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フェリシア家

2.クロエ•フェリシア

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「アメリア」

 鈴のように可愛らしい声で私を呼ぶのはこのフェリシア家の一人娘であるクロエお嬢さまです。

 綺麗なブロンドの髪を適当に丸めて、ドレス二着を手に持っている。淡いピンク色のドレスと、エメラルドグリーンのシンプルなドレス。
 
 おそらく、どちらを着たらいいかというご相談でしょう。

「アメリア、明日のパーティーでどちらを着ようかしら?」

 ピンク色のドレスはクロエお嬢様が大変気に入っているドレスです。一度着たら処分してしまうドレスもあるのに、このドレスは三度着ても処分していません。このことをお母様、アナベル夫人に知られたら大目玉でしょう。それを知っていた私も重罪ね。

 襟が大きく開いていて、薔薇をかたどった総レース。ウェストは黒のサテンのリボンが付いている。クロエお嬢様は女の子らしいものが好きだから、このドレスをお気に召しているのも良く分かります。

 グリーンのドレスは、シルクで出来ています。シンプルだけど、体にピッタリと沿うデザインで大人びて見えます。クロエお嬢様は細身で姿勢も良いから、とても良くお似合いになるはずです。

「どちらもよくお似合いですよ」

 この枕詞がないと、大抵の御令嬢は不機嫌になってしまいますから、慎重にならなければなりません。

「決められないわ」

「エメラルドグリーンの方が、肌がより白く見えます」

 クロエお嬢様がさっと、体にドレスを当てて見ている。ほっそりとした白い腕と、グリーンの生地のコントラストが眩しい。白い肌を引き立ててくれています。それに、目新しいドレスの方がいい。

「じゃあグリーンの方にするわ。ありがとう、アメリア」

 まだ下ろしていない、真新しいドレスを当てて、一周周ってみせる。
 それに、ダン様とお会いするなら、普段と違うギャップを見せた方がいいと思うのです。
 普段可憐な少女のようなクロエお嬢様が、グッと大人びた色気のある姿を見せたら大抵の男はクラクラしてしまうでしょう。
 
 色んな屋敷に仕えてきましたが、クロエお嬢様は本当に良くしてくれます。フェリシア夫妻の育て方が良かったのでしょうか、使用人の私たちのことを無意識に、そして無邪気に蔑むようなこともしません。
 
「……憂鬱だわ、明日のパーティー」

 ご近所同士のささやかなパーティーは毎年恒例行事です。それが、今年から子供たちだけで行われるのです。これも代々決まっていたこと。

「どうしてです?」

 理由はなんとなく、察することが出来ます。けれど、クロエお嬢様は、ただ寂しそうな顔で笑っていました。健気なお方です。

「それは秘密よ」
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