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5.やさしくさらって
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「ぎゃ あ あ あ あっ、」
元貴族のお嬢様らしからぬ無様な悲鳴を上げるのを許してほしい。
だってしょうがない。
大男の肩に担がれたまま全力疾走だ。
「ひぇっ」
急な浮遊感に息が止まる。
あの崖を飛び降りたのだ、と気付いたのは目の前に一瞬流れた土の壁のせいではなく、
「げうっ」
着地の衝撃で腹に男の肩が食い込んでえづいたせいだ。
思わず白目を剥きそうになる。
「あ、わり」
至極軽い口調で言って男が再び走り出す。
女とは言え、人一人を担いで足元が不安定な岩場を走っているとは思えないスピードだった。
どこに向かっているかなんて考えている余裕はなかった。
どうやら私は拉致とか誘拐とか、そういう状況の真っ只中にいるらしい。
案じるべきは行き着く場所ではなく己の身体、主に命と貞操だ。
「あの、ねぇ、私を誘拐してもいいことありません!」
「へぇ、それはそれは」
誘拐の利点をなくすための主張に、特に興味もなさそうに、足も緩めず男が返す。
「見た目確かにお金持ちっぽいですけどね⁉ 今日勘当されたばかりで身代金なんて払ってもらえませんの!」
「マジか。なら余計都合がいいな」
「どうして⁉」
「探す人間皆無ってことだろ」
必死に悲惨な現状を伝えるが、男の機嫌は変わらず、それどころか歌でも歌いだしそうな勢いだ。
逃げようともがいてもビクともしない。
「か、身体が目的ですの⁉ だったらあの、処女なので楽しませる技もありませんわ!」
「ぶはっ」
海賊を自称するこの男から、あの手この手で少しでも興味をなくそうという無駄なあがきに、男が噴き出す。
「ばっかおま、そんなこと言ったら余計男喜ばすだけだろが」
走りながら男が大笑いする。
言われてみればそうだ、と思わず言葉に詰まって赤面する。
だって王宮では、いかに自分がモテて、どこの誰に誘われただの、何人と寝たかだののマウント合戦だらけだった。
そうして女性だけのサロンでは、自分の性技がどれだけ優れているかの披露に終始していた。
そしてそれをありがたがる男の話ばかりをうんざりするほど聞かされていたから、貞淑が美徳なんて表側だけの話で、テクがあればあるほど男は喜ぶのだと、変な洗脳を受けていたようだ。
けれど前世の常識に照らし合わせてみれば、基本的に男と言うものは処女を喜ぶものだ。
こちらの世界だって、王宮内が乱れて腐って爛れていただけで、市井の常識は前世のものとそう変わらないはずだ。
「今のは取り消します! 私本当はイケイケのヤリヤリでそれがバレて婚約者にも捨てられるほどの女で病気も持っていてだからあの、」
「親分なんスかそのやべー女」
唐突に第三者の引き気味の声が聞こえて、自称海賊の足がようやく止まる。
ストンとその場に下ろされ、くるっと身体を回されもう一人の男に対面させられる。
「攫ってきた」
「はぁ?」
思いっきり顔をしかめたその男は、頭からつま先まで無遠慮に私を眺めた後に、「まぁなんでもいいけど」と興味を失って海賊へ視線を戻した。
「もう戻るんでいいすか?」
「ああ。これも連れてく」
浜に引き上げた小さな船を、海に出しながら男が振り返る。
顔には思い切り「めんどくさい」と書かれていた。
「うえぇ……荷物増やさないでくださいよ漕ぐのしんどい」
「ちょっと手伝ってやるからいいだろ」
「ちょっとかよ」
二人のやりとりに呆気に取られている間に、勝手に話が進んでいく。
私の意志はどこへ。
文句を言おうとして気付く。逃げるなら今だ。
そう判断して足に力を込めた瞬間、ガシッと腕を掴まれ蒼褪める。
「逃がさねーよ」
にっこり笑って短く一言。
有無を言わさぬ迫力があった。
