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6.訪問

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 湖が見えたら近く、というのは気休めだったようだ。

 城に着く頃にはすっかり暗くなり、頬に冷たい雨粒がぽつりと当たっていた。馬車を降りるなり、レックスは慣れたように大きな傘を広げると、シャーロットが濡れないように差し出してくれた。

「ありがとう」

 レックスは一瞬驚いたような表情を浮かべると、すぐに穏やかな表情で笑った。長い道程を共にしたせいか、二人の間には連帯感のようなものが生まれていた。

「素敵なお城ですわね」

 白を基調とした城は、嫌味がなく上品で美しかった。領主の意向だろうか、庭園には様々な花や植物が植えられているようだった。一年を通して、おそらく花の色を絶やすことはないだろう。

 城に一歩入ると豪華な赤色の絨毯が長く伸びていた。重厚感のあるエントランスは訪れたものを圧倒する。装飾品のどれもがもちろん上等なもので美しい。それなのに、なぜか寂しくなるのは何故か。

ーー人の気配がしないからだわ。

「来てくれたんだね」

 ハッと振り返ると、あの夜と同じ優しい笑顔で彼が立っていた。

「お招き頂き、光栄でございます」

 スカートの両端を軽く持ち上げて、頭を下げる、何度も教え込まれた礼儀作法だが、いざとなるとぎこちないような気がする。

「そんなに硬くならないでくれ。それより、この前の舞踏会の夜といい、今日といい、非礼を重ねてしまい申し訳ない」

 彼は心の底から申し訳なさそうに詫びると、跪いてシャーロットの右手の甲にキスをした。

「レディ・シャーロット・ルイス、どうか許して欲しい」

「そんな……どうかお顔を上げてください」

 狼狽えていると、彼は包み込むような眼差しのまますっと立ち上がった。以前会ったときより、背も高く感じる。

「……シャーロットとお呼びください」

「シャーロット、私のこともルーク、と。遠いところからありがとう、疲れただろう。部屋を用意してあるから、少し休んでいて」

 緑色の瞳が、シャーロットを捉えて離さない。顔から火が出てしまうのではないかと、頬が熱くなる。
 何故か妙に懐かしく感じるのは何故だろうか。この瞳をずっと昔から知っていたような気がする。それは昔夢見た御伽噺の王子様にでも似ているのだろうか。

「ありがとうございます、ルーク王子」

「グラオ王国へようこそ……レックス、ご苦労だったな。彼女を客室に案内して」

 あとでまた、ゆっくりと。ルーク王子は再びシャーロットの手に優しく唇を落とした。

 城の外では、グラオ王国雨の国にふさわしく、シャーロットを歓迎しているかのように降り注いでいた。
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