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日常はすぐに元通りになって、忙しくも充実した日々が戻ってきた。

そんな中で、改革はすぐに行われた。
街中がその噂でもちきりになり、すぐに私の耳にも入ってきた。
貴族が不当に得た富を没収して、民のために再分配するのだという。

もちろん不満を訴える貴族達の暴動はあったが、特権階級の数はそう多くなく、腐った役人はすでに排除されていたためにすぐに沈静化されたらしい。

彼がボロボロになりながらずっと地盤を整えていたおかげだろう。

元婚約者のトーザの家も御多分に漏れず、権力を剥奪された。
それだけでなく、虐げられ続けた使用人たちが暴動を起こしてひどい有様だったらしい。
屋敷から逃げ伸びてきた元使用人が教えてくれた。

すでにトーザに嫁入りしていたロカも巻き込まれたという。
むしろトーザと同じ残酷な性質を持っていたロカは、彼に便乗してやりたい放題していたはずだ。巻き込まれたというより、彼女も憎しみの対象だったのだろう。

テルエーゲ公爵家の価値がなくなった日。
ロカはトーザと屋敷中逃げ回った挙句、彼の盾にされて使用人たちに刺し貫かれた。
包丁や火掻き棒や鍬。武器とは呼べぬそれらに穴だらけにされて妹は絶命した。トーザも間を置かず同じ目に遭ったそうだ。

あちこちで似たような反乱が起きている。
実家も抗えず、取り潰しの憂き目に遭ったようだ。
両親は一早くその危険を察知して真っ先に逃げ出したらしい。そういう危機管理能力には優れた人たちだった。
だが逃げる途中でやはり虐げてきた使用人たちに捕まって、ボロ雑巾のようにされて森の中に放置されたらしい。

身から出た錆、因果応報、自業自得。
いつかそうなると思っていた。なんなら私の手でそうしてやるつもりだった。

それなのにその報告を聞いても、ざまぁみろという気持ちは湧いてこなかった。

ただひたすらに、一人の身だけを案じていた。


一年が経って、王様が暗殺されたと聞いた。
潰された貴族の残党の仕業だったらしい。

後任は彼の甥に決まったという。
公正で情に厚く、民衆のために尽力してくれることが期待されているらしい。

だけどそんな情報はどうでも良かった。

頭が真っ白になって、しばらくは何も手に着かなかった。

夢だったなんて思えるはずがない。
あれは確かに現実だった。
あの時確かに私は幸せだった。

涙は遅れてやってきた。

養父は心配して、ふさぎ込む私を放っておいてくれた。

けれどいつまでもくよくよしてても仕方ない。
無理やり頭を切り替えて店に出る。

新規の客も、養父の指名客も片っ端から奪って仕事を詰め込んだ。
馬車馬のごとく働いて、店を閉めた後も腕を上げるために徹夜で本を読んだ。
幸いにも身体は丈夫だったから、大きく体調を崩すこともない。

久しぶりに鏡を見て笑いそうになった。
いつかのカダにそっくりの顔色をしていた。

このまま過労で死ぬのも悪くない。

そんな血迷ったことを考える程度には疲れていた。



良く晴れた日だった。
開店前に、大量のタオルを干すために店の外に出る。

眩しさに少しふらついて、洗濯籠をドスンと置いてため息を吐く。
晴天を見上げる気にはなれずに俯く。

いつまでこんな日が続くのだろう。
このまま生きていて何かいいことがあるのだろうか。

私の今後の生活のために頑張ると言っていた。

馬鹿じゃないのか。
あんたが生きてなきゃなんの意味もないのに。

下を向いていたら涙が落ちて、地面にシミを作った。
あとからあとから溢れて、拭う気力すらもうなかった。

「――しまったな、まだ開店前か」

背後から唐突に声が聞こえて反射的に振り返る。
涙で顔がぐしゃぐしゃだったけど構っていられなかった。

「やあ、ここの店員さんかな? この店は指名制度はあるのだろうか」

ニコニコ笑いながら呑気な声で男が言う。

走り出す。
足は自然に動いていた。

手を伸ばす。そして振り上げた。

「ふざっけんなこのクソ野郎!!」
「いっったぁ!!」

フルスイングのビンタは見事頬に命中し、勢いよく突進した私の身体は止まらず、カダごと店の壁に叩きつけられたのだった。
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