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第五章

第五十話 夜の公園

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「お腹すいた!」

 芽依にそう言われると、俺にも空腹感が襲った。

「そうだな、晩飯食いに行こうか」

「うん!」

 芽依は力強くうなずくと、頭がクジラちゃんにぶつかって、えへへと笑った。

 俺の幼馴染ってこんなに可愛かったっけ? 母ちゃん、こんなに可愛い幼馴染をくれてありがとうね……

「なにが食べたい?」

「カレー!」

 水族館まで来てカレー食べようとするのはどうかと思うけど、シーフードカレーならきっと味は普通の店よりおいしいはずだ。

 そう考えながら、俺は芽依の手を引いて、看板にカレーがあるレストランに入った。

 席に座ると、店員さんが目を見開き、俺らを見つめていた。無理もない。ペアルックに、巨大なクジラちゃんに、俺の向かいじゃなく、隣に座っている芽依。驚くのに十分すぎる状況だ。

「ご注文はなにになさいますか?」

 店員さんは引き攣った笑顔で俺らに聞いてきた。恥ずかしい……公開処刑みたいだ。

「シーフードカレー二つお願いします」

 芽依の目がメニューの間で逡巡している間に、俺は店員さんにそう告げた。たまには男がリードしてもいいんだよね。

「いっきって強引!」

 そういう割には、芽依は少し嬉しそうだった。

「かしこまりました。サラダバーは自由にご利用できますので、よろしければどうぞお召し上がりください」

 店員さんは一礼して、この場を去った。

 俺と芽依はサラダバーのところに向かって、皿いっぱいに野菜を載せて、ドレッシングをふんだんにかけた。

 お腹がすきすぎたせいか、カレーが来る前に、野菜で空腹を満たそうと芽依も俺と同じ考えなのだろう。




「シーフードカレー二つでございます」

 店員さんは丁寧にトレイに載せてるカレーを俺らの前に置いた。

「空の皿をお下げしてもよろしいでしょうか」

 店員さんにそう尋ねられると、俺と芽依は少し気まずく「はい」と笑って返事した。

 なにせ、さっきまで山のように盛っていた野菜が、いつの間にか消えてしまっていたからだ。

「絶対食いしん坊だと思われたよ!」

 店員さんが去ると、芽依は悲鳴じみた声をあげた。

「大丈夫、相撲さんのお客さんはきっともっと食べてるはずだよ」

「比べる対象がおかしいよ! いっきのバカ!」

 慰めているつもりなのに、なぜか怒られた。女の子の気持ちってよく分からないや。

 俺はフーフーとカレーを口の中に運ぶと、思わず顔がにやけてしまった。

 水族館の中の食べ物は恐ろしく高い。でもやはりと言っていいか、シーフードカレーはすごく美味だった。値段だけのことはある。

 俺と芽依は無我夢中にカレーを平らげた。

 俺がおしぼりで芽依の口付近に付いてるルーを拭いてあげると、芽依はまた二ヒヒと笑った。

 今日の芽依はほんとに可愛い……




 日が暮れて、俺らが水族館を出て駅に向かってる途中、俺は財布を開いて、中身をチェックした。ほんとにギリギリ電車代しか残っていなかった。

 電車の座席に座ると、芽依は俺の肩にしなだれかかった。一日はしゃいでたせいか、芽依はすっかり疲れてしまったみたい。

 肩越しに伝わってくる芽依の体温はなんとも言えないような心地よさを俺に与えてくれる……思わず俺も眠たくなった。だが、俺まで寝てしまったら絶対乗り過ごしてしまう。だから、我慢だ。

 寝たまま、芽依はクジラちゃんを抱きしめている。よほど気に入ってくれたのかな。

 


「芽依ついたよ」

 芽依は目を開けて、手で眠たそうな目を擦った。

 乗り過ごしちゃいけないから、俺は芽依の手を引いて、電車を降りた。

「今日のいっき強引だよ!」

「乗り過ごすよりマシだ」

「えへへ、そうだね」

 俺らは家路についた。静かな時間がしばらく続いた。そして、静寂が芽依の言葉によって破られた。

「いっき、この公園のベンチに座ろう?」

 芽依の顔を覗くと、そこには真剣な表情があった。

「う、うん」

 やはり、芽依は気づいてたんだね……

 公園のベンチに腰を下ろすと、芽依は聞いてきた。

「いっき、昨日なにかあったの?」

 俺の心は激しい動悸を覚えた。忘れたかった、逃げたかった感情が一気に駆け上がってくる。

 でも、芽依にはそれを知る権利がある。俺のために一日を割いてくれた。しかも、学校をサボった上でだ。

 俺は引きつった笑顔を浮かべて、少しでも芽依を安心させようとしたが、それは却って彼女の不安を煽った。

「いっき、そんな不細工な笑顔浮かべてどうしたの?」

 聞く人によっては、芽依はただの悪口を言ってるようにしか聞こえないだろう。でも、これは芽依が俺を心配しているための発言だと俺は理解しているし、天然な芽依がなにも考えずに言った言葉だと思う。

 俺は少し芽依が抱きかかえているクジラちゃんの頭を撫でて、空を仰いだ。

「結月が部屋に来たの……」

「えっ?」

 空を向いてるから、芽依の顔は見えないが、きっと不安な表情を浮かべているに違いない。

「彼女は金を返しに来た」

「お金……? それって中学校のときの?」

「うん……」

「なんでいまさら……」

 芽依のつぶやきを無視して、俺はつづけた。その理由はこれから芽依に説明していくつもりだから。

「結月とは思い違いをしていた」

 そういうと、芽依が俺のTシャツの裾を掴んできた。

「いっき、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも……」

 そういって、俺はむなしく笑った。

 月の光に照らされながら、俺はゆっくりと、芽依に昨日結月と話した内容と自分の気持ちを伝えた。
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