、途端に口を塞がれ後ろに引き戻される。
「~~っ!」
必死に手を引き剥がそうともがいてみても、大きなその手はびくともしない。
「……静かにしてよ」
声の主は落ち着いていて、少し呆れたように耳元で囁いた。
「……あ、行っちゃった」
そう言うと、声の主はパッと手を離した。
「はっ……! いきなり何するのよ……」
大きく息を整えて、相手から距離を置く。ふと覗くと、いつの間にか二人の姿はなかった。見失ってしまった。はーっと深く溜息をついて目の前の元凶を見る。
これ以上危害を加える気はないようだった。精一杯の威嚇できつく睨むと、楽しそうにくすくすと笑いながら、両手を顔の横に上げて"降参"のポーズをとっている。
「ごめんごめん。女の子だったんだね……ところでさ」
月明かりに、男の顔が照らされていく。濡れたような黒髪に、軽薄そうな口元。首元の詰まった真っ白なコートを羽織ってる。
「君は、誰?」
ロイドが壁の時計を見ながら呟いた。
「なにかあったのかしら?」
もう他の令嬢たちは正賓室に集まって食事をしているはずだ。私たちに食事を運んでくれるのは、その少し後になる。そうはいっても、今日は少し遅い。
「まさか、迷子になってないだろうな。あいつ、意外と抜けたところがあるからな」
あの真面目で神経質そうなフィンが抜けているところがあるなんて意外だ。
どんな所が? と興味本位で聞こうとロイドの方を振り返る。
「……どうしたの?」
ロイドは額に手を当てて、スーッと深く息を吐いて俯いている。心なしか、顔色もあまり良くない。
「いや……なんでもない」
ひらひらと手を振って、大丈夫だというが、また瞼を閉じた。気分が優れないようだ。
「ねえ、大丈夫? 頭が痛いの?」
「少し、でも心配するな。少し落ち着いていれば良くなる」
「……私、フィンを探してくる」
立ち上がると、ロイドがパッと手を掴んだ。
「いい、ここにいろ」
そう言うと、すぐにその手を離した。どうやら反射的に掴んでしまったらしい。決まり悪そうな顔をして、また俯いてしまった。
「大丈夫よ、すぐ近くを様子見るだけ。遠くには行かないわ」
ついでに、フィンに頼んで薬を貰おう。ロイドの返事を最後まで聞く前に私は部屋を出てしまった。
どこまでも長い廊下はしんと静まり返っている。人の気配もない。
まさか、フィンってば本当に迷子になってしまったのかしら。
それにしても、使われていなそうな部屋がいくつもある。ひとつ、私を住まわせてくれないかしら。きっと十分に暮らしていけるわ。扉はどれも同じに見えて、無事に部屋に戻れるかどうかも心配だった。
まあ、フィンに会えればいいのよね。そうしたら一緒に部屋に戻ってもらおう。
実は、ここに到着してからずっと探検してみたいと思っていたのだ。探検といっても、ほんの少しだけ見て回れたらそれで十分だった。
長い廊下の先には大きくて広い螺旋状の階段がある。確か、ここを降りて真っ直ぐ歩いたところに使用人たちの部屋があると言っていた。一段一段降りていくと、胸がどきどきしていた。こんな広いお屋敷を歩き回るのは初めてだ。階段の手摺りひとつにしても、丁寧な細工が施されてる。それをひとつひとつ確かめるようになぞる。
下に降りてみると、相変わらず人の気配がない。ほとんどの使用人が正賓室に向かっているからそれも当然か。
この品評会の間は、ガーランド家の人間は立ち入り禁止で、使用人も限られた者しか出入りしていないとロイドから聞いた。「だから警備も手薄だ、気を付けろ」と何度も念を押すように言われた。心配性なのよね。
コツコツと、自分の足音だけが響く。
ーーアリシア・サマーは死んだ。今までだって何人も。呪われてるかもな。でも、城なんて大概そういうもんだろう。
どうして、思い出してしまうのだろう。昨夜ロイドがこんなことを言い出した時は、「何を馬鹿なこと言ってんのよ」なんて一蹴出来たのに。
引き返そう、そう思った瞬間だった。
『……立ち入り禁止ですよ』
少し離れた所から、フィンの声が聞こえたような気がした。誰かと話している……?
そーっと近づいて柱の陰から様子を窺うことにする。フィンともう一人、後ろ姿で、しかも暗がりでよく見えない。背がすらりと高い、そして夜の闇に溶けてしまいそうな長いコートを羽織っている。時折、彼の動きに合わせるように裾が翻っているのが分かる。どうやら、身なりの上等そうな男だ。
もう少し、もう少しだけ近づいたら横顔くらいは盗み見れる。身を乗り出そうとすると、途端に口を塞がれ後ろに引き戻される。
「~~っ!」
必死に手を引き剥がそうともがいてみても、大きなその手はびくともしない。
「……静かにしてよ」
声の主は落ち着いていて、少し呆れたように耳元で囁いた。
「……あ、行っちゃった」
そう言うと、声の主はパッと手を離した。
「はっ……! いきなり何するのよ……」
大きく息を整えて、相手から距離を置く。ふと覗くと、いつの間にか二人の姿はなかった。見失ってしまった。はーっと深く溜息をついて目の前の元凶を見る。
これ以上危害を加える気はないようだった。精一杯の威嚇できつく睨むと、楽しそうにくすくすと笑いながら、両手を顔の横に上げて"降参"のポーズをとっている。
「ごめんごめん。女の子だったんだね……ところでさ」
月明かりに、男の顔が照らされていく。濡れたような黒髪に、軽薄そうな口元。首元の詰まった真っ白なコートを羽織ってる。
「君は、誰?」
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