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「レックス、私のペンを知らないか」
「こちらでございますか?」
「ああ、そうだ」
書類仕事に追われているレオはただでさえ苛ついている。デイジーがいれば適度に休憩を取るのだが、今日は休みを取るように声を掛けるものがいない。レックスが声を掛けてたとしても聞く耳も持たないだろう。
おまけに髪もすっかり無造作のままだ。以前デイジーが髪を整えてやると、それ以降自分でも進んで整えていた。それをすると彼女が褒めてくれるのだ。山奥の獅子のような見た目が、髪を整えることで彼の本来の容姿の良さと上品さが際立つのだ。
だが、今日は褒めてくれる人もいない。山奥の獅子に逆戻りだ。
「デイジーはまだ帰らないのか」
噛み付くようにレックスに問う。まさか、徒歩五分以内の敷地内に匿っているとは言えずにレックスはニッコリと笑って嗜める。
「まだ少しも時間が経っていませんよ、デイジー様がお戻りになるのは明日の朝でございます」
「……そうか」
「早めの昼食を摂ってはどうでしょうか? 」
「いや、私は今日中にこの仕事を済ませたい。レックスは好きに昼食を摂っていい。それから、つい私も根を詰めてしまうが、レックスもしっかり休憩を取ってくれ」
体が資本だからな、そう言ったレオの横顔は穏やかなものだった。
「レオ様……」
随分とお変わりになったものだ。
レックスは鼻の奥がつんと痛んで、涙が溢れそうになった。この家に仕えて、休憩を取るように促されたのは初めてだった。
レオは見た目に反して優しい男だが、"休む"ということを悪としている所があった。それを使用人に強要するわけでは決して無いのだが、本人が休まずに事を成し遂げている横で休む訳にもいかないだろう。
体が資本だと言ったのはデイジーだ。よく食べて、よく眠る。しっかり休んでこそ、最高の力を発揮できるのだ、と。それは、戦いにおいても重要なことでしょうと、デイジーは常々レオに話していた。
元々、有り余った体力と屈強さを持っても、状態が良ければさらに強くなる。
デイジーと過ごすことで、彼の雰囲気も随分と丸くなった。全てが良い方向に向かっている。
「……一体私の何が気に入らなかったというのだ、守ってやると言っているのに」
全く強情な女だ、とレオは溜息をついた。
「デイジー様は気に入らなかったのではなく、レオ様に責められていると感じたのでは無いでしょうか?」
「それはそうだ、敵を前にして飛び出す奴がどこにいる? この先同じことがあっては心配だろう」
レオは大きな音を立てて机を叩いた。
「デイジー様は貴方を庇ったのですよ。確かに危険な行為ではありますが、それほど貴方のことが心配だったのです。レオ様がデイジー様のご心配をなさっているのは分かりますが……」
「私は怖いのだ」
レオはぽつりと呟いた。
「デイジーとは元々愛さなくていいと言って結婚した。彼女は賢いから断らなかった。一度一緒になっても上手くいかなかったら、勝手に出て行って自由に暮らすだろうと思っていたんだ。……勝手な話だがな」
ふっと笑う顔はいつになく寂しそうだ。
「それでも彼女は離れなかった。こんな私をより良い人間に変えてくれる。失いたくない」
「賢い女性だからこそ、愛している貴方と共に生きたいと思ったのでしょう」
レックスは顔を伏せたままのレオに優しく囁く。こんなことが前にもあったような気がする。そう思うと、ふっと頬が緩んだ。
「お二人は自分の気持ちだけをぶつけてしまう。もう少し冷静になって、相手が何を思ってくれているのか聞いてみてください」
「……早くデイジーに会いたい。帰ってきたら求婚の言葉を改めよう。式の日取りも決めるつもりだ。彼女が許してくれるなら」
レオはパッと顔を上げた。以前の彼なら、出て行った女のことなど知らないと突っぱねただろう。
彼は変わった。
