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7.本物と偽物

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 どこからどう見ても、彼女はあのスプリング家の次女、ローラ・スプリングだった。

「どうしてあいつがここに……」

 気の強そうな眉に、大きなダークブラウンの瞳。大きくウェーブの掛かった髪を乱して、慌ててフィンの元へと駆け寄った。

「メリル様……?」

 当然だが、フィンは困惑しているようだった。

 そういえば、ローラの姉が王子の婚約者候補に選ばれたとかなんとか言っていたわね……。
 私がスプリング家で働いていた頃は、既に姉のメリルは家を出ていて顔を合わせることはなかった。確か容姿は似ているとは言っていたけれど……。

「ええ、少しこともしましたが……あの、私はもう戻りましたので……」

 息を切らしながら荒い息を整えている。恐らくアシュレイ夫人にでもけしかけられてここに来たのだろう。

「もう大丈夫……あら、貴方どこかで……?」

 がはっとしたような顔で私の顔を覗き込む。あまり顔を見せないように俯いていると、ケイティが間に入ってくれた。

「彼女、アリシアの遠い親戚のジゼルよ」

 当然、彼女はあまり理解していないようだった。どうやら私以上に"予備知識"を仕込んでいないようだった。そんな時間もなかったのだろう。

「……? ああ、そうなの。ジゼル、私はロ……メリル・スプリングよ」

 そう言って、ケイティの方をチラッと見た。この流れで彼女が自己紹介をしてくれると思ったのだろう。
 するわけないじゃない……。貴方がメリルなら、何時間か前までは一緒にいたのだろうから。

「……どうかしたの?」

 ケイティは彼女の熱い視線に困っているようだった。

 こんなにガバガバで大丈夫なのかしら。残った候補の半分が"偽物"だ。

 ロイドはこのことに気付いているのか、俯いて肩を震わせている。今のこの状況が楽しくて仕方ないのだろう。
 フィンはこの事態をどうするか考えあぐねているようで、深く溜息を吐いた。

「……おかえりなさいませ、様」

 どうやら、彼女を"メリル"だとすることにしたようだ。

「なんだか短時間で随分とお体が貧相になったのでは……? まるで子どもじゃない」

 さっきまで興味なさそうだったセレスティは、また本から顔を上げて意地悪そうに笑った。

 ローラの頬が赤く染まっていく。

 そういえば、前にロイドがローラの姉はスタイルが抜群に良いと言っていたわね。

 それにしても、ローラ……いいえ、これからはメリル、ね。メリルに対してこんなにも辛辣な言葉を吐いたセレスティに対しても、ロイドは微笑ましそうに見守ってる。

 まったく、男って分からない生き物だわ。

 とにかく、これから彼女をどうするか。ロイドと話し合わなくてはいけない。

 私としては邪魔者は潰したい。どうにか、穏便に退場させたいわね。

「ところで……さっきから気になっていたんだけど、貴方の後ろの男性はどなた?」

 セレスティの冷ややかな視線に向けられると、ロイドは恭しくセレスティの前に膝をついた。

「サマー家の使用人ロイド、と申します。セレスティ様」
 
「……付き人はルール違反では?」

 セレスティは、今度はフィンの方に冷ややかな視線を向けている。

「ジゼル様はお体が弱いので、特別にお許しを頂きました」

 ロイドが穏やかに答えると、メリルは鼻で笑った。

「貴方の方がよっぽど顔色が悪いみたいだけど……だぁれも付いてきてくれなかったの?」

 ここぞとばかりにセレスティを煽っている。この状況でもさすが、図太い神経をしているわね。

「ご心配なく、セレスティ様。貴方のことも、私がいつでもお支えします」

 ロイドはここぞとばかりに自慢の低音ボイスを響かせた。

「……それは結構よ」

 セレスティはふいっと視線を逸らした。まったく可愛くない女だわ……。メリルといい、セレスティといい、性格に難有りな女しかいないじゃない。

 そう思わない? と同意を求めたい相手は、既にセレスティに夢中だ。

 ふと、メリルがこちらを熱心に見つめているのが見えた。
 髪型と化粧、いつもの仕事用の服でもないから雰囲気はだいぶ違うはず。それでも、気付かれないようにロイドとケイティの後ろに隠れるように身を隠す。

「貴方……本当に何処かで会ったことがあるような気がするのよね」

「アリシアと面影が似ているのかもしれないわ。……よく言われるんじゃない?」

 あるわけないでしょうが。優しいケイティの助け舟に心の中で突っ込む。

「ねえ、そう思わない?」

 逆に問いかけられたメリルは、小さく呻いた。

「うっ……そうかも、しれないわ」

 そうでしょうね、私のことを探ると貴方も苦しくなるのよ。

「どちらからいらしたの?」

 セレスティの冷ややかな声。どうしよう、そんなこと考えていなかったわ。嘘は少ない方がいいと言うけれど、正直に答えると、またメリルと厄介なことになりそうだ。

「ああっ、目眩が……」

 大袈裟に額に手を当ててよろめいて見せる。すかさず、ロイドが肩を抱き寄せて支えてくれた。

「ああ、ジゼル様……!」

 とんだ茶番だ。フィンからの生暖かい視線が辛い。

「まあ……大丈夫ですか?」
「そこら辺に座ってなさいよ」
「……少し部屋に戻って休んでいては?」

 みんなが口々に心配そうに声を掛けてくれるので、少し罪悪感を抱いた。だが、これで私がどこから来たか、という話は終わった。どうせ、実際は大して興味もないだろう。

「皆様、夕食の準備が整いました」

 扉の向こうから、朗らかな声がする。抜群のタイミングだ。私はロイドと顔を見合わせて笑った。

 
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