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31.二人

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「ネイト、ここにいたのか」

 アルベルトはネイトの持っていたトレーからグラスを取ると、少し隠れるように隣に立つ。さっき会った時よりなんだかやつれているように見えた。

「お疲れですか?」

 クレアはルイス侯爵たちと談笑していた。彼女が笑うと、まるで花が咲いているように周りがパッと明るくなる。

「ああ、あまりこういった華やかな雰囲気は……正直言うと苦手なんだ」

 アルベルトはふっと、ネイトを横目で見てから何かを思い出したように笑った。

「……こうしていると、思い出すな」

「何をです?」

「随分前……ネイトがまだ城に来て間もない頃だ。やっぱり私はこうしてパーティーを抜け出そうとしていた。君は確かキャンベルから仕事を教わっている最中で、彼の後ろを付いて回っていた」

「ええ、そうでした」

 キャンベルは城の雰囲気を分かってもらう、と言ってどこに行くにもネイトを連れて歩いていた。

「誰かが、君に『アルベルト王子はどこへ行った?』と訊ねたんだ。君は柱の影に隠れていた私と目が合った」

 ああ、覚えている。あの時、迷子のような表情を浮かべている彼を見つけた時、咄嗟に"隠さなくては"と思ったのだ。

 ネイトが幼い頃から新聞などで見ていたアルベルトは、いつも冷たい微笑を浮かべていた。誰のことも信用していないような仄暗い瞳をして、それでも自分には余裕があるのだ、と知らしめるような微笑。
 そのイメージとはまるで真逆だったが、それはネイトにとって決してイメージダウンにはならなかった。

 キャンベルやチャーリーだったら、に、呼び戻そうとしたかもしれない。
 あの時の自分は、勝手な感情で彼を一人の人間として見ていた。それが正しかったのかと問われれば、きっと正しくはないだろう。

「……君は『見てません』と言ってくれた。それがすごく嬉しかった」

 あれは確か、ダニエル王子が城を離れる前日のことだった。
 
「あの日もそうだったが、やっぱり君の側にいると……」

 アルベルトは周りに気付かれぬように、そっとネイトの額に触れるか触れないかギリギリのキスをした。

「落ち着く。こんな気持ちは初めてだ」

 その言葉が、ネイトにとってどれほど嬉しかったかアルベルトはきっと想像できないだろう。

 ネイトは何か言わなくては、と思ったが上手い言葉が見つからなかった。嬉しい、とか自分も同じ気持ちだ、とか何を言っても今の気持ちを表すのに言葉がついていかなかった。

 そんなことを言われると、またおこがましくも期待してしまう。どうにか出来るような関係など、自分たちの間には存在しないとわかっているのに。

「ああ、行かなくては」

 アルベルトは寂しげな表情を浮かべていた。彼の視線の先には、国王夫妻とバンクス夫妻が並んでいた。

 また音楽が鳴り始める。クレアも人並みを流れるようにアルベルトの元へ進んでいく。

 二人は顔を見合わせて微笑み合った。そして、家族と共に奥の部屋へと進んでいく。

ーーこれからどうなるのだろう。

 クレアは、もしかしたら夢など忘れてアルベルトと共に生きることを望むかもしれない。はたまた、クレアの夢にアルベルトを一緒に連れて行きたいと思うかもしれない。
 そもそも、彼女の両親は一人娘をあてのない旅へ出すことを許すだろうか。

 どちらにせよ、それは自分には関係のない世界だ。

 ネイトはそう、何度も自分に言い聞かせていた。
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