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終.
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玄関に入ってすぐの居間を通ると、食卓の片付けをしていた養父が顔を上げた。
「おや、お客さんかい」
「ううん、私の旦那」
「えぇ!?」
「シア、もうちょっとちゃんと説明を」
驚愕する養父と照れてオロオロするカダを置いてさっさと寝室に向かう。
とにかく早く眠りたかった。
「あ、じいちゃんごめん、今日お店休んでもいいかな」
居間を出る前に足を止めて養父に確認する。
「そりゃ構わんが……」
養父はまた驚いた顔をして、それからカダの方を確かめるように向いた。
目は見えていないはずなのに、養父はまるで健常者と変わらぬ動きをする。
「……あんたシアの旦那さんになるのかね」
「その、出来れば…………はい」
大いに照れるカダが、困ったように私を見る。
ニヤニヤ様子を見守るだけの私に、助けを求めるのを諦めたのか真っ直ぐに養父の盲いた瞳を見た。
それから躊躇なくその場に跪く。
「シアさんを貰い受けに来ました。お父様にお許しをいただきたく、」
「いや私があなたを貰うんだって」
すかさず訂正する。
だって店を手伝わせるのだから、カダには婿に来てもらう形だ。
水を差されたカダが恨めし気な視線をこちらに向けるが、痛くもかゆくもない。
「……シアさんのものになる許可をいただけますでしょうか」
元王様が、貴族でもなんでもないただの貧民の男に跪いて許しを請う光景は異様だ。
けれどカダはそんなことを平気でやれてしまう男なのだ。
「……王よ」
養父の言葉に目を丸くする。カダも同じような反応で私を見た。
カダが何者かなんて言った記憶はない。名前だってまだ教えていないのだ。もちろん顔だって見えていない。
後宮に行かされていたことは知っていても、中でどんなことがあったかなんて話したことはなかった。
このところ塞ぎ込んでいた理由だって、一切説明していない。
なのに。
目が見えない分、感じる何かがあるのだろうか。
「大事な娘です。どうか守ってやってください」
「……命に代えても」
「すぐ命懸けるのやめてくれる?」
呆れて口を挟む。
カダはいつだって真剣で命懸けだ。
正直もうちょっと緩く生きても許されると思う。
もう王様じゃなくなったのだから余計に。
「じいちゃんあのね、私、守られるだけの女じゃないのよ。知ってるでしょ?」
「それはもう」
養父が微笑む。
これまで性質の悪い客に絡まれた時だって、平気で言い返していつの間にか仲良くなって常連客になってもらったりした。
トーザ相手の時だって、最後まで負けたつもりはない。
「だからねカダ様……ううん、カダ」
腰に手を当て、ふんぞり返るように胸を張って。
まるで気位の高い御令嬢みたいなフリで言ってやる。
「つべこべ言ってないで黙って私についてきなさい」
「……仰せのままに」
苦笑しながらカダが頷く。
満足して養父を見れば、似たような苦笑で少しカダに同情気味だ。
「とりあえず今日は寝よ。このままじゃ二人ともじいちゃんより先にぽっくり逝くわ」
「それは困るな。頼むから長生きしておくれよ」
「もちろん! 行こうカダ。ちょっと狭いけど我慢してよね」
「シアがいればどこだって楽園だ」
「父親の前でそういうの恥ずいからやめて」
「わしは別に構わんよ」
「だそうだ」
「うっせ。つべこべ言うなっつの。じゃあ店よろしくねじいちゃん」
「はいよ」
早速口ごたえするカダに文句を言いながら自室に連れていく。
寝不足で足元はフラついていたけれど、気分は良かった。
なんだかフカフカの雲の上を歩いているみたいだ。
小さなベッドは二人分の体重を受けて、安っぽい音を立てて軋む。
マットも硬いし、後宮のベッドに比べたら雲泥の差だ。
壁はボロボロだし、隙間風だって吹いている。
だけどそんなのはちっとも気にならなかった。
二人で横になってぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。
言葉もなく目を閉じて、カダの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「おやすみ、カダ」
