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第三章

第二十五話 心より先に

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 最近結月がアルバイトを始めた。

 母ちゃんは無理してバイトしなくてもいいよって言ったけど、結月はバイトして買いたいものがあるって言ったから、母ちゃんもそれでオーケイした。

 いや、俺もかなりまずいよね。最近外出しすぎて、少し懐がさびしくなっている。

 俺もバイトしようかな……

 そう思って、俺は携帯でバイトの情報を調べだした。

 ふと俺の目はある求人に止まった。「ラーメン屋でバイトしませんか? 賄いあり」。

 いいな。時給が高いし、おまけにただでラーメンが食えるなんて最高かも。

 俺は応募ボタンを押した……



 
 翌日、店長のメッセージが届いた。放課後に面接に来て欲しいって。

「姫宮、芽依、今日放課後バイトの面接があるんだよな」

 俺は面接があるから、2人に先に帰ってって仄めかした。

「バイト? いっきって金に困ってるの?」

「私との時間はどうするのかしら?」

 2人それぞれ心配するところが異なるのが少しシュールだった。

「金に困ってるというか、最近外出しすぎたから……」

「「あっ」」

 2人にも思い当たる節があったのだろう、揃って声を発した。

「まあ、姫宮、そんなにがっつりシフト入れないから、いい?」

「大丈夫だわ~ いつきくんがバイトしてる間に店で勉強すればいいかしら~」

「じゃ、私も!」

 おいおい、はた迷惑なお客さんだよ。

「とりあえず今日面接あるから、2人とも先に帰っていいよ」

「ついていくわ~」

「私もついて行く!」

 というわけで、俺はやれやれと2人を連れて面接に来た。




「えっと、秋月樹くんだね、そっちの2人は?」

「友達です……」

「彼女です。よろしくお願いします」

「いっきの幼馴染です!」

 俺の答えが不満だったのか、2人は自分で自己紹介をしだした。

 店長は2人を見比べて、とっさに「採用」と言い出した。

「えっ? まだ面接してないじゃないですか?」

「いいんだよ! もうさっそく今日から働いてみないか? いや、働いて欲しい!」

 なぜか、俺は当日採用の上に、すぐに働くことになった。

「そこの2人のお嬢さんもぜひラーメン食べながら友達のバイトを見守っててあげてね! な~に、ラーメンはこっちの奢りだよ」

 なんとなく分かった気がする。店長はこの2人を看板娘として利用するつもりなんだろう。だけはそこら辺のアイドルより上だからな。

「彼女です!」

「幼馴染です!」

 友達って言われたのがよほど気に食わなかったのか、2人は口揃って訂正しだした。

「えっと、彼女さん? 幼馴染さん? ラーメンはなににする?」

 店長も気圧されたのか、2人に丁寧に食べたいメニューを聞いてきた。

「おすすめでお願いします」

「スペシャルラーメンで! あと味玉は2つお願いします!」

 芽依は姫宮と違って、遠慮というものを知らない。味玉2つ、しかもただで貰おうという発想はある意味怖い。




 俺は制服に着替えて、店長に仕事の作法を教えて貰ってる間に、2人はふーふーとラーメンを啜った。

「悪くないかしら~」

「美味しい! さすがスペシャル!」

 こっちが働いてるというのに、2人は何気なく俺の食欲を刺激してくれる。無自覚だから尚更タチが悪い。

 あとできちんと賄いを頂くからな。




 やはりというべきか、美少女2人がいるだけで、客足が早くなった。いつの間にか座席は埋まっていた。

 店長は簡単な作業を俺に任せて、真剣にラーメンを茹でていた。

「お待たせしました! 豚骨醤油ラーメンです!」

「毎度ありがとうございます!」

「いらっしゃいませ!」

 ラーメンを運んだり、挨拶をしたりと俺はすっかり忙しくなった。

 2人がラーメンを食べ終わったタイミングで、店長はすかさず餃子を2人の前に置いた。どうやら簡単に帰さないつもりらしい。

「ありがとうございます」

「やったー! 餃子大好き!」

 また食うのか? 女の子って体型とか気にしないのか?

 2人はまた箸を取って、餃子を醤油につけて口に中に運んでいく。

 お腹空いたな……泣きそう……母ちゃん、晩飯は餃子でお願いね……




「綺麗な子だね! 髪めっちゃ長いじゃん! 俺のタイプだ!」

「俺はそっちのショートカットの子が好みかも!」

 どこにもいるよな。人に聞こえるような声で女の子を批評する男。

 芽依はそういうの慣れてるみたいで、無視して餃子を食べ続けたが、姫宮はなぜか顔が凍りついた。

「ほんとに綺麗だよな。もうスカウトされてるのかな」

「言われてみれば、確かに、ロングの彼女って確かに綺麗だよね」

 姫宮の顔はどんどん歪んでいく。綺麗な顔がなにか得体の知れない感情に満たされていく。

 気づいたら、姫宮は席を立ち上がり、その2人の男のところへ向かった。

「人の顔をジロジロ見てなにをしているのかしら? もしかして人間って見たことないのかな? 家に帰って鏡を見れば済むんじゃないかしら? あっ、ごめんなさい、鏡を見ても人間じゃなくて猿が映るんでしたね。これはすみませんでした」

 2人の男はぽかんと口を開いて、なにがあったのか把握出来ずにいるみたい。そして、我に返ると、彼らの口から汚い言葉がこぼれた。

「美人だからって調子に乗るなよ!」

「綺麗ってさんざん言われてきただろうけど、性格は最悪だな」

 姫宮の顔はさらに歪んでいく。芽依はどうしたらいいのか分からずに足踏みしていた。

「なあ、お前らってさ、ひがんでんじゃないよ!」

 気がつけば、俺は飛び出して二人の男に向かって喋りだした。

「人に聞こえるように陰口言ったりして、それでも男か? ナンパしたいなら正々堂々と声かけろや! ナンパ師でもまだお前らよりマシだよ!」

 姫宮の魔王覇気に毎日当てられたせいか、俺の言葉も凄まじい殺傷力をもっていた。

 二人の男はまだ知性があるようで、「もう行こう。こんな店二度と来ないわ」と言って去っていった。

「店長、ごめんなさい、俺、バイト辞めます」

「ああ、そうしてくれ」

 なぜ姫宮をかばったのか分からなかった。気づいたら体が先に動いていた……

 俺はバイト初日で首になった。でも清々しい気分だった

「いっき大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 芽依は心配そうにしてくれた。でも、ほんとになんともなかった。何年も働いてた店なら情も湧いて、やめたのは寂しくなるが、2時間くらいだけだったし、特に思うことはない。

「ありがとう、いつきくん」

「ああ、別にいいよ。そういう男が嫌いなだけだから」

「そう?」

「うん」

「また次のバイト先探さないとね」

「しばらくバイトはやめだ。2人を連れていったらどこに行っても首になるよ」

「うふふ」

「いっきのばか! べーだ!」

 俺ら三人は腹を抱えていっぱい笑った。

 ただ姫宮に関して、少し気になることができた……
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