「ええ、きっと上手く行きます」
「こちらでございますか?」
「ああ、そうだ」
書類仕事に追われているレオはただでさえ苛ついている。デイジーがいれば適度に休憩を取るのだが、今日は休みを取るように声を掛けるものがいない。レックスが声を掛けてたとしても聞く耳も持たないだろう。
おまけに髪もすっかり無造作のままだ。以前デイジーが髪を整えてやると、それ以降自分でも進んで整えていた。それをすると彼女が褒めてくれるのだ。山奥の獅子のような見た目が、髪を整えることで彼の本来の容姿の良さと上品さが際立つのだ。
だが、今日は褒めてくれる人もいない。山奥の獅子に逆戻りだ。
「デイジーはまだ帰らないのか」
噛み付くようにレックスに問う。まさか、徒歩五分以内の敷地内に匿っているとは言えずにレックスはニッコリと笑って嗜める。
「まだ少しも時間が経っていませんよ、デイジー様がお戻りになるのは明日の朝でございます」
「……そうか」
「早めの昼食を摂ってはどうでしょうか? 」
「いや、私は今日中にこの仕事を済ませたい。レックスは好きに昼食を摂っていい。それから、つい私も根を詰めてしまうが、レックスもしっかり休憩を取ってくれ」
体が資本だからな、そう言ったレオの横顔は穏やかなものだった。
「レオ様……」
随分とお変わりになったものだ。
レックスは鼻の奥がつんと痛んで、涙が溢れそうになった。この家に仕えて、休憩を取るように促されたのは初めてだった。
レオは見た目に反して優しい男だが、"休む"ということを悪としている所があった。それを使用人に強要するわけでは決して無いのだが、本人が休まずに事を成し遂げている横で休む訳にもいかないだろう。
体が資本だと言ったのはデイジーだ。よく食べて、よく眠る。しっかり休んでこそ、最高の力を発揮できるのだ、と。それは、戦いにおいても重要なことでしょうと、デイジーは常々レオに話していた。
元々、有り余った体力と屈強さを持っても、状態が良ければさらに強くなる。
デイジーと過ごすことで、彼の雰囲気も随分と丸くなった。全てが良い方向に向かっている。
「……一体私の何が気に入らなかったというのだ、守ってやると言っているのに」
全く強情な女だ、とレオは溜息をついた。
「デイジー様は気に入らなかったのではなく、レオ様に責められていると感じたのでは無いでしょうか?」
「それはそうだ、敵を前にして飛び出す奴がどこにいる? この先同じことがあっては心配だろう」
レオは大きな音を立てて机を叩いた。
「デイジー様は貴方を庇ったのですよ。確かに危険な行為ではありますが、それほど貴方のことが心配だったのです。レオ様がデイジー様のご心配をなさっているのは分かりますが……」
「私は怖いのだ」
レオはぽつりと呟いた。
「デイジーとは元々愛さなくていいと言って結婚した。彼女は賢いから断らなかった。一度一緒になっても上手くいかなかったら、勝手に出て行って自由に暮らすだろうと思っていたんだ。……勝手な話だがな」
ふっと笑う顔はいつになく寂しそうだ。
「それでも彼女は離れなかった。こんな私をより良い人間に変えてくれる。失いたくない」
「賢い女性だからこそ、愛している貴方と共に生きたいと思ったのでしょう」
レックスは顔を伏せたままのレオに優しく囁く。こんなことが前にもあったような気がする。そう思うと、ふっと頬が緩んだ。
「お二人は自分の気持ちだけをぶつけてしまう。もう少し冷静になって、相手が何を思ってくれているのか聞いてみてください」
「……早くデイジーに会いたい。帰ってきたら求婚の言葉を改めよう。式の日取りも決めるつもりだ。彼女が許してくれるなら」
レオはパッと顔を上げた。以前の彼なら、出て行った女のことなど知らないと突っぱねただろう。
彼は変わった。
「ええ、きっと上手く行きます」
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