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第五章
第四十二話 俺の言葉
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結月を見つめて、俺はしばらく何も話せなかった。
彼女は一体なにをしに来たのだろう。なぜ金を持ってきてるの? そればかり考えてしまう。
金、それは俺にとって恋とも愛とも一番無縁なもの。それを彼女が握りしめている。
「結月……」
やっと言葉が出たと思えば、彼女の名前を呼ぶしかできなかった。
「お兄さん」
「なにかあったの……?」
「お兄さんはなんでそんなに警戒しているの?」
「それは……」
理由が多すぎて、一つに絞って答えることができなかった。
「その金は……?」
答える代わりに俺は質問した。
結月のパジャマは前の質素のものよりちゃんとした可愛いものに変わっていて、湯上りの結月は長い髪を後ろで束ねて、少しなまめかしかった。でも、それだけだ。感想以上のものでも、それ以下のものでもない。
バイトの給料で新調したのかなと思ったが、彼女の言葉が俺の推測を外れさせた。
「お兄ちゃんに返しに来た」
「結月に金は貸していないはずだけど」
結月は俺のこと忘れているし、実際、結月がこの家に入ってから彼女に金を貸していない。だから返しにきたって言われてもぴんと来なかった。
「そうだけど、これは返さなきゃいけないお金なの」
「返さなきゃいけない金?」
「中学校の時のお金……」
俺の心を動揺が目まぐるしく駆け回った。激しい感情が頭を刺激する。二か月間、俺が思い込んでいたものの壊れた音がした。
「俺のこと、覚えているの?」
やっとこのことを聞けた。もしかして、俺は期待していたのかもしれない。
「いつきくん……」
結月の口から再び俺の名前が出てくるとは思ってなかった。
「なんで、そう呼んだの?」
「付き合っていたときはそう呼んでいたから」
結月の言葉で、俺は確信した。俺は忘れられていなかったんだ。俺は内心でほっとしたのかもしれない。これでやっと彼女の本心が聞ける。例え、彼女はほんとにただの金目当ての女の子だけだったとしても。それでも、俺は真実が知りたいんだ。
誰かに傷つけられたことのある人なら分かると思うが、その人に傷つけられた傷はその人にしか癒せない。ほかの人が代わりになれないんだ。
たとえ、他の誰かと幸せになれたとしても、その人に傷つけられた傷は深く残ったまま、思い出すたびに心をえぐってくる。
「付き合っていた? 俺に雇われていたわけじゃないの?」
結月は一瞬絶望にまみれた顔になった。
「いつきくんは、やはり私のこと好きじゃなかったんだね……私を雇っているつもりだったんだ……付き合っていたと思っていたのは私だけだったんだ……」
「違う!」
気づいたら、俺は叫んでいた。結月は何を言っているのか分からなかったからだ。
「俺は中学校の入学式で結月に一目惚れした! そして一緒のクラスだって分かって嬉しくて神様に感謝すら捧げていた!」
「……」
「結月は成績優秀で、綺麗だから、俺には高嶺の花だと思ってた! だからずっと遠くで見ていた」
「私も見ていたの……」
「それはどういう意味? 金になるような男を見定めていたわけ?」
「……」
結月の目から涙がこぼれ落ちていく。
「ずっと結月のことが好きだった。好きでも付き合えないだろうって何度も悩んだ! はるとにもれんにも何度も相談した!」
「綾瀬くんと天沢くん……」
「そう、中二になって結月と別のクラスになったから、いつもその二人に弱音を吐いていた!」
「……」
「れんに背中押されて、中三また同じクラスになって思い切って結月に告白したんだ」
「そうなんだ……」
「結月には分からないかもしれないけど、俺は二年間もずっと結月のことだけ考えてきたんだ!」
「ありがとう……」
「感謝されるようなことじゃないよ……結月と付き合えて、ほんとに幸せだった。有頂天になっていた。結月も俺のことを好きだと思ってた……」
「それは……」
「それを、結月は俺のことをただの財布としか見てなかったんだ!」
「ちが……」
「なにも違くないよ……俺が殴られても、体調を崩しても、携帯をいじってただけだったし、ほかの男子が俺より多めに金を出したら付いていったし」
「……」
「しかも、なぜほかの男とやってるときに俺の電話に出たの……? 知りたくなかった……」
さっき激高した気持ちがいっきに悲しいものに変わった。
「助け……が欲しかったの……」
「助けてほしいのは俺だよ! 自分の愛する彼女がほかの男に抱かれてるなんて知ったらどれほど苦痛なのかお前には分かるか!?」
結月の涙はどんどんあふれていく。
「最後の最後まで、俺を財布としか見てなかったのね……ほんとは抱いてくれたその男子のことが好きなんだろう?」
「もう……やめて……」
「やめない! お前に振られたときは、もっと金があれば繋ぎ止められたって考えてたよ。その時の俺はほんとにどうしようもないバカだった!」
「……」
「そして、いきなり義妹として連れてこられたときは、期待してた……俺に謝ってくれるんじゃないかなって。結月に癒しを期待してた。けど、お前は俺のことを忘れたふりをして、普通にお兄さんと呼んできた」
「……」
「だから、俺はあきらめた。結月にとって、俺は記憶にも残らないほどの人間だったって思い知らされた。だから忘れて家族として接しようとしたのに、それなのに、なんで今更金を返しに来たんだよ!」
