セーラー服と眼帯うさぎ

膕館啻

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雪乃ちゃんのアシストの結果、まずは近所にある普通の喫茶店で会うことになった。それだけでも、僕にとっては大きな第一歩だ。
春昭と待ち合わせてから二人と合流することにしたけど、まだ時間までは二十分ほどある。
ベンチに腰掛けると直射日光が当たるので、端にある柱に寄りかかる。それでもじわりと首に汗が滲み、タオルで拭いつつ足元を見つめた。
服、大丈夫だったかな……。
可もなく不可もない服装だとは思う。でも何を着ても、どこかに不満が残る気がした。
そっか、高良さんも私服で来てくれるのか。ネットで調べて、女の子の服装は少し知ったつもりだ。何を着ても似合いそうだけど、やっぱりワンピースを着てほしい……かな。
ぽふっとタオルに顔を埋めて上げた瞬間、春昭の姿が見えた。
「よ、碧。暑いなー今日も」と言いつつも、ブルーのシャツを着ている春昭は涼しげだ。
「うん。今年も暑くなりそうだね」
「こんなんでも冬には、どばっと雪が降るんだからなー。どうなってんだか」
ちょっとの雑談が終わると、少しだけ間が空いた。
「緊張してる?」
ちょっとだけからかうような、でも優しげな笑みを浮かべて肩を叩いた。
「まぁ、そりゃちょっとは……。でも春昭もいるし」
一瞬目を丸くすると、噴き出すように笑った。
「そうだな。俺と雪乃がいれば大体はなんとかなるよ。じゃ、先行ってよっか」
細い路地裏を抜けると、見るからに古い外観のお店が並んでいた。喫茶店もその中の一つで、地元に住んでいる者しか知らないようなところだ。
チリンチリンと軽やかな音が響き、ふわりと珈琲の匂いが鼻を過ぎていった。端っこのソファー席に案内してもらい、そのまま隣に並んで座る。
「すぐ来るらしいけど先に頼んでおく? 外で待ってたから喉渇いてるんじゃない」
「えっと、じゃあ……」
そわそわと目の前に並ぶ二つの椅子を見ていたら、急に現実味が増してきた。メニューを見ても、何も頭に入らない。
「ソーダにしようかな……」
一番大きく書いてあったメニューしか目に入らなくて、横でアイスコーヒーと頼む声も通り過ぎる。窓の外を見つめるけど、今のところは誰も通っていない。クラシックかよく分からないバイオリンの音が耳にわんわん響いた。
「ど、どうしよう春昭……っ」
まるでお化け屋敷かジェットコースターに乗る前みたいで情けないけど、こんな経験は初めてなのだから仕方ない。
「落ち着けって。大丈夫だか……いや、だいじょ……ははっ」
突然後ろを向いて笑い出した春昭に詰め寄ると、テーブル見てみろと指をそっちに向けた。
「えっ……ええっ!」
テーブルにはきらきらと薄い水色に光るソーダの中に、これまた可愛らしい星型のゼリーが乗っていた。
「碧っ……それ超可愛いな、はははっ」
「えっ……ど、どうしよう! これ絶対女の子が……いや子供が頼む奴だったよ! と、とりあえず上のだけでも先食べ……え、これどうやって食べるの? はっ春昭ってば!」
あっちは余裕そうにガムシロを入れて、くるくると混ぜている。わざわざ星型に切り取られた可愛いゼリーはストローで触れた瞬間、ソーダの中へぽちゃんと落ちた。
「あぁっ!」
「碧、静かに。それにちゃんと写真もメニューにあったろ? 店の前に見本もあったし」
「うっそ! 先言ってよ」
「いや、それ好きなのかなーって」
なんでこんなときに子供向けソーダを選ぶんだ! 飲めなくてもコーヒーにすれば良かったに決まっているだろと心の中で春昭を責めたところで、どうにもならない。
ストローでどうにか吸収作戦をとることにした時だ。
チリンチリン――。
恐らくそのまま渋い顔で見てしまっていただろう。けど扉から入ってきた二人を見た瞬間、意識は全て奪われた。再び、ぽちゃんと落ちたゼリーはもうどうでもいい。
雪乃ちゃんの方は爽やかなギンガムチェックの、すでに真夏のような格好をしている。
あ、メガネしてない……。
高良さんで一番変わった点はそこだった。薄手の長袖のブラウスと、ふわりとなびくフレアスカートを履いている。
他のお客さんはいないので、まっすぐこちらに向かってくる。その様子がスローモーションのように見えた。
「碧にぃ、久しぶりー」
「あ、久しぶり……」
「いやぁーもう暑いよねー。これから夏が来るなんて、もう雪乃を殺しにかかってるの? って感じぃ!」
僕の前に雪乃ちゃんが座り、春昭の前に高良さんが座った。斜め前にいるけど目が動かせなくて、ちらりと意を決して盗み見しても、視線が合うことはなかった。
「高良も久しぶりだな」
「……そうね」
「碧兄なぁにそれ? めっちゃ可愛いね」
「えっ……あっ!」
すっかり忘れていた。慌てて隠そうとしてもどうにもならなくて、あたふたしているとまた雪乃ちゃんが笑う。
「いいじゃん。おにーちゃんだったら通報レベルだけど、碧兄ならぴったりだよー。雪乃も好きだなそういうの。ねぇーしょこ姉?」
あっ……。
微かに微笑んだ高良さんの笑顔は一瞬だったけど、それが頭から離れない。顔に熱が集まっているのが分かる。パタパタと手をあおぐのは気候のせいにして、一口飲んだ。