「お休み、シア」
今、この瞬間。
ここは確かに楽園だった。
「おや、お客さんかい」
「ううん、私の旦那」
「えぇ!?」
「シア、もうちょっとちゃんと説明を」
驚愕する養父と照れてオロオロするカダを置いてさっさと寝室に向かう。
とにかく早く眠りたかった。
「あ、じいちゃんごめん、今日お店休んでもいいかな」
居間を出る前に足を止めて養父に確認する。
「そりゃ構わんが……」
養父はまた驚いた顔をして、それからカダの方を確かめるように向いた。
目は見えていないはずなのに、養父はまるで健常者と変わらぬ動きをする。
「……あんたシアの旦那さんになるのかね」
「その、出来れば…………はい」
大いに照れるカダが、困ったように私を見る。
ニヤニヤ様子を見守るだけの私に、助けを求めるのを諦めたのか真っ直ぐに養父の盲いた瞳を見た。
それから躊躇なくその場に跪く。
「シアさんを貰い受けに来ました。お父様にお許しをいただきたく、」
「いや私があなたを貰うんだって」
すかさず訂正する。
だって店を手伝わせるのだから、カダには婿に来てもらう形だ。
水を差されたカダが恨めし気な視線をこちらに向けるが、痛くもかゆくもない。
「……シアさんのものになる許可をいただけますでしょうか」
元王様が、貴族でもなんでもないただの貧民の男に跪いて許しを請う光景は異様だ。
けれどカダはそんなことを平気でやれてしまう男なのだ。
「……王よ」
養父の言葉に目を丸くする。カダも同じような反応で私を見た。
カダが何者かなんて言った記憶はない。名前だってまだ教えていないのだ。もちろん顔だって見えていない。
後宮に行かされていたことは知っていても、中でどんなことがあったかなんて話したことはなかった。
このところ塞ぎ込んでいた理由だって、一切説明していない。
なのに。
目が見えない分、感じる何かがあるのだろうか。
「大事な娘です。どうか守ってやってください」
「……命に代えても」
「すぐ命懸けるのやめてくれる?」
呆れて口を挟む。
カダはいつだって真剣で命懸けだ。
正直もうちょっと緩く生きても許されると思う。
もう王様じゃなくなったのだから余計に。
「じいちゃんあのね、私、守られるだけの女じゃないのよ。知ってるでしょ?」
「それはもう」
養父が微笑む。
これまで性質の悪い客に絡まれた時だって、平気で言い返していつの間にか仲良くなって常連客になってもらったりした。
トーザ相手の時だって、最後まで負けたつもりはない。
「だからねカダ様……ううん、カダ」
腰に手を当て、ふんぞり返るように胸を張って。
まるで気位の高い御令嬢みたいなフリで言ってやる。
「つべこべ言ってないで黙って私についてきなさい」
「……仰せのままに」
苦笑しながらカダが頷く。
満足して養父を見れば、似たような苦笑で少しカダに同情気味だ。
「とりあえず今日は寝よ。このままじゃ二人ともじいちゃんより先にぽっくり逝くわ」
「それは困るな。頼むから長生きしておくれよ」
「もちろん! 行こうカダ。ちょっと狭いけど我慢してよね」
「シアがいればどこだって楽園だ」
「父親の前でそういうの恥ずいからやめて」
「わしは別に構わんよ」
「だそうだ」
「うっせ。つべこべ言うなっつの。じゃあ店よろしくねじいちゃん」
「はいよ」
早速口ごたえするカダに文句を言いながら自室に連れていく。
寝不足で足元はフラついていたけれど、気分は良かった。
なんだかフカフカの雲の上を歩いているみたいだ。
小さなベッドは二人分の体重を受けて、安っぽい音を立てて軋む。
マットも硬いし、後宮のベッドに比べたら雲泥の差だ。
壁はボロボロだし、隙間風だって吹いている。
だけどそんなのはちっとも気にならなかった。
二人で横になってぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。
言葉もなく目を閉じて、カダの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「おやすみ、カダ」
「お休み、シア」
今、この瞬間。
ここは確かに楽園だった。
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