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藍堂流奈と蟻喜多利奈の日常

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「あっ、おーい、こっちこっちー!」
駅の改札前に着いた流奈の耳に届いた声。
同世代の少女のものだ。

ぴょんぴょんと跳びはね、自身の姿を彼女へアピールしている。
そんな愛くるしい姿に、思わずキュンと心臓が反応してしまう流奈。

「先輩っ!おまたせしましたっ!」
彼女はつい大声を出してしまった。

喜びが爆発してしまった。
そのせいで、どのようなことが起きたのか。
火を見るより明らかだ。

「……あれルナルー?」

「え?嘘!?本物!?」

ざわざわ。
帰宅ラッシュから外れた時間ではあったものの、全く人がいなかったわけではない。
一斉に携帯電話のカメラを向ける。

こうなってしまってはまずい。
情報が拡散されてしまう。

「わわっ!?」
彼女もこの雰囲気を察知した。
すぐに逃げ出さなくてはならない。

流奈の腕を掴む。
そして、そのまま走り出すのであった。

「せ、先輩っ!?」
彼女のそんな行動に驚きつつも、転ばずに走ることが出来た。
日頃のレッスンの賜物だ。


「……こ、ここまでくれば……大丈夫かな……?」
息も絶え絶え。
大きく肩を揺らし、膝に手をついている。

「す、すみません……。」
罪悪感から謝罪する流奈。

「……大丈夫……だよ……。調度良い……運動になった……。」

嘘だ。
大丈夫でもなければ、調度良い運動でもない。

「少し、休憩しませんか?」

「……え?で、でも……。」

「すみません、私、少し休憩したいんです……。」

「え、そ、そう?ならそうしよっか……。」

「はい!」
嘘だ。
休みたいなど微塵も思っていない。
一刻も早く彼女の家に向かいたい。
しかし、彼女のことを考えると自身の欲のみを考えるわけにはいかない。

「なら、ベンチに座ろっか。」

「はいっ!」

あと少しで到着する。
そんなところで公園のベンチで休憩することになった。

嬉しい。
この時間の幸福感は、どれほど金を積んでも得られないものだろう。
願わくば、時が止まって欲しいと思ってしまう流奈であった。


「……そろそろ行こっか。」

「……はい。」

欲張ってしまった。
満足すれば良いものの、あと少し、もう少しと欲してしまった。
その結果がこれだろう。
それならば、受け入れなければならない。
これ以上強欲になってはいけないのだ。

再度歩き出す。
しばらくではない。
すぐに到着してしまった。
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