【完結】ヒロインの女が死ぬほど嫌いなので悪役令嬢を全うします

3.

前世の記憶があると気付いたのは産まれてすぐ。
言葉を発することも出来ない赤子なのに、いろいろなことを覚えていた。

生前大好きだった乙女ゲームの世界だと気付いたのは七歳の時。
トリスタンと婚約した時期だ。
自分の名前とトリスタンの存在。
それが結びついた時、私は悪役令嬢ポジションであることを自覚した。

貧乏貴族だったイルゼは、金持ち侯爵家のトリスタンと婚約したことにより、自分も金持ちになったのだと錯覚するようになる。
そしてトリスタンの家の権力を笠に着て、好き放題するようになるのだ。

それからトリスタンと進学した高校に、庶民のヒロイン・エステルが入学してくる。
高慢ちきなイルゼに嫌気がさしていたトリスタンは、可憐で素直なヒロインに癒されだんだん惹かれていく。
ヒロインの存在が気に食わないイルゼは、彼女に滅茶苦茶な嫌がらせをしてトリスタンを取り返そうとした。
その結果イルゼは婚約を破棄されて路頭に迷うというストーリーだ。

だが現実はそうはいかない。

彼の家の財力が必要だったのは私がもっとずっと幼かった頃のこと。
流石に十歳にもならない子供が商売に関わることも出来ず、傾き続ける実家を支えるために身売り同然に侯爵家との結婚を決めた。

ここまではゲームの設定と同じだ。

だが十二で実家の家業の経営陣に参席してからは、バリバリ経営の立て直しを図った。

私には前世の記憶という武器がある。
別世界の、ここより高度な文明が発展した国だった。
大学で経済学や経営学を学んだ私の知識は、何世代も前の文明レベルのこの世界に充分に通用した。

そこから一気に商才に目覚め、十六にして女性実業家となっていた。

おかげであっという間に侯爵家からの借金を返済し、むしろこっちの方が立場的に強くなっていた。
それをあの馬鹿は知らされていなかったのだろう。
だからあんな強気に出られたのだ。
あるいは聞かされていたのに頭を素通りしていったか。

後者の方が可能性は高い気がするが、もはやどちらでもいい。

たぶん、婚約破棄も本気ではなかったはずだ。
おそらく狼狽える私を見て、普段相手にされない溜飲を下げたかっただけ。
泣いて縋る姿でも想像したのだろう。
馬鹿だ。

おそらくエステルとはまだ付き合ってもいない。
さすがに二股する度胸はないだろうから。

あいつはあとであれの父親にこってり絞られることだろう。
それで父親同伴で謝罪しに来る。
だけど無かったことになんてしてやらない。
昔世話になった手前、一応話し合いの場には応じるつもりだ。
なんなら慰謝料も免除してやってもいい。
だけど絶対に婚約破棄の撤回には了承しない。

弱みがあっての婚約だったから、断る理由を探していたところだったのだ。
公衆の面前での婚約破棄宣言なんて最高だ。
まさかあいつがあんな愚行に走ってくれるなんて。
これで恙なく婚約破棄出来ることだろう。
あれの父親がごねるようなら、向こう三年くらいは無制限で融資を約束してもいい。

しかしあの女。
婚約者である私の前で堂々とトリスタンにちょっかいをかけていたエステル。

エステルがトリスタンを狙っているのは明らかだった。
しかもあからさまに私に悪意を向けて。

なんだこの女と思いつつスルーしていたが、まさかここまでしてくるとは。

たぶん今回のことも、彼女が上手くあのアホを誘導したのだろう。
たまにはちょっとくらい強気に出た方がいいわ！　なんて言って。

今回は結果的に私の得になったけれど、恥をかかせる気だったに違いない。
タチの悪い企みだ。

明日以降、もしまだ絡んでくるならば。
そろそろ本気で相手をしなくてはならないようだ。