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13.貴方にとって
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「やあ、コレット」
「あら、いらっしゃい。リアム」
いつもは花が咲いたように笑い掛けてくれるコレットは、今日はなぜかぼんやりとした表情だった。
「どうした、元気がないな。もしかして機嫌が悪いのか? この前のことなら……」
「別に気にしてないわ……リアム、あれから一週間よ」
リアムはグッと言葉に詰まった。あの後、すぐにでもコレットの元に埋め合わせに来たかったが、遠方での仕事が入って今日まで来られなかったのだ。
「一週間も貴方は会いに来なかった」
「それは……」
今更何を言っても、ただの言い訳にしかならない。だからといって、上手い言葉が見つかるわけでもなく、リアムはまた何も言えなくなってしまう。
「いいえ、そもそも貴方は私に会いにきてくれたことなんて一度も無いわ」
「来てるだろう、今までだって……」
「それはパン屋にきているだけであって、私にではない。……でもいいのよ、貴方を困らせたいわけじゃないのよ、今日はもう帰ってちょうだい」
コレットは両手で顔を覆った。これはずっと言わないつもりだった。リアムが店の仕事のことも考えていてくれたことを知ったからだ。でも、あんな場面を見てしまったら我儘でも言いたくなってしまう。
「コレット……」
リアムは困ったように眉を下げている。
「……あの子可愛い子だったわね」
「あの子?」
「一緒に歩いていたのを見たわ。……あの子には、あんな風に笑い掛けるのね」
リアムは少し考えてから、はっと心当たりに気付いたようだ。
「私には怒ってばかりじゃない」
恋人同士のように腕を絡ませて、楽しそうに微笑みあっていた。私にはあんな風に笑い掛けてくれたことなんてなかった。
「あの子とは仕事で出掛けたんだ。彼女の父親は……」
「私はこんなに貴方のことを好きになってしまったのに……田舎娘を揶揄ってたんでしょう。薔薇の花をくれたのも、手紙をくれたのも」
リアムの隣を歩いていた女の子は洗練されていて、とても美しかった。誰もが振り返るような華やかな女の子。
彼と釣り合う、完璧な女の子。
リアムの不名誉な噂は、ただの噂でしかないことは一緒にいて分かる。でも、それだけ多くの女性を見てきたということだ。なのに、どうして自分が選ばれたと本気で思ってしまったのだろう。
じわりと涙が出てきてしまいそうで、コレットは慌てて上を向いた。
「ごめんなさい、貴方と喧嘩をしたくないの」
「コレット……」
リアムが呼び止めたのが聞こえたが、今振り返ってしまったら涙が溢れてしまいそうで、コレットはそのまま裏口へ向かった。
「少し外に出るわ」
コレットのただならぬ様子に、アベラは止めることなくわかったわ、とだけ返した。
外に出ると、潮の香りがする。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
喧嘩はしたくなかった。そうしたら、本当にこの恋が終わってしまいそうだったから。
ぽろぽろと、涙が溢れて頬を伝っていく。泣いているところなんて誰にも見られたくなくて、コレットはその場で膝を抱えて座り込んだ。
そう言えば、初めてリアムと話したのもこの場所だった。まさか、あの薔薇の花をくれた騎士が店にやって来るとは思わなくて、とても驚いたのを覚えている。
ポツリ、と手の甲に雨粒が落ちた。とうとう降ってきてしまった。それでも、店に戻る気にはなれなかった。
雨の匂いが強くなって、コレットの足元をじわじわ濡らしていく。再び膝に顔を埋めると、ふっと目の前が暗くなった。誰かが傘を差し掛けてくれていた。
「コレット?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、その声の主は大きめの傘を差し出しながら、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「レミ……」
「あら、いらっしゃい。リアム」
いつもは花が咲いたように笑い掛けてくれるコレットは、今日はなぜかぼんやりとした表情だった。
「どうした、元気がないな。もしかして機嫌が悪いのか? この前のことなら……」
「別に気にしてないわ……リアム、あれから一週間よ」
リアムはグッと言葉に詰まった。あの後、すぐにでもコレットの元に埋め合わせに来たかったが、遠方での仕事が入って今日まで来られなかったのだ。
「一週間も貴方は会いに来なかった」
「それは……」
今更何を言っても、ただの言い訳にしかならない。だからといって、上手い言葉が見つかるわけでもなく、リアムはまた何も言えなくなってしまう。
「いいえ、そもそも貴方は私に会いにきてくれたことなんて一度も無いわ」
「来てるだろう、今までだって……」
「それはパン屋にきているだけであって、私にではない。……でもいいのよ、貴方を困らせたいわけじゃないのよ、今日はもう帰ってちょうだい」
コレットは両手で顔を覆った。これはずっと言わないつもりだった。リアムが店の仕事のことも考えていてくれたことを知ったからだ。でも、あんな場面を見てしまったら我儘でも言いたくなってしまう。
「コレット……」
リアムは困ったように眉を下げている。
「……あの子可愛い子だったわね」
「あの子?」
「一緒に歩いていたのを見たわ。……あの子には、あんな風に笑い掛けるのね」
リアムは少し考えてから、はっと心当たりに気付いたようだ。
「私には怒ってばかりじゃない」
恋人同士のように腕を絡ませて、楽しそうに微笑みあっていた。私にはあんな風に笑い掛けてくれたことなんてなかった。
「あの子とは仕事で出掛けたんだ。彼女の父親は……」
「私はこんなに貴方のことを好きになってしまったのに……田舎娘を揶揄ってたんでしょう。薔薇の花をくれたのも、手紙をくれたのも」
リアムの隣を歩いていた女の子は洗練されていて、とても美しかった。誰もが振り返るような華やかな女の子。
彼と釣り合う、完璧な女の子。
リアムの不名誉な噂は、ただの噂でしかないことは一緒にいて分かる。でも、それだけ多くの女性を見てきたということだ。なのに、どうして自分が選ばれたと本気で思ってしまったのだろう。
じわりと涙が出てきてしまいそうで、コレットは慌てて上を向いた。
「ごめんなさい、貴方と喧嘩をしたくないの」
「コレット……」
リアムが呼び止めたのが聞こえたが、今振り返ってしまったら涙が溢れてしまいそうで、コレットはそのまま裏口へ向かった。
「少し外に出るわ」
コレットのただならぬ様子に、アベラは止めることなくわかったわ、とだけ返した。
外に出ると、潮の香りがする。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
喧嘩はしたくなかった。そうしたら、本当にこの恋が終わってしまいそうだったから。
ぽろぽろと、涙が溢れて頬を伝っていく。泣いているところなんて誰にも見られたくなくて、コレットはその場で膝を抱えて座り込んだ。
そう言えば、初めてリアムと話したのもこの場所だった。まさか、あの薔薇の花をくれた騎士が店にやって来るとは思わなくて、とても驚いたのを覚えている。
ポツリ、と手の甲に雨粒が落ちた。とうとう降ってきてしまった。それでも、店に戻る気にはなれなかった。
雨の匂いが強くなって、コレットの足元をじわじわ濡らしていく。再び膝に顔を埋めると、ふっと目の前が暗くなった。誰かが傘を差し掛けてくれていた。
「コレット?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、その声の主は大きめの傘を差し出しながら、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「レミ……」
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