雪乃ちゃんはメロンソーダのフロート、高良さんはアイスティーを頼み、ようやく少し落ち着くと、自分だけがかなりアウェーなことに気づいた。
風波兄弟と高良さんはちょくちょく会っているらしいし……よく三人でも話すのかな、春昭は特に何も言ってなかったけど。高良さんからしたら、どうして僕がここにいるか全く分からないだろう。
「ではではーさっそく自己紹介といきますかーって思ったけど、みんな知ってるんだよねぇ?」
視界の端で小さく高良さんが頷く。
「あはは、それにしてもびっくりしたー。この四人で集まれるなんて。でも可能性的には別に低くはないんだよね、みんな近所だもん」
「高良は中学違かったけどな……。ていうかお前よく来たな、暇だったのか」
いきなり攻撃的な春昭に慌てて様子を見るけど、表情は変えないまま静かに答えた。
「……雪乃に誘われたから」
「あっそ、まぁーいいけど。で、どうする碧」
「えっ……いやどうするって」
「せっかくだから碧兄、改めて自己ショーカイしよーよー」
「……うん。あの高良さん。えっと、今……席はわりと近かったと思うんだけど。その……利賀松とがまつ、碧……です」
何も浮かばなくてうつむきがちになってしまう自分に、しっかりしろと活を入れた。斜め前でさらりと彼女の髪が揺れる。
「……知ってる。高良……です。雪乃と仲が良くて、時々二人と会っているの」
僕はこくこくと頷く。
「俺たちは別にいっか。じゃあ雪乃、仕切れ」
「はいはーい! 早速だけど祥子姉、わらにーに碧兄来るのってどう思う?」
「え? ……別に、いいんじゃない」
「じゃあ次はわらにーに集合だね」
「何だその略称……わら人形のことか?」
わらにー!と決めポーズをしてから笑った。
「碧にぃ、お店の名前だよ。どう? 来てみる? ご主人様になってみる?」
「雪乃、調子乗ると奢らせるぞ」
「そ、それは勘弁! もうすぐ祥子姉の誕生日だから、お金貯め中なの」
ドキりと心臓が鳴った。このタイミングなら聞いてもいいだろうか。いや、後でか? それにしても高良さんの誕生日って……。もうすぐってことは夏生まれ、いや秋かも? 
「はい、雪乃の株上がりましたぁ~」
よし、後で雪乃ちゃんに聞こう。
高良さんが涼しい顔で隣をつついた。それをニッコリと受ける二人はなかなかいいコンビだ。女の子同士の絡みっていいなぁと微笑ましく見てしまった。
「あーそうだ。ついでにお兄達に相談してみたら?」
その一言で少し空気が冷めた。高良さんがコップを置いて、ゆっくりと顔を上げる。
「でも……それは」
「ほらぁー。じゃあ雪乃が言っちゃうよ? あのね……お兄達に助けてほしいんだ」
「助けってどういうことだ」
「実は……祥子姉にストーカーがいるみたいなんだよね」
「えっ……?」
冷房で冷えた腕をさするようにしながら、声を潜めた。
「まぁこういう商売だから多少は仕方ないんだけどさ。最近変な気がするの。見られているような、後をつけられているような……。それでね、お店のお客さんに犯人がいるかもしれないから、碧兄達にも来てみてほしいの。そこで祥子姉を守ってくれないかな」
「本当なのか?」
「うん……多分ねぇ。雪乃のお客さんは平気っぽいけど祥子姉はなぁ……なんていうか、ちょっと上級者向けなんだよねぇ、あはは。例えばアイドルとかメイドさんを見に来たようなお客さんに雪乃は分かりやすいけど、祥子姉はまるっきりタイプが違うから。その分ハマる人はハマっちゃう感じかな」
「何となく怪しいと思ってる奴はいるのか?」
「うーん。あんまり疑うことはしたくないんだけど……いないわけじゃないよ」
普段より抑えたトーンで話す姿に、いつも楽しそうにしている雪乃ちゃんも色々と問題を抱えていて、楽な仕事ではないんだと分かった。
それにしてもストーカーなんて本当にいるのだろうか。だとしたら一刻も早く手を打った方がいい。
「なにか……被害はないのかな。例えば、その……ポストに変なものが入っていたりとか」
「まだ直接的な被害はないよ。勝手に写真撮られるとか、パパラッチに似たような感じ? そんなことしてるかは知らないけどね」
「普段は平気なのか? 例えば今とか……」
「大丈夫……そうだよね?」
シンとして、店内の曲が聞こえてきた。みんな下を向いてしまっている。
「は、春昭! その……調べに行ってみない?」
「……碧が言うなら行ってみるか」
「あのっ……高良、さん。その、何かあったらすぐ言って。頼りにならないかもしれないけど……何でも協力する……ので」
「敬語になる碧兄かわいー」
向かい合っていた雪乃ちゃんに手を取られた。指先を引っ張って机の真ん中に寄せてから、自分の手を重ねた。
「はい、二人もここに!」
躊躇いながらも差し出された手が四人分重なった。
「これから雪乃達は仲間だよ。祥子姉の為にも頑張るぞー! おーっ!」
高良さんは小さく笑い、春昭は呆れたような顔でこちらを見た。それに返すように微笑んでから、雪乃ちゃんに視線を送った。
ありがとうと心の中で呟いてから頷くと、あっちは小さくピースを返した。
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