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それぞれの夜

11.クロエ•フェリシアの夜

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「私が殺しました」

 クロエの顔は青ざめたまま、まだ唇が震えていた。

「……それは、どういうことでしょう?」

「彼女は私の前で転がり落ちていきました。手を伸ばせば救えたかもしれないわ」

「貴方はエミリアさんに"飲み物を渡してくる"と言って、上の部屋に向かったのですね?」

「ええ、そうです」

 クロエは気丈に振舞っているようだった。普通のお嬢さまなら泣き出したり、ヒステリーを起こしたりで宥めるのが大変なのだ。レックス刑事は素直に感心していた。

「ダンさんとエミリアさんが、浮気をしていると知ったのはいつです?」

 クロエは考え込むように少し黙った。

「……難しい質問ですわ、レックス刑事」

 彼女は震えてしまう声を懸命に落ち着かせようとしていた。
 
「二人の関係が怪しいと思ったのは、半年くらい前からです。ダンはエミリアと寝たのは一度だけだと言っていたわ。それが真実かなんてことは、私にはわからないけど」

「……彼女に子どもがいる、という話は?」

「それはパーティーで聞きました。エミリアが体調が悪いと言って部屋に行って、ダンが心配だから様子を見て来ると言ったんです。……その後で」

「その後で?」

「ええ、エミリアの様子はどうだったか、と聞くと、彼は真っ青な表情でした。……今にも死んでしまいそうなくらい。どうしたの、と聞くと、ごめん、とただ謝るんです」

 クロエは大きく深呼吸した。大分落ち着いてきたようだった。

「エミリアが妊娠しているとダンから聞きました。責任を取らなくてはいけない、と。生まれてくる子どもに罪はないわ。その子にはきっと父親が必要だものね」

「エミリアさんを恨んでいた?」

「恨んでいたか? ええ、エミリアのこともダンのことも恨んだわ。何より悔しいのはね、数時間前までは私が勝っているつもりだったのよ」

「腕を組んで歩いてきても、体調が心配だと彼女を追いかけて行った時も、私は勝者だと思っていた。貴方がどんなに足掻いていても、一度だけの女なのよって」

「……それが違った、という訳ですね?」

「しっかりと話をしたいと思って、グラスを持っていったわ。はっきり言ってしまえば、文句を言いに言ったの。殺してやりたいと思ったわ。近くにナイフが無くて良かった。……そのくらい勢いがついていたのよ」

 膝の上で固く握りしめた手は白くなっていた。

「エミリアは部屋にいなかった。広間に降りたのかと思って、もう一度階段に向かったの。彼女はぼーっと階段の上に立っていたわ」

「彼女はびっくりするくらい無表情だった。それが妙に腹が立ったのよ……だから私言ったの。"このクソ女、うそつき"って」

「……うそつき?」

「妊娠したなんて嘘だと思ったのよ。彼女のヒールも高かったし。ハッタリよ、とにかく文句を言いたかった。……まさか本当に嘘だったなんて」

 閉じた瞼が、薄く揺れていた。

「彼女、私の声に驚いたみたいだった。……その拍子に階段から落ちてしまったのよ」

 クロエは黙ったまま、静かに涙を流した。

「私が殺したようなものです」

「彼女の死因は毒によるものです」

「……毒ですって?」

 クロエは驚いていた。死因は階段から落ちて頭を強く打ってしまったことだと思っていたのだろう。

「私、毒なんて飲ませていないわ。誰がそんなことを……」

「それを今捜査してるのです。誰かが彼女の酒に毒を入れた」

「お酒……? 」

 クロエは困惑したような表情を浮かべている。

「エミリアはお酒を飲まない……みんな知っているはずよ」
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