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第一章
第十話 再会する五秒前
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朝、母ちゃんと父ちゃんは黒い服に身を包み、急いで家を出た。
なんか、知り合いが亡くなったらしい。とても悲しいことだが、俺にはどうしようもない。少し自分に嫌悪感を覚えた。いつの間にこんな冷酷な人間になったんだろう……
いや、悲しいという気持ちはある。人が亡くなったのだから。でも、自分では人の生死を変えられない。そういう意味では、俺は冷酷というより、無力感に支配されていたのかもしれない。
理由は分かる。彼女とのことが原因だ。自分ではもうどうしようもないという無力感に一年以上支配されていた。今もそう。俺は姫宮との関係をなんとかできずにいる。
もし彼女と出会わなかったら、俺は姫宮と普通の恋人になれたかな。姫宮のことを疑わず、魔王という噂を信じず、ただ姫宮だけを見つめていられたのかな。
多分、それでも、俺は姫宮を疑ってしまうかもしれない。学校一の美少女という姫宮が俺のことを本気で好きになる理由なんて思いつかないから……
今日も、俺は空元気を絞り出して、学校に向かった。
「おはよう! いっき」
「ああ、おはよう」
芽依と家の前で待ち合わせして、一緒に登校するのが俺の日常だ。姫宮を雇う前は、下校も一緒にしていたけど、今は姫宮と一緒に下校するようになった。芽依はただ俺らの後ろについてきてるだけだった。
「暗い顔してなにかあったの?」
「親の知り合いが亡くなったから……」
「ごめん……」
「いや、芽依のせいじゃないよ」
芽依は自分なりに心配してくれているし、それだけですごくうれしい。彼女に振られたあとも、芽依がそばにいなかったら、俺は不登校になっていたのかもしれない。芽依にはほんとに感謝している。
「なあ、今日放課後にさ、芽依の食べたかったクレープ食べに行こうか」
「えっ? いいの?」
俺が最近姫宮と一緒に下校しているから、芽依は少しびっくりした。
「ああ、いつも後ろについてきてるだろう? 今日は普通に三人で帰ろうか」
「やったー! 私、イチゴミルククリーム味ね!」
「それ560円もするやつじゃん」
「えへへ、たまにはわがまま言ってもいいでしょう~」
しかたない。高校生になってから、芽依はあんまりわがままを言わなくなった。なら、たまにならわがままを聞いてあげよう。
「俺は何味にしようかな」
「ピスタチオミントチョコレート味は?」
「却下」
それは罰ゲームの罰として買わされるやつだと有名なのだ。
「いじわるをいうから、芽依のはイチゴ味にするよ」
「い~や~だ」
こうやって芽依と軽口たたいたら、気分が少し晴れた。
学校につくと、俺は別のクラスの男子に呼び出された。知らないやつだ。
「なあ、お前が姫宮と付き合っているのってほんとか?」
「付き合っているというのか、雇っているというのか……」
「なに意味の分かんないこと言ってんだよ!」
ごもっともだね。俺も正直自分と姫宮が付き合っているか甚だ疑問だ。
ていうか、魔王とはいえ、学校一の美少女なんだから、もっと早く俺にこういう呼び出しがあってもおかしくないのに……
「今すぐ別れろ!」
「それは姫宮に言ってよ」
「は? まるで姫宮がお前に惚れてるような言い方やめろよな」
