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after story~
第五話 同棲
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大学を卒業して、愛と共に社会人になった。
新卒は研修や新しい環境に慣れるのに忙しく、今までみたいに毎日会える訳もなく、俺と愛は月に1回のペースでデートするだけになった……とはならなかった。
愛のお父さんは、「結婚するつもりなら、もう同棲しろ」と言ったので、俺と愛は家賃折半で部屋を借りて同棲生活を始めた。
そもそも、探偵を雇って俺が入学する予定の高校を突き止めたのも愛のお父さんで、こんなことを言われてもさほど驚きはしなかった。
愛とはあまり会えなくなるより何百倍もマシだ。
というのは少し照れ隠しな言い方で、愛と同棲し始めて、毎日が幸せです。
「ねえ、あなた、味噌汁はわかめ多めのほうがいい?」
「まだ結婚してないでしょう」
「あはは」
キッチンでおたまで味噌汁をかき混ぜながら、愛はからかってきた。
あなたと呼ばれるのはほんとはすごく嬉しいけど、同棲してから、なぜか心がくすぐったくて、素直になれない。
同棲というのは、今まで一緒に生活してこなかった2人が一緒に暮らすようになることだから、慣れるのはまだまだ先になるだろう。
「できたよ」
「ありがとう」
朝食は愛に任せてるけど、その準備は俺も手伝っている。
キッチンのほうに移動して、上の棚から皿を取り出す。そして愛と手が触れ合った。
何度も握ったことのある手なのに、今はすごくどきどきする。
なんか起きたら知らない美少女と1つ屋根の下で暮らすことになったような気分だ。
ほんとに不思議な感覚。
雇われの彼女のときから数えるともう6年も付き合っているのに、それでも毎日愛にドキドキさせられている。
「仕事はどう?」
「仕事のほうはまあ……」
愛に聞かれて、俺は言い淀んだ。
「なんかあったの?」
「芽依のやつ、毎日うるさくてね」
「あはは、なんか想像できる」
やばい。愛が可愛すぎる。
思わず抱きしめたくなった。
でもそうしたら味噌汁が零れたりしたら着替えとかで会社に遅れてしまう。
社会人の1番のデメリットだな。
愛する人を朝食中に抱きしめられないこと。
芽依はというと、事務職の研修を簡単にこなして、今は毎日俺が出勤や退勤のときに大声で話しかけてくる。
そのせいで、俺は新卒の中でも芽依に次いで目立っている。
部長には「営業職は目立ってなんぼ」だって言われたけど、いまいち腑に落ちない。
まあ、おかげで、昼休憩は芽依と俺の周りにたくさんの同期が集まって、それなりにわいわいやっているけど。
「愛のほうは?」
「うん? 毎日発情している獣たちに求愛されて、とてもとても困っているわよ?」
心無しか、愛の言い方が少し「魔王」と呼ばれた時のあれに戻ってるような……
「そ、そんなにアプローチされてるの?」
「いきなり告白してくるばかもいるわよ?」
「恋人いるの話した?」
「もちろん、色んなことしてるのも話してるよ」
色んなことってなに?
あんまり考えたくないな。
自分の知らない会社で、知らない人たちに変態だと思われるのは勘弁だ。
「それで?」
さらっと愛の問題発言を流して、俺は続きを聞こうとした。
「なんか逆に興奮してきて、手が付けられないかな」
「けしからん!」
俺の愛で何変なこと妄想しとんねん!
愛の会社に乗り込んで、あいつらに説教してこようか!
