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15.共犯

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 バンッと、思ったより大きな音で扉が締まってしまった。見ると、大きな窓が空いてそよそよと風が吹いていた。

「おい、脅かすな」

 誰もいないと思っていた部屋には、何やら真剣に机に向かうロイドの姿があった。

「……いたの、どこにもいないから心配したわ」

「ああ、ちょっと野暮用」

 ロイドは書類に目を落としたまま、答えた。こういう時は何を言っても無駄だ。

「こんな所でどんな"野暮"があるのよ……」

「それより、どうした? やけに慌ててたな」

「少し、嫌な予感がしたのよ」

「嫌な予感?」

 ロイドがようやく手を止めて、扉の前まで駆け寄った。

「誰かに追われたのか……?」

「そうじゃないけど……」

 すっと視線を細めて、ロイドは手近にあった電気スタンドを掴んだ。私に部屋の奥へ行け、と合図するのでゆるゆると首を横に振る。
 いざとなったら私だって戦える。以前働いていた屋敷では、護身用に小さなナイフを持つように教わっていた。今もその癖は残っている。ガーターベルトに仕込んだナイフを掴んだ瞬間だった。

 バンバンと、ありったけの力で扉を叩かれる。あまりの力強さに怯んでいると、どうやらロイドも予想外の展開に驚いているようだった。が、すぐに手近にあった高価そうな壺を振り上げた。

『ここを開けなさい! ジゼル・サマー!』

「……メリル?」

 ロイドは行き場を失った腕を静かに下ろして、『どうする? 』という目で見てくる。

「ばれちゃったかも……」

 小さな声でロイドに助けを求めると、『出るか? 』とパクパクと口を動かす。この間も、扉を叩き続けている。

『いるのは分かってるのよー! ジゼル・サマー!』

 これ以上騒がれて人が集まるのも困る。ここは決心して出ていくしかない。

「……ロイド、貴方こそ奥で待っていてちょうだい。女同士で片をつけるわ」

「ばか……殺されるぞ」

「大丈夫」

 そう言うと、ロイドは渋々と後ろに下がって様子を窺っている。

 なおも止まない扉を叩く音。私は静かに扉を開けた。反動で勢いよくメリルが転がり入ってくる。

「痛いっ……! 何するのよ!?」

 貴方が転がり入ってきたんでしょう。そう言い返したかったが、火に油を注ぐだけのようだからやめた。

「ジゼル・サマー……なんてことなの、もっと早く気付くべきだったわ」

 ええ、そうでしょうね。

「貴方が仕組んだのね。おかげでフィンは呆れていたわ」

 それは貴方が何の捻りもなく、何も考えなしに案を出したせいでしょう。

「……芽キャベツは入れてはダメって、ちゃんと言えたかしら?」

 そう言うと、メリルの頬が怒りでどんどん紅潮していくのが分かった。

「きーーっ! 何がアリシア・サマーの遠い親戚よ! 家の使用人だった癖に!」

 メリルが勢いよく飛びかかってきたせいで、私は思わずバランスを崩してしまった。

「痛いわねッ、少し落ち着きなさいよ」
 
 体制を整えようと腕を上げたところ、メリルの髪に手が絡まってしまう。攻撃だとみなしたメリルの反撃は止まない。私だって、反射的にやり返してしまう。

「痛いッ」

「先に殴ったのはあんたよッ」

 見兼ねたロイドが慌てて仲裁に入る。

「まぁまぁ、女の子同士が殴り合いなんていけないよ」

「それじゃあ、貴方が代わりに殴られる?」

 どうやらメリルの怒りはまだ収まらないようだった。肩で息をしながら、ロイドをきつく睨みつける。

「そもそも誰よ、この男。あんたの恋人?」

「違うわよ」

「……いいわ、興味ないし。明日にはいなくなってるでしょう。あんたが、身分を偽ってるってフィンに言いつけてやる」

 ふんっと、言葉に出してメリルは部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。私はすかさずその手を掴み、そっと内鍵を締めた。

「ねえ、メリル……いいえ、ローラ・スプリング」

 彼女の顔が今度は紙のように真っ白になっていく。後ろから、彼女の顔の真横にドンっと音を立てて手を置く。逃げられない体制の彼女の耳元で、小さく囁いた。

「忘れてないでしょう、偽りの身であることは一緒よ」

「私は……姉の代わりに……っ」

 カッとして忘れていたようだ。メリルと私が本当なら面識がないということに。

「ええ、そうね。貴方は姉の代わり……。私は? ジゼル・サマーよ。嘘は言ってない」

「でも、貴方は家で働いていた使用人じゃない……」

 キッと振り向く彼女の瞳が潤んでいた。形勢逆転だ。

「サマー姓なんて、大勢いるのよ。貴方、遠いスプリング家の親戚が全員何をしているのかなんてことご存知?」

 畳みかけるように言うと、とうとう彼女は観念した様だった。

「黙っていてくれるなら、私も黙っててあげるわ。助け合いましょう。ここにきたのは、そもそも貴方の家のお皿を弁償するためだし」

 決まり悪そうに俯いている、私にクビ宣言をしたとき、あんなに高らかに笑っていたものね。

「私、一人で反逆罪に問われるのは嫌よ」

 言っている意味わかるかしら? と聞くと、は、頭が取れるかと言うほど、強く縦に振った。

「よかった」

 和解の印に、鍵を開けてそっと背中を押して外に出してやった。彼女はその間、ずっと黙ったままだった。

「怖い……」

 と、ロイドが呟くと、廊下の少し先の方で彼女が『きーっ!』と声を上げたのが聞こえた。言い返せなくて悔しかったのね。でも、これでひとつわだかまりが消えたわ。

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