「いや、惚れてるかどうかは分からないけど、俺を手放してくれないのはほんとだよ」
「なんだと!」
ほっぺの痛みとともに、俺は殴り飛ばされた。高校生にもなってこんなことするのかな……
「ちっ、今日はこの辺で勘弁してやるよ」
「それはどうも」
「ったく、気に食わないやつだ」
はるととれんが駆けつけてきて、俺の上半身を起こした。
「今のは誰!?」
「ふざけんな! 今すぐあいつをぶっ倒しに行くわ!」
はるととれんが俺よりも怒りを感じてるみたいで、今にも俺を殴ったやつをぶん殴りに行きそうな勢いだった。
「大丈夫だよ。相手だって好きな女を取られたから、悲しいのかもしれない。俺にはわかるから」
俺の言葉を聞いて、はるととれんは悲しい顔になった。彼女のことを思い出したんだろう。俺の痛みをはるととれんはちゃんと知っている。
「ちょっと待って!」
「あん?」
俺を殴った男子がだいぶ離れたときに、姫宮の声が廊下に響き渡った。男子は振り返って威嚇したが、姫宮だと気づいて、急におとなしくなった。
「だれの許可を得ていつきくんを殴ったのかしら?」
「え?」
「あなたみたいな暴力しか能がないような人間にだれがいつきくんを殴っていいという許可を与えたのかしら?」
姫宮の声は穏やかだが、すごいプレッシャーを発している。それを聞いて、男子は黙りこんだ。
「随分好き勝手に生きてるわね? 私に振られたからっていつきくんに八つ当たりするなんて女々しいにもほどがある。もしかしたら自分のことかっこいいと思っているのかしら? 思考回路すら振られたショックで焼けておかしくなったのかな。私の彼氏を殴って、それを見て私があなたに惚れるとでも思っているの? それならおめでたい頭してるわね。そのお花畑の頭に私も一束の薔薇を添えていいのかしら? もちろん棘はそのままよ」
「……」
「いいわね! これから誰かがいつきくんに手を出したら、私が絶対に許さない! 失せなさい!」
初めて聞いた姫宮の声だ。いつもの辛辣な声とも厭味ったらしい声とも違って、本気で怒っている声だ。
男子たちがそれを見て、ぶつぶつつぶやいていた。
「だから、姫宮の彼氏に手出すなって忠告したのに」
「相手は魔王の彼氏だよ? よほど死にたいのかな」
なるほど、今まで、誰も呼び出してこなかったのは姫宮が怖いからだ。感謝するべきなのかな……
放課後、俺は姫宮と芽依を連れて、クレープ屋に寄った。
姫宮にも560円もするイチゴミルククリーム味のクレープを奢った。今日助けてくれたお礼ということで。なんで俺みたいなおもちゃをそんな声で助けてくれたのだろう……そうか、自分のおもちゃだからこそ、人に傷つけられると怒るのか。考えてみたら普通なことかもしれない。
「イチゴミルククリーム味だっけ? おいしいわ~」
「私の気に入りだよ~」
「まあ、二人がおいしいっていうなら1120円を出した甲斐があったよ」
「いつきくん金に細かいわね」
「いっきのケチ!」
いやいや、奢っただろう。ケチって言われる筋合いはないと思うよ?俺はというと、ピスタチオミントチョコレート味に挑戦した。案外おいしいかも。
「私も一口もらおうかしら?」
「あっ! 私も」
そういって、姫宮と芽依が俺が口付けたところを一口貪った。これなら、君ら二人が間接キスしたことになるけどいいの?
「おいしいわ~」
「うん、まずいと思ったけど意外とおいしかった」
でもなぜか二人とも二口目をねだってこなかった。ほんとにおいしいって思ってるの?
