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しおりを挟むそろそろ三十分経っただろう。明かりを落とした部屋を静かに覗くと、レオは小さな寝息を立てていた。起こしてしまうのが申し訳ないほど、気持ちよさそうな顔で眠っている。
その寝顔はあまりにも無防備だった。こうして寝顔を見るのは初めてかもしれない。薄い瞼に、しっかりと長い睫毛が揺れる様は少年のようだった。
柔らかそうな頬に少し触れてみたくなって、デイジーがそっと手を伸ばした瞬間だった。
「なんだ、起こしに来てくれたのか」
ぱっちりとレオが目を開ける。獅子というあだ名は伊達ではないようだ。獣のような俊敏さだった。
「……ええ、良く眠れました? 」
「睡眠は大事だな、頭がスッキリする」
すっかり生気の戻ったような目をして、レオは大きく伸びをした。体中の骨がパキパキと音を立てている。
「そうでしょう」
レオは素直な性格だ。こうやって喜んでもらえると本当に嬉しくなる。デイジーは頬を緩ませた。
「なんだか久しぶりに体が軽いな……そうだ、少し森を走ってこようか」
「……今なんと仰いました?」
「走り出したい気分なんだ」
レオは本当に今にも外に飛び出してしまいそうだった。効果が抜群なのは喜ばしいが、本来これは書類仕事に集中するためのものだ。
「……おやめ下さい。その体力は残りの仕事に専念するためにまだ取っておいてください」
「デイジーは真面目だな」
冗談だ、と豪快に笑うが、もしもデイジーが止めなかったら、きっと本当に外へ走り出していたに違いない。
「さて、仕事に戻るか」
デイジーはふっと、窓の外に見える森を見た。レオは普段あの森に入って鍛錬を重ねているのだ。
「……森が気になるか?」
「ええ、普段レオはあの森の中を走ったりしてるんだなぁと思いまして……」
「森の中は気持ちがいいぞ、そうだ。明日は二人で散歩に行こう」
「本当ですか? それは楽しみです」
実はこの屋敷に来てからずっと、デイジーは森の中が気になっていた。庭もよく手入れされているのだから、森の中もきっと美しいに違いない。
「そうだ、くれぐれも一人では森へ行くなよ」
「どうしてです?」
レオはふっと真面目な顔をして念を押すように言った。
「熊が出るからだ」
「く、熊ですか?」
確かに屋敷は山奥だが、まさか熊が出るとは思わなかった。デイジーはすっかり恐ろしくなってしまった。
怯えるデイジーを見ると、レオは安心させるように悪戯っぽく笑った。
「大丈夫、なにも心配するな。熊くらいなら俺が倒せる」
どこまでが冗談かはわからないが、レオなら熊とも互角に戦えるかもしれないとデイジーは思った。
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