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「聖女ナディアよ。第一王子ギリアン様との結婚の日取りが決まりました」
「え……?」
イーライと出会って三ヶ月が経つ頃。
王宮に呼び出され、宰相に一方的に告げられナディアは言葉を失う。
「あなたも来月で十六です。婚約を発表するいいタイミングになるでしょう」
「あのでも、結婚なんてそんな急にっ」
孤児でタダの平民ですらないナディアに、反論の余地などない。
それは分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「聖女が次期国王と結婚するのは法律で定められています。例外はありません」
淡々と告げる宰相の横で、王子ギリアンが不満たっぷりの顔で不貞腐れている。
彼自身、納得などしていないのだろう。
聖女という立場上、これまでも何度かギリアンと顔を合わせる機会があった。
けれど彼がナディアを良く思っていないことは強く感じていた。
「殿下と結婚なされば不届き者もあなたに手出しできなくなります。さすれば厳重に秘匿する必要も減じ、自由に出歩くこともできるでしょう」
説得でもするかのように宰相が言う。
丁寧な物言いではあったが、経緯などないのはその表情から明らかだった。
「もちろん王太子妃ともなれば表立っての警護もつけられます。御身の安全は保証されましょう」
天候や植物、果ては人心に影響を及ぼすことのできる聖女は稀有な存在だ。
他国に知られれば、自国のものにすべく誘拐されたり、敵国の手にあるくらいなら暗殺してしまおうという動きが生じる恐れがある。
だからこそナディアは王宮入りして以来祈りの間以外で歌うことを禁じられ、極力人目に触れぬよう閉じ込められてきたのだ。
過去にそうした説明を受け、外に出たいというのを却下された。
納得しつつも、その生活に倦んでいたのは確かだ。
その制限が、ギリアンとの結婚で緩和される。
少し前なら素直に喜べていたかもしれない。
けれど、今は脳裏に浮かぶ顔があった。
イーライ。
王立学園に通っているということしか知らない青年。
――私は彼が好きなのだ。
ギリアンとの婚約を突き付けられた途端自覚して、ナディアはぎゅっと目を閉じた。
今更そんなこと、気づいたって意味はない。
「……謹んで、お受けいたします」
「受けるもなにも、お前に断る権利などない」
迷いを見せたことが不服だったのか、ギリアンがわずかに怒りを滲ませて言う。
きっとナディアがどんな反応を見せても気に食わないのだろう。
「も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げるが、ギリアンは不快げに鼻を鳴らした。
「聖女じゃなければ誰がお前などと……」
王族らしからぬ盛大な舌打ちが聞こえて、ナディアは小さく震える。
孤児であるナディアを見下しているのはずっと感じていた。
ナディアの安全など、彼にとってはどうでもいいことなのだ。
ましてや愛などあるはずもない。
つまりこの結婚は、ナディアの自由のためとはただの建前でしかない。
ただ聖女を国に縛り付け、次期国王に箔をつけるためのものなのだ。
孤児で愚かなナディアでも、それくらいは簡単に理解できた。
「いいなぁナディアは。王子様と結婚なんて」
自室に戻るなり、ロザリンドが夢見るような表情で言う。
「遠くから見たことあるけど、格好よくて素敵な人よね。それだけでも羨ましいのに、次期王妃様だなんて……」
「そうかな……」
「そうよ! どうしていつもナディアばっかりなのかしら。同じ日に親に捨てられて、同じ孤児院で育ったのに」
ロザリンドはそう言うけれど、ナディアにとっては彼女が羨むものはどうでもいいものばかりだった。
ナディアの望みはただ自由に歌うことだけ。
それから、イーライと好きな時におしゃべりがしたい。
たったそれだけなのに。
「え……?」
イーライと出会って三ヶ月が経つ頃。
王宮に呼び出され、宰相に一方的に告げられナディアは言葉を失う。
「あなたも来月で十六です。婚約を発表するいいタイミングになるでしょう」
「あのでも、結婚なんてそんな急にっ」
孤児でタダの平民ですらないナディアに、反論の余地などない。
それは分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「聖女が次期国王と結婚するのは法律で定められています。例外はありません」
淡々と告げる宰相の横で、王子ギリアンが不満たっぷりの顔で不貞腐れている。
彼自身、納得などしていないのだろう。
聖女という立場上、これまでも何度かギリアンと顔を合わせる機会があった。
けれど彼がナディアを良く思っていないことは強く感じていた。
「殿下と結婚なされば不届き者もあなたに手出しできなくなります。さすれば厳重に秘匿する必要も減じ、自由に出歩くこともできるでしょう」
説得でもするかのように宰相が言う。
丁寧な物言いではあったが、経緯などないのはその表情から明らかだった。
「もちろん王太子妃ともなれば表立っての警護もつけられます。御身の安全は保証されましょう」
天候や植物、果ては人心に影響を及ぼすことのできる聖女は稀有な存在だ。
他国に知られれば、自国のものにすべく誘拐されたり、敵国の手にあるくらいなら暗殺してしまおうという動きが生じる恐れがある。
だからこそナディアは王宮入りして以来祈りの間以外で歌うことを禁じられ、極力人目に触れぬよう閉じ込められてきたのだ。
過去にそうした説明を受け、外に出たいというのを却下された。
納得しつつも、その生活に倦んでいたのは確かだ。
その制限が、ギリアンとの結婚で緩和される。
少し前なら素直に喜べていたかもしれない。
けれど、今は脳裏に浮かぶ顔があった。
イーライ。
王立学園に通っているということしか知らない青年。
――私は彼が好きなのだ。
ギリアンとの婚約を突き付けられた途端自覚して、ナディアはぎゅっと目を閉じた。
今更そんなこと、気づいたって意味はない。
「……謹んで、お受けいたします」
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迷いを見せたことが不服だったのか、ギリアンがわずかに怒りを滲ませて言う。
きっとナディアがどんな反応を見せても気に食わないのだろう。
「も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げるが、ギリアンは不快げに鼻を鳴らした。
「聖女じゃなければ誰がお前などと……」
王族らしからぬ盛大な舌打ちが聞こえて、ナディアは小さく震える。
孤児であるナディアを見下しているのはずっと感じていた。
ナディアの安全など、彼にとってはどうでもいいことなのだ。
ましてや愛などあるはずもない。
つまりこの結婚は、ナディアの自由のためとはただの建前でしかない。
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「そうかな……」
「そうよ! どうしていつもナディアばっかりなのかしら。同じ日に親に捨てられて、同じ孤児院で育ったのに」
ロザリンドはそう言うけれど、ナディアにとっては彼女が羨むものはどうでもいいものばかりだった。
ナディアの望みはただ自由に歌うことだけ。
それから、イーライと好きな時におしゃべりがしたい。
たったそれだけなのに。
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