家に帰って、宿題をやっていたら、父ちゃんの車の音がした。帰ってきたのかなと思い、俺は玄関に向かった。
「いつき、落ち着いて聞いて」
「うん?」
「知り合いの娘を引き取ることになった……」
「えっ?」
「向こう唯一の家族であるお母さんをなくして、行くところがないの。分かってくれる?」
母ちゃんは先に玄関に入って俺に告げた。こういうことなら、俺にも反論はない。すくなくとも俺が母ちゃんの立場だったら、同じことをしていたかも。
「いつきと同い年だけど、誕生日が少しあとだから、いつきの義妹になるのかな」
「義妹か……」
一人っ子だから、兄弟姉妹がいる感覚は分からない。でも、家族が増えるのはうれしいことだ。
お母さんを失ってきっとまだすごく悲しいから、これから俺はお兄ちゃんとして、義妹を元気づけないと。
父ちゃんも車を止め終わったのか、家に入ってきた。
「結月ちゃん、入っておいで、今日からここが君の家だよ」
父ちゃんに呼ばれて一人の女の子が入ってきた。
俺の心臓が止まりそうになる。この子こそ俺の中学校の彼女―夢咲結月その人なんだ……
なんか、知り合いが亡くなったらしい。とても悲しいことだが、俺にはどうしようもない。少し自分に嫌悪感を覚えた。いつの間にこんな冷酷な人間になったんだろう……
いや、悲しいという気持ちはある。人が亡くなったのだから。でも、自分では人の生死を変えられない。そういう意味では、俺は冷酷というより、無力感に支配されていたのかもしれない。
理由は分かる。彼女とのことが原因だ。自分ではもうどうしようもないという無力感に一年以上支配されていた。今もそう。俺は姫宮との関係をなんとかできずにいる。
もし彼女と出会わなかったら、俺は姫宮と普通の恋人になれたかな。姫宮のことを疑わず、魔王という噂を信じず、ただ姫宮だけを見つめていられたのかな。
多分、それでも、俺は姫宮を疑ってしまうかもしれない。学校一の美少女という姫宮が俺のことを本気で好きになる理由なんて思いつかないから……
今日も、俺は空元気を絞り出して、学校に向かった。
「おはよう! いっき」
「ああ、おはよう」
芽依と家の前で待ち合わせして、一緒に登校するのが俺の日常だ。姫宮を雇う前は、下校も一緒にしていたけど、今は姫宮と一緒に下校するようになった。芽依はただ俺らの後ろについてきてるだけだった。
「暗い顔してなにかあったの?」
「親の知り合いが亡くなったから……」
「ごめん……」
「いや、芽依のせいじゃないよ」
芽依は自分なりに心配してくれているし、それだけですごくうれしい。彼女に振られたあとも、芽依がそばにいなかったら、俺は不登校になっていたのかもしれない。芽依にはほんとに感謝している。
「なあ、今日放課後にさ、芽依の食べたかったクレープ食べに行こうか」
「えっ? いいの?」
俺が最近姫宮と一緒に下校しているから、芽依は少しびっくりした。
「ああ、いつも後ろについてきてるだろう? 今日は普通に三人で帰ろうか」
「やったー! 私、イチゴミルククリーム味ね!」
「それ560円もするやつじゃん」
「えへへ、たまにはわがまま言ってもいいでしょう~」
しかたない。高校生になってから、芽依はあんまりわがままを言わなくなった。なら、たまにならわがままを聞いてあげよう。
「俺は何味にしようかな」
「ピスタチオミントチョコレート味は?」
「却下」
それは罰ゲームの罰として買わされるやつだと有名なのだ。
「いじわるをいうから、芽依のはイチゴ味にするよ」
「い~や~だ」
こうやって芽依と軽口たたいたら、気分が少し晴れた。
学校につくと、俺は別のクラスの男子に呼び出された。知らないやつだ。
「なあ、お前が姫宮と付き合っているのってほんとか?」
「付き合っているというのか、雇っているというのか……」
「なに意味の分かんないこと言ってんだよ!」
ごもっともだね。俺も正直自分と姫宮が付き合っているか甚だ疑問だ。
ていうか、魔王とはいえ、学校一の美少女なんだから、もっと早く俺にこういう呼び出しがあってもおかしくないのに……
「今すぐ別れろ!」
「それは姫宮に言ってよ」
「は? まるで姫宮がお前に惚れてるような言い方やめろよな」
「いや、惚れてるかどうかは分からないけど、俺を手放してくれないのはほんとだよ」
「なんだと!」
ほっぺの痛みとともに、俺は殴り飛ばされた。高校生にもなってこんなことするのかな……
「ちっ、今日はこの辺で勘弁してやるよ」