「うふふ、半分冗談よ?」
「よかった……えっ? 半分?」
「ほら、早く食べないと、ご飯冷めちゃうよ?」
俺の追及をさらっと躱して、愛ちゃんは味噌汁を啜った。
今の愛の発言で今日は仕事に集中できそうにない。
「うぐぐうっ」
「ごめん、聞き取れないから歯ブラシを抜いてから言ってよ」
「いつきくん、ちょっとそっち寄ってよ」
「仕方ないでしょう? 洗面台が狭いから」
「なんで私たちが選んだ家にケチつけるのかなー」
「いや、そういうことじゃなくて、2人で同時に歯磨きする必要はないんじゃ?」
「なんでそうやって私を除け者にするのかなー」
いじわるする時の愛のフラットな口調。
肩と肩が密着しているから、動く度に服の擦れる音がする。
なぜか毎日朝食を食べた後と寝る前に、愛は俺と同じタイミングで歯磨きをする。
1人じゃ余裕に寛げる洗面台のスペースも2人ともなると、やや狭く感じてしまう。
だが、問題はそこじゃない。
愛は歯ブラシを動かすたびに、俺の方に寄ってくるから、その結果、歯磨きが終わったころには、俺は隅っこに追いやられてしまっている。
距離が近いせいか、鮮明に鼻腔を刺激する歯磨き粉と愛の髪の匂い。
愛が誰よりも愛しく感じてしまう。
多分、いや、きっと、歯ブラシを口に含みつつ話しかけてくる愛の可愛らしい姿を見られるのは世界で俺たった1人なんだろう。
「ねえ、いつきくん」
「うん?」
「ネクタイちゃんと締まってないよ?」
「そんなはずないと思うけど?」
念の為、目の前の鏡でネクタイのほうをチェックする。
綺麗に結んでいる。
最初は苦戦していたネクタイも、今は綺麗に結べるようになったと少し感動した。
「もう……だから、そういうことじゃなくて」
「ちょっ、ちょっと、きつい……首締まる……」
愛は急に俺のネクタイをぐいと引っ張ったので、それに引きずられて俺の首はシャツの襟にすごく締め付けられている。
「こういうことだよ?」
身長差を補うように、ネクタイを引っ張られてかがみ気味になった俺の唇に、愛は自分の唇を重ねた。
「これで浮気はできないでしょう?」
「だから、しないって」
鏡の方を見たら、唇に愛の口紅が薄らと付いてる自分の姿が見えた。
だから、こんなことしなくても浮気なんかしないって。
でも、俺は口紅を拭き取る気にもならなかった。
新卒は研修や新しい環境に慣れるのに忙しく、今までみたいに毎日会える訳もなく、俺と愛は月に1回のペースでデートするだけになった……とはならなかった。
愛のお父さんは、「結婚するつもりなら、もう同棲しろ」と言ったので、俺と愛は家賃折半で部屋を借りて同棲生活を始めた。
そもそも、探偵を雇って俺が入学する予定の高校を突き止めたのも愛のお父さんで、こんなことを言われてもさほど驚きはしなかった。
愛とはあまり会えなくなるより何百倍もマシだ。
というのは少し照れ隠しな言い方で、愛と同棲し始めて、毎日が幸せです。
「ねえ、あなた、味噌汁はわかめ多めのほうがいい?」
「まだ結婚してないでしょう」
「あはは」
キッチンでおたまで味噌汁をかき混ぜながら、愛はからかってきた。
あなたと呼ばれるのはほんとはすごく嬉しいけど、同棲してから、なぜか心がくすぐったくて、素直になれない。
同棲というのは、今まで一緒に生活してこなかった2人が一緒に暮らすようになることだから、慣れるのはまだまだ先になるだろう。
「できたよ」
「ありがとう」
朝食は愛に任せてるけど、その準備は俺も手伝っている。
キッチンのほうに移動して、上の棚から皿を取り出す。そして愛と手が触れ合った。
何度も握ったことのある手なのに、今はすごくどきどきする。
なんか起きたら知らない美少女と1つ屋根の下で暮らすことになったような気分だ。
ほんとに不思議な感覚。
雇われの彼女のときから数えるともう6年も付き合っているのに、それでも毎日愛にドキドキさせられている。
「仕事はどう?」
「仕事のほうはまあ……」
愛に聞かれて、俺は言い淀んだ。
「なんかあったの?」
「芽依のやつ、毎日うるさくてね」
「あはは、なんか想像できる」
やばい。愛が可愛すぎる。
思わず抱きしめたくなった。
でもそうしたら味噌汁が零れたりしたら着替えとかで会社に遅れてしまう。
社会人の1番のデメリットだな。
愛する人を朝食中に抱きしめられないこと。
芽依はというと、事務職の研修を簡単にこなして、今は毎日俺が出勤や退勤のときに大声で話しかけてくる。
そのせいで、俺は新卒の中でも芽依に次いで目立っている。
部長には「営業職は目立ってなんぼ」だって言われたけど、いまいち腑に落ちない。
まあ、おかげで、昼休憩は芽依と俺の周りにたくさんの同期が集まって、それなりにわいわいやっているけど。
「愛のほうは?」
「うん? 毎日発情している獣たちに求愛されて、とてもとても困っているわよ?」
心無しか、愛の言い方が少し「魔王」と呼ばれた時のあれに戻ってるような……
「そ、そんなにアプローチされてるの?」
「いきなり告白してくるばかもいるわよ?」
「恋人いるの話した?」
「もちろん、色んなことしてるのも話してるよ」
色んなことってなに?