一縷の希望に縋って、助けを求めるように子分に視線を向けると、肩を竦めて「諦めろ」と言いたげに首を振られた。
元貴族のお嬢様らしからぬ無様な悲鳴を上げるのを許してほしい。
だってしょうがない。
大男の肩に担がれたまま全力疾走だ。
「ひぇっ」
急な浮遊感に息が止まる。
あの崖を飛び降りたのだ、と気付いたのは目の前に一瞬流れた土の壁のせいではなく、
「げうっ」
着地の衝撃で腹に男の肩が食い込んでえづいたせいだ。
思わず白目を剥きそうになる。
「あ、わり」
至極軽い口調で言って男が再び走り出す。
女とは言え、人一人を担いで足元が不安定な岩場を走っているとは思えないスピードだった。
どこに向かっているかなんて考えている余裕はなかった。
どうやら私は拉致とか誘拐とか、そういう状況の真っ只中にいるらしい。
案じるべきは行き着く場所ではなく己の身体、主に命と貞操だ。
「あの、ねぇ、私を誘拐してもいいことありません!」
「へぇ、それはそれは」
誘拐の利点をなくすための主張に、特に興味もなさそうに、足も緩めず男が返す。
「見た目確かにお金持ちっぽいですけどね⁉ 今日勘当されたばかりで身代金なんて払ってもらえませんの!」
「マジか。なら余計都合がいいな」
「どうして⁉」
「探す人間皆無ってことだろ」
必死に悲惨な現状を伝えるが、男の機嫌は変わらず、それどころか歌でも歌いだしそうな勢いだ。
逃げようともがいてもビクともしない。
「か、身体が目的ですの⁉ だったらあの、処女なので楽しませる技もありませんわ!」
「ぶはっ」
海賊を自称するこの男から、あの手この手で少しでも興味をなくそうという無駄なあがきに、男が噴き出す。
「ばっかおま、そんなこと言ったら余計男喜ばすだけだろが」
走りながら男が大笑いする。
言われてみればそうだ、と思わず言葉に詰まって赤面する。
だって王宮では、いかに自分がモテて、どこの誰に誘われただの、何人と寝たかだののマウント合戦だらけだった。
そうして女性だけのサロンでは、自分の性技がどれだけ優れているかの披露に終始していた。
そしてそれをありがたがる男の話ばかりをうんざりするほど聞かされていたから、貞淑が美徳なんて表側だけの話で、テクがあればあるほど男は喜ぶのだと、変な洗脳を受けていたようだ。
けれど前世の常識に照らし合わせてみれば、基本的に男と言うものは処女を喜ぶものだ。
こちらの世界だって、王宮内が乱れて腐って爛れていただけで、市井の常識は前世のものとそう変わらないはずだ。
「今のは取り消します! 私本当はイケイケのヤリヤリでそれがバレて婚約者にも捨てられるほどの女で病気も持っていてだからあの、」
「親分なんスかそのやべー女」
唐突に第三者の引き気味の声が聞こえて、自称海賊の足がようやく止まる。
ストンとその場に下ろされ、くるっと身体を回されもう一人の男に対面させられる。
「攫ってきた」
「はぁ?」
思いっきり顔をしかめたその男は、頭からつま先まで無遠慮に私を眺めた後に、「まぁなんでもいいけど」と興味を失って海賊へ視線を戻した。
「もう戻るんでいいすか?」
「ああ。これも連れてく」
浜に引き上げた小さな船を、海に出しながら男が振り返る。
顔には思い切り「めんどくさい」と書かれていた。
「うえぇ……荷物増やさないでくださいよ漕ぐのしんどい」
「ちょっと手伝ってやるからいいだろ」
「ちょっとかよ」
二人のやりとりに呆気に取られている間に、勝手に話が進んでいく。
私の意志はどこへ。
文句を言おうとして気付く。逃げるなら今だ。
そう判断して足に力を込めた瞬間、ガシッと腕を掴まれ蒼褪める。
「逃がさねーよ」
にっこり笑って短く一言。
有無を言わさぬ迫力があった。
一縷の希望に縋って、助けを求めるように子分に視線を向けると、肩を竦めて「諦めろ」と言いたげに首を振られた。
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