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第一章

第四話 デジャブのようなもの

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 俺は姫宮と芽依に挟まれる形で歩いていた。

 こういう光景……昔にもあった……

 俺は彼女と遊園地のデートの約束をした。それを聞きつけた芽依は、私も絶対に一緒にいくと言って聞かなかった。俺と芽依は遊園地に着いて彼女を待っていると、彼女がやってきた。彼女は特に芽依の存在を気にかけなかった。行こうという言葉だけを発した。彼女は俺の横に並んで歩いて……芽依は逆側で俺の腕をしっかりと掴んでいた。




 姫宮はメリーゴーランドを指さした。

「これ、乗りたいわ~」

「えっ? 男にメリーゴーランド?」

「文句でもあるのかしら?」

「私も乗りたい!」

 芽依、君はどっちの味方なの? やはりさっきの口喧嘩に負けて、姫宮の軍門に降っかのな……

 俺はチケット売り場に1人で向かおうとしたら、姫宮が不思議そうに俺を止めた。

「何カッコつけてんのかしら? 自分の分は自分で出すわよ」

「え?」

「ちゃんと給料貰っているから」

 あれ、姫宮にチケット買う金なんかあったっけ? 日給10円でそんな大金払えるの? あっ、お小遣いか! 

 いつの間にか、俺は姫宮の収入は俺からの給料だけだと勘違いしていた。




「チケット買いに行ってくるね」

「分かった、ここで待つわ」

「いっきに払わせるつもりなの!?」

「ええ、だって恋人だもん」

「あんたね、いっきを財布みたいに思ってんじゃないよ!」




 姫宮か……雇われの彼女にしては、ちゃんと労働条件を守っているのね。いや、雇われの彼女だからこそ、給料以外の経費をねだることが出来ないのかな。律儀というか、社会に出たら重宝される類の真面目さを持っているね。

「私も自分で出すよ」

 そうか、中学校のときも、芽依は自分でチケット代を出していたんだね。幼なじみだし、紳士ぶってチケットを奢るような真似はしなくてもいいのか。

「じゃ、3人で買いに行こうか」

「有栖さん、ちゃんと子供料金して貰ってね~」

「うぐっ、私子供じゃないもん! 胸でも……」

 なぜ俺を見る。君の胸の成長なんて知らないよ。

 芽依は中学校のときから、その可愛らしい顔に似つかわしくなく、胸が大きかった。高校生になってきっともっと成長したんだろうけど、残念なことに、CとDの違いは誰にわかるの? AとBなら分かるが、それ以上は玄人のみぞ知る。

 まあ、その胸のせいというか、おかげというか、中学校のとき、チケット売り場のおじいちゃんはなかなか中学生料金を適用させてくれなかった。おじいちゃんよ、どこを見てるんだ……

「楽しみだわ~」

「そうだね~」

 いつの間にか、姫宮と芽依は息ぴったりだった。芽依の言う一時撤退より、一時休戦という言葉のほうがしっくり来る。

 女の子はなんでずっとぐるぐる回るものが好きなんだろう……なるほど、そういうことか! 俺にぐるぐる回っている乗り物に乗らせて、気持ち悪くなっているところを見て優越感に浸りたいのね! 姫宮、考えてくれたな。でも残念! 俺は乗り物酔いしないし、メリーゴーランド程度のぐるぐるに目眩すらしないわ!

 俺は姫宮の企みに気づいて勝ち誇った気分になった。そして勢いよく馬の乗り物に乗った。姫宮と芽依は俺の馬に引かれる優雅な馬車に座った。

 メリーゴーランドは徐々に動き出した。

「いっきって王子様みたいだね~」

「そこだけは有栖さん、あなたに同意よ」

 俺の後ろで2人はなにかボソボソ言っていた。俺が目眩など情けないところを見せないから、悔しがっているのかな?




「次はジェットコースターに乗りたいわ~」

「えっ?私、それ苦手なの……」

 メリーゴーランドを楽しんだあとに、姫宮はジェットコースターに乗りたいと言い出した。

 これはやばい。俺はジェットコースターが大の苦手で、高いところから一気に降りるときは心臓が止まりそうになる。

 でも、ここで、俺は怖い、乗りたくないと言ったら、姫宮はきっと「男なのにジェットコースターが怖いのかしら?  馬鹿と煙は高いところが好きと言うけど、いつきくんは馬鹿じゃないってことかな~ 良かったわね、やっと自分が馬鹿じゃないってことを客観的に証明できて。おめでとうとでも言った方がいいかしら? 」なんて俺をバカにして薄ら笑いを浮かべるに違いない。

 こうなったら、何も言わずに乗るのがベストな選択だろう。

 俺がジェットコースターに向かっていくのを見て、芽依も震えながらついてきた。

「では、私がいつきくんの隣に座るわね」

「ちょっと待った! いっきの隣は私よ!」

「あら、有栖さん、私の前の席に座って、いざという時、私の下敷きになってくれる心掛けは嬉しいけど、ここはである私がいつきくんの隣に座るのが筋ではなくて?」

 芽依はバカにされながらも言い返せずに、くっ、うっと悔しそうに爪を噛んだ。

 大丈夫なの?君の爪は。 それとも小動物みたいに定期的に噛んでケアしないといけないものなのか。母ちゃん、俺の幼なじみは人間をやめたよ……

 芽依は諦めて、俺と姫宮の後ろの席に座った。

 案の定、50メートルからの落下は俺にとって残酷なものだった。

 気づいたら、俺はベンチに横たわっていた。

「いつきくん、なんで早く言ってくれなかったかしら!」

「いっき、大丈夫?」

「ジェットコースターがだめって言ってくれたら、私も乗らなかったわよ! なんでそうやって見栄張って何も言わなかったの? 私は彼女だからもう少し弱音吐いてくれてもいいんじゃない!」

 芽依は俺の事を心配そうな目で見て、姫宮は俺に怒声を飛ばしてきた。あーあ、結局ジェットコースターに乗っても姫宮に辛辣な言葉を浴びせられるのか……

 にしても彼女か。




「ジェットコースターに乗りたい」

「いっきと私はそれだめなの……」

「そうなの?いつきくん」

「いや、大丈夫だよ! そんなの全然平気!」

 俺は彼女に幻滅されたくなくて、見栄を張った。俺がジェットコースターに向かっていくのを見て、芽依も諦めたようについてきた。芽依は俺の隣に座って、彼女は後ろの席に座った。そして、ジェットコースターの落下で俺は意識を失った。

「いっき、大丈夫!?」

「いっき死なないでよ!」

「いっき、だめならだめって最初から言ったらいいのに……」

「いっき、なんで嘘ついたの……」

 俺は芽依の心配にも非難にも似た声で目を覚ました。周りを見ていたら、彼女はジュースを啜ってスマホを弄っていた。




「まただよ、いっき」

「ごめんね、芽依」

「もう無理しないでよ……」

 俺は芽依に謝ると、姫宮はカバンからタオルを出した。

「いつきくん、私がどんだけ心配したのかあなたには分からないのかな……」

 そう言って、姫宮はタオルで丁寧に俺の顔を拭いて、俺の体を起こして、多分俺が気絶してる間に買ってあった水を俺に飲ませた。

 俺の心に激痛に似たようななにかが走った。
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