あんまり考えたくないな。
自分の知らない会社で、知らない人たちに変態だと思われるのは勘弁だ。
「それで?」
さらっと愛の問題発言を流して、俺は続きを聞こうとした。
「なんか逆に興奮してきて、手が付けられないかな」
「けしからん!」
俺の愛で何変なこと妄想しとんねん!
愛の会社に乗り込んで、あいつらに説教してこようか!
「うふふ、半分冗談よ?」
「よかった……えっ? 半分?」
「ほら、早く食べないと、ご飯冷めちゃうよ?」
俺の追及をさらっと躱して、愛ちゃんは味噌汁を啜った。
今の愛の発言で今日は仕事に集中できそうにない。
「うぐぐうっ」
「ごめん、聞き取れないから歯ブラシを抜いてから言ってよ」
「いつきくん、ちょっとそっち寄ってよ」
「仕方ないでしょう? 洗面台が狭いから」
「なんで私たちが選んだ家にケチつけるのかなー」
「いや、そういうことじゃなくて、2人で同時に歯磨きする必要はないんじゃ?」
「なんでそうやって私を除け者にするのかなー」
いじわるする時の愛のフラットな口調。
肩と肩が密着しているから、動く度に服の擦れる音がする。
なぜか毎日朝食を食べた後と寝る前に、愛は俺と同じタイミングで歯磨きをする。
1人じゃ余裕に寛げる洗面台のスペースも2人ともなると、やや狭く感じてしまう。
だが、問題はそこじゃない。
愛は歯ブラシを動かすたびに、俺の方に寄ってくるから、その結果、歯磨きが終わったころには、俺は隅っこに追いやられてしまっている。
距離が近いせいか、鮮明に鼻腔を刺激する歯磨き粉と愛の髪の匂い。
愛が誰よりも愛しく感じてしまう。
多分、いや、きっと、歯ブラシを口に含みつつ話しかけてくる愛の可愛らしい姿を見られるのは世界で俺たった1人なんだろう。
「ねえ、いつきくん」
「うん?」
「ネクタイちゃんと締まってないよ?」
「そんなはずないと思うけど?」
念の為、目の前の鏡でネクタイのほうをチェックする。
綺麗に結んでいる。
最初は苦戦していたネクタイも、今は綺麗に結べるようになったと少し感動した。
「もう……だから、そういうことじゃなくて」
「ちょっ、ちょっと、きつい……首締まる……」
愛は急に俺のネクタイをぐいと引っ張ったので、それに引きずられて俺の首はシャツの襟にすごく締め付けられている。
「こういうことだよ?」
身長差を補うように、ネクタイを引っ張られてかがみ気味になった俺の唇に、愛は自分の唇を重ねた。
「これで浮気はできないでしょう?」
「だから、しないって」
鏡の方を見たら、唇に愛の口紅が薄らと付いてる自分の姿が見えた。
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