「それはどうも」
「ったく、気に食わないやつだ」
はるととれんが駆けつけてきて、俺の上半身を起こした。
「今のは誰!?」
「ふざけんな! 今すぐあいつをぶっ倒しに行くわ!」
はるととれんが俺よりも怒りを感じてるみたいで、今にも俺を殴ったやつをぶん殴りに行きそうな勢いだった。
「大丈夫だよ。相手だって好きな女を取られたから、悲しいのかもしれない。俺にはわかるから」
俺の言葉を聞いて、はるととれんは悲しい顔になった。彼女のことを思い出したんだろう。俺の痛みをはるととれんはちゃんと知っている。
「ちょっと待って!」
「あん?」
俺を殴った男子がだいぶ離れたときに、姫宮の声が廊下に響き渡った。男子は振り返って威嚇したが、姫宮だと気づいて、急におとなしくなった。
「だれの許可を得ていつきくんを殴ったのかしら?」
「え?」
「あなたみたいな暴力しか能がないような人間にだれがいつきくんを殴っていいという許可を与えたのかしら?」
姫宮の声は穏やかだが、すごいプレッシャーを発している。それを聞いて、男子は黙りこんだ。
「随分好き勝手に生きてるわね? 私に振られたからっていつきくんに八つ当たりするなんて女々しいにもほどがある。もしかしたら自分のことかっこいいと思っているのかしら? 思考回路すら振られたショックで焼けておかしくなったのかな。私の彼氏を殴って、それを見て私があなたに惚れるとでも思っているの? それならおめでたい頭してるわね。そのお花畑の頭に私も一束の薔薇を添えていいのかしら? もちろん棘はそのままよ」
「……」
「いいわね! これから誰かがいつきくんに手を出したら、私が絶対に許さない! 失せなさい!」
初めて聞いた姫宮の声だ。いつもの辛辣な声とも厭味ったらしい声とも違って、本気で怒っている声だ。
男子たちがそれを見て、ぶつぶつつぶやいていた。
「だから、姫宮の彼氏に手出すなって忠告したのに」
「相手は魔王の彼氏だよ? よほど死にたいのかな」
なるほど、今まで、誰も呼び出してこなかったのは姫宮が怖いからだ。感謝するべきなのかな……
放課後、俺は姫宮と芽依を連れて、クレープ屋に寄った。
姫宮にも560円もするイチゴミルククリーム味のクレープを奢った。今日助けてくれたお礼ということで。なんで俺みたいなおもちゃをそんな声で助けてくれたのだろう……そうか、自分のおもちゃだからこそ、人に傷つけられると怒るのか。考えてみたら普通なことかもしれない。
「イチゴミルククリーム味だっけ? おいしいわ~」
「私の気に入りだよ~」
「まあ、二人がおいしいっていうなら1120円を出した甲斐があったよ」
「いつきくん金に細かいわね」
「いっきのケチ!」
いやいや、奢っただろう。ケチって言われる筋合いはないと思うよ?俺はというと、ピスタチオミントチョコレート味に挑戦した。案外おいしいかも。
「私も一口もらおうかしら?」
「あっ! 私も」
そういって、姫宮と芽依が俺が口付けたところを一口貪った。これなら、君ら二人が間接キスしたことになるけどいいの?
「おいしいわ~」
「うん、まずいと思ったけど意外とおいしかった」
でもなぜか二人とも二口目をねだってこなかった。ほんとにおいしいって思ってるの?
家に帰って、宿題をやっていたら、父ちゃんの車の音がした。帰ってきたのかなと思い、俺は玄関に向かった。
「いつき、落ち着いて聞いて」
「うん?」
「知り合いの娘を引き取ることになった……」
「えっ?」
「向こう唯一の家族であるお母さんをなくして、行くところがないの。分かってくれる?」
母ちゃんは先に玄関に入って俺に告げた。こういうことなら、俺にも反論はない。すくなくとも俺が母ちゃんの立場だったら、同じことをしていたかも。
「いつきと同い年だけど、誕生日が少しあとだから、いつきの義妹になるのかな」
「義妹か……」
一人っ子だから、兄弟姉妹がいる感覚は分からない。でも、家族が増えるのはうれしいことだ。
お母さんを失ってきっとまだすごく悲しいから、これから俺はお兄ちゃんとして、義妹を元気づけないと。
父ちゃんも車を止め終わったのか、家に入ってきた。
「結月ちゃん、入っておいで、今日からここが君の家だよ」
父ちゃんに呼ばれて一人の女の子が入ってきた。
俺の心臓が止まりそうになる。この子こそ俺の中学校の彼女―夢咲結月その人なんだ……
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