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第三章

第二十六話 彼女の温もり

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 頭が痛い……力が入らない……起き上がろうとしても、体は情けなく倒れてしまう……

 風邪かな……

「か、母ちゃん……」

 大きな声が出せない……これじゃ、母ちゃんに風邪ひいたって教えるのも難しい……

「どうしたの? お兄さん」

 結月か……俺の声に気づいてくれたのか……

「風邪ひいたかも……母ちゃんに教えて欲しい……」

「分かった」

 結月は1階に降りていった。しばらくすると、母ちゃんがやってきた。

「いつき、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか……母ちゃん」

「そんな憎まれ口叩けるなら大丈夫そうだね」

「……」

「とりあえず今日学校休んで? 母ちゃんもパート休むから」

「ありがとう……母ちゃん」

「早く元気になってね」

 母ちゃんはいつも優しい。何があっても優しく包んでくれる。

 母ちゃんは市販薬の薬の持ってきて、俺は上体を起こして、ゆっくりとそれを飲んだ。

 その後、俺はまた横になって安静にしていた。




「姫宮はなんて思うんだろうな……」

 ふと俺が風邪で休んだら姫宮はなんて思うのだろうと考えてしまった。

「呼んだかしら?」

「いや、呼んではない……って、姫宮?」

 叫びたかったけど、声が出なかった。声のする方を見てみると、姫宮の姿がそこにいた。

「幻? それとも幻覚かな? 母ちゃん、俺はもうダメみたい……」

 今は授業中のはずだ……姫宮がここにいる訳がない……

「そうね、私を母ちゃんって呼んでる時点でもうダメかしら?」

 やばい、幻聴まではっきりと聞こえてくる。俺はよほど姫宮に惚れたのだろう。

「……」

 幻覚と幻聴を無視して、俺は再び眠りにつこうとした。

 暖かい。背中になにか柔らかいものが当たってる。とうとう体の感触もおかしく……なわけないよね……

 俺は振り返って、布団への侵入者を確認した。

「姫宮……本物なの?」

「私の偽物っているのかしら?」

 ここにいる姫宮は幻でも幻覚でもない。

「つかぬことをお聞きしたい……なぜここにいる?」

「いつきくんが風邪引いてるから、彼女としてお見舞いに来て当たり前でしょう?」

「いや、それもあるけど……なんで俺の布団の中にいる?」

「だってこの方が面白いんだもの」

 そうか、ついに俺をおもちゃとしか見てないって認めたのか……ちょっと、いや、かなり悲しい……

「冗談よ。風邪ひいてるときは体を温めるのが1番って知らなかったかしら?」

「そ、それは知ってるけど……なぜ体で……?」

「これが1番効率的だからかな~」

「……」

 もはや、反論したり、抵抗したりする気力も俺には残っていない。

 俺は姫宮が見えない壁の方に体の向きを変えるという最後のあがきをした。

 それを見て、姫宮は後ろから俺を抱きしめる形で体を密着させた……とても暖かい……

 このままは俺は眠りについてしまった……




 目が覚めると、とても心地よい感触がした。

 その感触の正体を確かめようと、俺は周りを見渡した。

 やばい、俺は一瞬でこれはまずい状況だと認識してしまった。

 姫宮はドアの方に向いてぐっすり寝ていて、俺は後ろから姫宮に抱きついてる。すごく……卑猥だ……

 どうしよう……どうしよう……今姫宮が目を覚ますと、明日学校でどんな噂が流れるか察しがつく。

「あいつ、魔王に抱きついて発情してたらしいよ」

「うわー、最低」

 なんて絶対後ろ指を指されるに違いない……

 でも、下手に体を動かすと、姫宮を起こしてしまうかもしれない。ここはゆっくり、寝返りを打つみたいに、姫宮から離れるほかない。

 たが、天は俺を見放した……

「いつきくん……元気になったね」

 姫宮はタイミング悪く目を覚まし、意味深に呟いた。それどういう意味の元気なんだろう……

 こうなったら、寝たふりをするしかない。俺は確信犯じゃないことをアピールするんだ。

「まだ寝てるのかしら?」

 なんとかごまかせたかな。

 ぎゃー! なにしてるの姫宮?

 姫宮は俺のパジャマのボタンを外し始めた。すごいデジャブだ。

「……あれ、姫宮?」

 このままだと取り返しのつかないことになってしまう予感がしたので、俺は今ばかり起きたふりをした。

「あら、起きたのね。残念……」

 「魔王」と呼ばれてるだけあって、寝てる彼氏雇い主でも、容赦なくおもちゃとして扱う。

「なにしてるの……?」

「裸で温めたほうが効果的かなって思っただけだわ~」

 頼むから、思春期の男の子をこれ以上からかわないで……

「でも、もう大丈夫だから、そんなことしなくてもいいよ」

 嘘ではない。なぜか体のだるさがすっかり引いて、頭痛もよくなった。

 認めたくはないが、まさかほんとに姫宮が温めてくれたおかげで風邪が治りかけたのかもしれない……

 次の瞬間、姫宮の手は俺の額に触れた。その動きはとても優しく、美しかった。

「ほんとだわ。熱が引いたかしら」

 姫宮はそういうと、俺の手を額に当てている自分の手の上に重ねた。

「ほら、もう熱くないでしょう?」

 姫宮は寝ぼけているのかな……これじゃ、俺の体温じゃなくて、姫宮の手の温もりしか感じられないよ。

「う、うん、確かにもう熱くないかも」

 とりあえず、姫宮の言葉に合わせた。病み上がりだから、ツッコミをする元気はまだない。

「でも、まだ少し熱があるみたいね」

 えっ? さっき言ったことと違うじゃん。

「だから、もう少し温めてあげないとね」

 姫宮は正面から俺を抱きしめて、そのまま両手を俺の背中に回した。

 朝は風邪で嗅覚がおかしくなっていたけど、今ならはっきりと分かる。

 姫宮のいい匂いがする……ラベンダーのような、ローズのような、甘くて優しい香り……

 なぜかまた眠気が襲ってくる。俺も姫宮を抱きしめて、また目を閉じた……




「うわー!」

 騒がしい声がした。

 ドアの方を見ると、芽依の姿があった。もう学校が終わってお見舞いにきたのか……

「うわー! うわー! うわー!」

 頼むから、ゴリラみたいに吠えるのではなく、言葉を喋ってくれ……頭に響く。

 俺の部屋に芽依の絶叫が響いたのだった……
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