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 レオはすっかり女遊びをやめた。デイジーと出会う以前はよく女性を連れ込んでいたようだが、あの日以来夜に町に出掛けたりするようなこともない。

 だが、デイジーにはまだ気掛かりなことがあった。

「レオ、貴方しっかり眠れているの?」

 最近のレオは仕事で忙しい。何処かの道を整備するだとか、何処かで諍いが起きているとか、毎晩大量の書類に目を通している。

 まだ当主として日が浅いレオは焦っているようだった。それは結婚の準備もあまり進まないほどだ。それに関してはデイジーは特に不満はなかった。彼の仕事が落ち着くまで待つつもりだったし、彼の方は気にしているようだったが忘れられていないのなら問題はない。

 それより心配なのは彼の健康状態だった。ここ最近の彼は明らかに顔色が悪い。

「いいんだ、一週間くらい眠らなくても死なない」

 聞くと、仕事が忙しくなるといつもこんな感じらしい。

 書類に目をやると、まるで子どものいたずら書きのような有様だ。おそらく文字が書いてあるが、何て書いてあるのかもさっぱり分からない。

「それはいけません、仕事に支障をきたしてるわ。まともに字も書けていないじゃない。これでは読めませんもの」

「なんだと、この字はいつも通りだ」

 レオは噛み付くように言い返す。

「貴方の字は本来美しくて読みやすい字のはずよ。前に手紙をくれたじゃありませんか」

 デイジーがそう言うと、レオはしまったと言う顔をして言いにくそうに口元に手を置いた。

「……あれは執事のレックスが書いたものだ。大切な文は彼に書いてもらう」

 口を開けたままぽかんと呆れるデイジーに、レオは慌てるように言葉を付け足した。

「そんな顔で私を見るな、内容は私が考えた。問題ないだろう」

 内容までレックスが考えたと言っていたら、デイジーももう少しご立腹だったかもしれない。

「これじゃあレックスがあんまりですわ」

 手紙の件は許すとして、レックスはこのミミズがのたくったような字を解読しなくてはいけないのだ。

「……とにかく、私は大丈夫だ」

「いいえ、しっかりお休みを取るべきです!」

「私のことはどうでもいい、口を出すな」

 レオは僅かに苛立ったように言った。

「妻として、夫の心配をするのは当然です」

「お前を妻として選んだのは、お前が町で一番美しい女だと言うからだ。だからただ黙っていればいい」

「……お言葉ですが、私は顔だけの女ではありませんわ」

 顔だけで選ばれたと言うことは百も承知だが、お飾りの妻でいるつもりもない。妻としての勤めをしっかりと果たしたいとデイジーは考えていた。
 それだけではない、純粋に彼の力になりたかった。

「……お仕事が大変なのは十分わかっています。けれど、さっきからレオがうつらうつらしているのも知っています」

 レオはグッと言葉に詰まったようだった。

「一度しっかり休んで集中したほうが効率がいいわ」

「……お前のような女は初めてだ」

 ふいっと拗ねるように視線を逸らしながら、席を立った。

「少し仮眠を取ってくる」

「私も出来ることがあるのなら手伝いますわ、妻として」

「三十分したら起こしてくれ」

 レオは少し立ち止まって、デイジーの方を振り返ると珍しく優しく微笑んだ。

「ありがとう、デイジー」
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