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 扉を優しくノックする音がする。

「どうぞ」

 声を掛けると、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべながらレックスが入ってくる。手にはパンとクッキー、紅茶、それからジャムの小瓶が乗せられたトレーを持っている。

「デイジー様、昼食をお持ちしました」

「ありがとう、いい香り」

 デイジーはそれを両手で受け取ると、甘くていい香りに顔が綻んだ。

「レックス、レオの様子はどうだった?」

「とても心配していました。今すぐ迎えに行くと言って屋敷を飛び出そうとしたのですよ」

「まあ」

「レックス、私のわがままに付き合わせてごめんなさい」

「いいえ、わがままなんてとんでもない」

 屋敷を出る、と勢いに任せてレックスに相談すると、レックスは想像以上に親身になって相談に乗ってくれた。
 顔に怪我をして実家に帰るなど、どんな理由であれレオの立場は悪くなるから出来ない。どこか宿にでも泊まるつもりだと話すと、いい場所があると教えてくれたのだ。

 レオの味方について、私など簡単に言いくるめられてしまうと思っていたのに。

「ここは、レオ様のお母様であるシャーリーン夫人もよく使っていたお部屋なのですよ。ヴァンダー家の女性に代々受け継がれる、いわゆる隠れ家でございます」

「……素敵なところね」

 屋敷の敷地内の森の中には、使われていない離れがある。小さな小屋のようだが、雨風はしっかりしのげるし、何もかも揃っているのでここだけでも十分暮らせてしまう。小さなベッドと、真っ白な小さな机。机の上には数冊の本と、新しいレターセットが残っている。

「これは……?」

「シャーリーン夫人が使っていたものです。私がここに運運んだのですよ。彼女は一晩と言わず一週間ほど帰らないときもありましたから」

 もちろん、レオ様が生まれる前のお話です。レックスは優しく微笑みながら、言葉を足した。

「何故、そんなに帰らなかったの?」

「……シャーリーン夫人もまた、貴方のように賢くて強い女性でした」

 レオは懐かしそうに目を細めた。

「旦那様もレオ様によく似て意思を曲げないお方でした。だからお二人は些細なことでしょっちゅう喧嘩していましたよ。レオ様が生まれるまでは」

 レオの頑固さは父親譲りなのか。初めて彼に会った日、口を一文字にして立っていたのを思い出す。

「人間はみな別々の生き物です。わかり合うのなんて夢のまた夢。それならお互いの気持ちを思いやればいい」

 結婚を決めたのは、家の為。それはレオも同じだ。愛してくれとは言わない、それが求婚の言葉だった。
 それでも、獅子のような真っ直ぐな瞳の中に優しさが見えた時、彼の為に生きてみたいと思った。

「これがヴァンダー家に伝わる夫婦円満のコツです」

 私は彼の気持ちを思いやっただろうか。自分の思いをぶつけることばかりで、わかってくれないと嘆いていた。

「私も手紙を一枚、用意してもらってもいいかしら?」

「良かったら、そちらのレターセットをお使いください。ペンもあるはず……シャーリーン夫人もお喜びになるはずです。生前、話していましたから」

 余ったら、レオの未来のお嫁さんに使ってもらってね。

 優しく微笑む女性の姿が頭を過った。

「お義母様も、こうして離れている間につらつらと思いを書き連ねていたのね」

 いいえ、とレックスが首を横に振った。

「シャーリーン夫人は、その手紙に何故自分が怒っているのか、そして旦那様に改善して欲しいところを箇条書きで書いておくのでございます」
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