「返さなきゃいけないものだから……」
「いらない!」
俺の声が部屋に響いていた。
彼女は一体なにをしに来たのだろう。なぜ金を持ってきてるの? そればかり考えてしまう。
金、それは俺にとって恋とも愛とも一番無縁なもの。それを彼女が握りしめている。
「結月……」
やっと言葉が出たと思えば、彼女の名前を呼ぶしかできなかった。
「お兄さん」
「なにかあったの……?」
「お兄さんはなんでそんなに警戒しているの?」
「それは……」
理由が多すぎて、一つに絞って答えることができなかった。
「その金は……?」
答える代わりに俺は質問した。
結月のパジャマは前の質素のものよりちゃんとした可愛いものに変わっていて、湯上りの結月は長い髪を後ろで束ねて、少しなまめかしかった。でも、それだけだ。感想以上のものでも、それ以下のものでもない。
バイトの給料で新調したのかなと思ったが、彼女の言葉が俺の推測を外れさせた。
「お兄ちゃんに返しに来た」
「結月に金は貸していないはずだけど」
結月は俺のこと忘れているし、実際、結月がこの家に入ってから彼女に金を貸していない。だから返しにきたって言われてもぴんと来なかった。
「そうだけど、これは返さなきゃいけないお金なの」
「返さなきゃいけない金?」
「中学校の時のお金……」
俺の心を動揺が目まぐるしく駆け回った。激しい感情が頭を刺激する。二か月間、俺が思い込んでいたものの壊れた音がした。
「俺のこと、覚えているの?」
やっとこのことを聞けた。もしかして、俺は期待していたのかもしれない。
「いつきくん……」
結月の口から再び俺の名前が出てくるとは思ってなかった。
「なんで、そう呼んだの?」
「付き合っていたときはそう呼んでいたから」
結月の言葉で、俺は確信した。俺は忘れられていなかったんだ。俺は内心でほっとしたのかもしれない。これでやっと彼女の本心が聞ける。例え、彼女はほんとにただの金目当ての女の子だけだったとしても。それでも、俺は真実が知りたいんだ。
誰かに傷つけられたことのある人なら分かると思うが、その人に傷つけられた傷はその人にしか癒せない。ほかの人が代わりになれないんだ。
たとえ、他の誰かと幸せになれたとしても、その人に傷つけられた傷は深く残ったまま、思い出すたびに心をえぐってくる。
「付き合っていた? 俺に雇われていたわけじゃないの?」
結月は一瞬絶望にまみれた顔になった。
「いつきくんは、やはり私のこと好きじゃなかったんだね……私を雇っているつもりだったんだ……付き合っていたと思っていたのは私だけだったんだ……」
「違う!」
気づいたら、俺は叫んでいた。結月は何を言っているのか分からなかったからだ。
「俺は中学校の入学式で結月に一目惚れした! そして一緒のクラスだって分かって嬉しくて神様に感謝すら捧げていた!」
「……」
「結月は成績優秀で、綺麗だから、俺には高嶺の花だと思ってた! だからずっと遠くで見ていた」
「私も見ていたの……」
「それはどういう意味? 金になるような男を見定めていたわけ?」
「……」
結月の目から涙がこぼれ落ちていく。
「ずっと結月のことが好きだった。好きでも付き合えないだろうって何度も悩んだ! はるとにもれんにも何度も相談した!」
「綾瀬くんと天沢くん……」
「そう、中二になって結月と別のクラスになったから、いつもその二人に弱音を吐いていた!」
「……」
「れんに背中押されて、中三また同じクラスになって思い切って結月に告白したんだ」
「そうなんだ……」
「結月には分からないかもしれないけど、俺は二年間もずっと結月のことだけ考えてきたんだ!」
「ありがとう……」
「感謝されるようなことじゃないよ……結月と付き合えて、ほんとに幸せだった。有頂天になっていた。結月も俺のことを好きだと思ってた……」
「それは……」
「それを、結月は俺のことをただの財布としか見てなかったんだ!」
「ちが……」
「なにも違くないよ……俺が殴られても、体調を崩しても、携帯をいじってただけだったし、ほかの男子が俺より多めに金を出したら付いていったし」
「……」
「しかも、なぜほかの男とやってるときに俺の電話に出たの……? 知りたくなかった……」
さっき激高した気持ちがいっきに悲しいものに変わった。
「助け……が欲しかったの……」
「助けてほしいのは俺だよ! 自分の愛する彼女がほかの男に抱かれてるなんて知ったらどれほど苦痛なのかお前には分かるか!?」
結月の涙はどんどんあふれていく。
「最後の最後まで、俺を財布としか見てなかったのね……ほんとは抱いてくれたその男子のことが好きなんだろう?」
「もう……やめて……」
「やめない! お前に振られたときは、もっと金があれば繋ぎ止められたって考えてたよ。その時の俺はほんとにどうしようもないバカだった!」
「……」
「そして、いきなり義妹として連れてこられたときは、期待してた……俺に謝ってくれるんじゃないかなって。結月に癒しを期待してた。けど、お前は俺のことを忘れたふりをして、普通にお兄さんと呼んできた」
「……」
「だから、俺はあきらめた。結月にとって、俺は記憶にも残らないほどの人間だったって思い知らされた。だから忘れて家族として接しようとしたのに、それなのに、なんで今更金を返しに来たんだよ!」
「返さなきゃいけないものだから……」
「いらない!」
俺の声が部屋に響いていた。
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