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『怒涛の生徒会長選挙』編

第55話 『人形姫』の新しい意味

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「なんで俺なんだ……」
「愚問だな、東雲くん。そんなもんを装備したら、戦場を駆け巡ることができないじゃないか」
「学校で走り回ろうとするな!!」

 俺が疑問を口にするのはなにもおかしなことではない。

 楽々浦があの表情を浮かべたあと、授業を挟んで昼休みが始まった。
 いつものように昼ご飯を六人で食べ終わると、彼女は選挙活動を本格的に始めた。

 その最初の一環として、楽々浦は俺とかけるくんの首根っこを掴んで校舎に連れてきた。
 真白と三宮さん、そして佐藤は俺とかけるくんのようになりたくないのか、自主的に付いてきてくれた。

 『コ』の字のように広がっている校舎でいい場所を見つけると、楽々浦は選挙用のタスキを俺に掛けてきた。
 その内容もかなり恥ずかしく、『あたしは生徒会長!!(の下にちっちゃい字で『になる』が書かれている)』というものだ。

 そして、まるで最初から俺に付ける気満々かのように、文字の隣に矢印が書かれていて、俺の左に立っている楽々浦を指している。
 とんだ羞恥プレイだ。

 真白、俺、楽々浦、かけるくんの順に一列に立っていると、余計に目立ってしまう。
 三宮さんと佐藤はチラ配りを買って出たが、きっとこのような恥ずかしすぎるシチュエーションを予見して逃げたに違いない。

 先見の明があると少し尊敬してしまうのは、やはり俺がおかしくなっているのだろうか?
 正直、俺もそっちのほうがよかったかも……。

「凪くん、とても似合っていますよ」
「タスキ付けてデートに来る男がいるか!? あと笑いを堪えられてないから!!」
「だって……」

 なにか言いたげだったが、真白は少し頭を出して俺の姿を覗いてはまた腹を抱えてふふっと笑いだした。
 これどう考えても似合ってないやつだ。

 校舎でお昼を食べていた生徒達の目線は、四人一列の集団の出現によって釘付けになった。
 それはどちらかというと、真白と俺の方に。
 
 昔の無表情だった人形姫から打って変わって感情豊かに見える真白は、前よりも男子からの人気が高く感じられた。
 この視線がなによりの証拠。

 そして、俺に向けられている視線は、ねたみが一割、真白の彼氏ってどんな人なのかという好奇心が一割、『そのタスキっておもろっ!』みたいなのが八割じゃないかな。
 だって、候補者ではない人に付けたうえ、ご丁寧に矢印で候補者の存在を主張してくれるタスキはほかに存在しないだろうから、みんな真白と同じように腹を抱えて笑っている。

 とんでもなく、恥ずかしいな……。

 俺でもかけられた瞬間は思わず二度見してしまったから。

「じゃ、東雲くん、路上演説を頼むぞ」

 隣にいる楽々浦はそんな俺の心情に我関せずで、小腹をつついてくる。

「はいはい」

 そんな投げやりな返事をした時だった。

「先輩! なにしてるの!?」

 少し下を向くと、明るいオレンジの髪があった。

「なんで先輩が楽々浦先輩の選挙の手伝いをしてるの!?」
「水無瀬……」

 咄嗟に名前を呼んでみたが、これからどうすればいいのか分からなかった。

 もちろん、校舎に出るとこうやって水無瀬に出くわす可能性は想定している。
 そして、真白も水無瀬と対面することになることも。

 でも、俺は水無瀬を避ける理由がない。第一、悪いことなんてしていないのだから。
 だから、引っかかりこそあれど、俺はこうやって校舎に出てきている。

「……よく俺を見つけられたね」
「こんなふうに四人で立っていると嫌でも目に入るよ!」

 とりあえず、お茶を濁してみたが、どうやらいい加減な俺の質問にはちゃんと答えがあったらしい。

「先輩と人形姫が付き合っているのはほんとだったんだねー」

 ただ、水無瀬の関心はすぐに真白のほうに向かった。
 
「俺と真白が付き合っているの教えたっけ?」
「だって、わたしから見てもすごく仲良さそうなんだもん!」

 ちらっと横の真白の顔を覗いてみる。
 だが、そこには俺が予想していた複雑な表情はなく、どちらかというとびっくりしている時のものだった。

「嬉しい……」

 なにか考え込んでいたあと、真白からその言葉が溢れてきた。

 不思議といつもの口調と違う真白のその言葉は俺の気持ちにも当てはまる。
 他人の目から見て仲良さげ、というのはなんだか自分の愛情や二人の絆を肯定してくれてるような気がしたから。

 それがとてつもなく、嬉しい。

 でも、俺が聞きたいのはそのことではない。
 なぜ、水無瀬は俺と真白が付き合っていることを知っていたかのような口ぶりだったのかが気になったわけだ。

「俺が聞きたいのは『ほんとだったんだねー』の部分だよ」
「人の口調真似するのやめて! もう、まじ恥ずかしいから! ……えっと、それは先輩と人形姫が付き合っているのをみんな知っているからだよ? 栗花落さんはすごく綺麗で有名だから、人形姫って呼ばれてて、そんな人がほんとに先輩の彼女なのか直接見るまでは信じられなかったもん!」

 どうしよう……自分で聞いといてなんだが、
ものすごく恥ずかしいな……。

 ある程度俺と真白が付き合っていることが学校中に知れ渡っているとは思ったが、まさか今年入学した一年生までもが知っているとは、正直驚きではある。
 それに、真白のあだ名が意味を変えてこうして残っているのも。

 人形のように無表情だからではなく、人形のように綺麗だから人形姫。
 そう思うととてつもなく、自分のことのように恥ずかしくも嬉しい。

「真白?」

 腕をぎゅっとつかまれた感覚がして、真白のほうに振り向くと、彼女は俯いてて顔が珊瑚さんご色に染まっていた。
 たぶん、水無瀬の言葉を聞いて俺と同じように気恥ずかしくなったのだろう。

 ―― ……そんなの……自慢したくならないよ……。

 初めて真白と彼女の部屋で添い寝した時、彼女から言われた言葉だが、真白はきっと自分が無表情だからこそ、『人形姫』というあだ名を付けられているのだと知っていたのだろう。
 それがこうやって、形を変えて素敵な意味をはらんだものになるとはきっと彼女も思っていなかった。

 だから俺ははっきりさせたかった。

「水無瀬ってなんで真白が『人形姫』と呼ばれているのか知ってる?」
「そんなの当たり前じゃん! 栗花落さんが人形みたいに綺麗だからに決まっているでしょ?」

 確信を得るように俺が質問したのを、水無瀬は「違うの?」というふうに首を傾げてその意図を理解していない様子。
 ただ、当事者である真白にはちゃんと伝わったみたい。

 なぜなら、俺の腕を掴んでいる真白の手にさらに力が込められた。
 今なら彼女の顔を見ずとも分かる。

 きっと真白は下を向いて、赤くなった頬が緩んでいるのを必死に隠そうとしているのだろう。

 俺の彼女は案外恥ずかしがり屋なのだから。
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