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第七章

第六十六話 過去

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 私は幼稚園の頃から、虐められていた。

 小学生になってから、そのいじめの理由がなんとなく分かった。

 『綺麗』だかららしい。

 男子は私をからかったり、「綺麗だからって調子に乗るな」と言ったり、挙句の果てに私を殴った。

 女子たちはそれを見て、私が男子共を誘惑しているといって、陰で私が聞こえるような声音で、私の悪口を言っていた。

 その内容はなにもかも『綺麗』と関わっている。

 いつも泣いて帰宅すると、お母さんは心配そうに私に絆創膏を貼ってくれる。

 お父さんは怒って、何度も教師やいじめっ子の親と話をしてきた。

 だが、いじめはなくならない。親に言われていじめをやめる子もいれば、今度こそ俺の番だという感じで、私をいじめだす男の子もいる。

 地獄だった。絆創膏が途切れない日々。それでも「お前は絆創膏付けてても綺麗だからムカつくんだよ」って、私を虐めてくる人もいた。

 親戚の会合では、姫宮家のお嬢様は綺麗で羨ましいっていう人がほとんどで、それは嫌味にしか聞こえなくて、ますます私に「綺麗」という言葉に憎悪を抱かせた。

 中学校になってから、いよいよ、私は不眠症になった。

 毎日眠れないわけじゃないが、たまに、夢の中で虐められて、はっと目が覚めて、それからずっと眠れないまま。

 だから、しょっちゅう授業中で居眠りをして、それが原因で、綺麗だからって調子に乗ってると思われて、ますますいじめにあっている。




 中三のクリスマスイブに、私は楽しみにしていたクリスマスケーキを取りに行った。

 お母さんは心配そうにしていたけど、私はもうすぐ高校生だから、これくらいはできるって無理やりお母さんを納得させた。

 浮き足立って、ステップを踏むように、私はケーキ屋へ向かった。

 だが、途中で私は2人の男子の顔を目にして絶望した。

 1人は最近私に告白してきて、私が断った男子で、もう1人はその男子の友達。

 また、お母さんを心配させることになるなと私は悲しくなった。

 案の定、その2人は私を見かけて、グイッと私の腕を掴んで、近くの公園まで私を無理やり連れていった。

 そして、私は地面に突き落とされた。

 冬休みに入って、やっと絆創膏が全部取れたのに……今日はクリスマスイブなのに……

 心の中で悔しさが込み上げてくる。でも、どうしようもない、これが私にとっての現実なんだから。『綺麗』というものの代償なんだから。

「あん? なに普通に歩いてんだよ! 俺を振っといてよ」

「そうだよ、人を傷つけといて、なに自分だけ楽しんでんだ!」

 どうやら、彼らからしたら、私は加害者らしい。

 中学校になってから、いじめだけでなく、私に告白してくる男子も増えた。

 でも、ずっと男子に暴力振るわれた私に、恋なんて知るわけがない。だからみんなに「ごめんなさい、恋ってよく分からないの」って言って断ってきた。

「綺麗だからって調子に乗るなよ!」

 また同じセリフ。私を虐めてきた人たちと同じセリフ。

「そうだよ、顔が綺麗以外に取り柄がなくていつもオドオドしてて、それでよくも俺様を振ったな!」

「別に好きで綺麗な顔に生まれてきたわけじゃないもん!」

 そう口答えすると、私が振った男子は手を振りあげた。私はそれを知っている。それは今から私を殴る手だ。

 でも、次の瞬間、小石がなにかにぶつかる音がした。

 私を殴ろうとした男子が頭を抱えて、痛っ、痛っと喚き出した。

 なにがあったのだろうと、私は周りを見渡していたら、そこには見ず知らずの男の子がいた。

「お前ら、その女の子に相手にして貰えないからって女の子に暴力ふるうとか最低~ ムカついたらかかってこいや!」

 その男の子がそう叫んだ。

 すると、血の気でも昇ったのか、私を置いて、2人の男子はその男の子を追いかけ始めた。

「やあやあ、バカバカ! 図星つかれて怒るなんてお子ちゃまだ! ばーか」

 その男の子は逃げながらそう叫んだ。

 とてもかっこいいとは言えないが、その男の子は私にとってヒーローに見えた。

 その男の子は最後に私を一瞥して、こう言い放ってどこかへ走っていった。

「お前も堂々としろや! 顔なんてどうだっていい! お前は悪くないし、人の顔を見て判断するこいつらのほうが悪いや!」

 誰も私に言ったことのない言葉。荒い口調。なのに、なぜか暖かい。

 私はこの瞬間、胸に得体の知れない感情を覚えた。

 私はケーキのことがどうでもよくなって、家まで走った。

 お母さんは私の汚れた服を見て、心配そうに口を開こうとしたが、私は先にソファーに座ってるお父さんに話した。

「お願いがあるの!」

 


 お父さんによると、あの男の子の名前は秋月樹という。来年は桜央高校に受験するらしい。つまり、私と同い年。

 私はお父さんに頼んで、色々人の前で言えないような手段で、いつきくんと自分を同時にその高校に入学させ、同じクラスにしてもらった。

 この高校にはクラス替えがないから、3年間ずっといつきくんと同じクラスってことになる。

 いつきくんのあの言葉で、私は変わろうと決心した。

 誰に対しても常に言い負かすような感じで話し、告白してきた男子に対しては必要以上に辛辣な言葉を浴びせた。

 そうだ、私が卑下する必要は無いのだ。堂々とすればいい。

 私は高飛車な喋り方と辛辣な言葉を自分を守る鎧と思って身につけた。

 多分、これはいつきくんが言った堂々とすることとは違うのかもしれないが、今の私にはこれが精一杯……

 不眠症は治らなかったが、おかげで、いじめはなくなった。そして、いつの間にかついた呼び名は「魔王」。女の子に「魔王」って呼び名付けるのも一種のいじめだと思うけど、たぶん、そういう意図で付けたわけじゃないでしょうから。

 それから、私は毎日家に帰ると、お母さんにいつきくんの話をした。

「いつきくんはね、思ったより暗い人だけど、たまに面白いこというんだよ~」

「いつきくんは今日見てくれたの! でもなぜか怯えた目をしてたけど……」

「なんでいつきくん以外の男子ばかり告白してくるんだよ……」

 お母さんはいつも微笑んで、私の話を聞いてくれた。

 そして、高二の春に、いつきくんは私の前にやってきた。

「日給10円で俺の彼女にならないか?」

 私は思わず頷いた。
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