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先生と愛を確かめ合って頭痛が消えた。酷くクリアになった中でまた口づけを送る。しばらくは寝かせたままで、一度現場を見ておこうと立ち上がった。
まだ雨雲が抜けきっていない空は、どんよりとした空気を一層引き立てていた。何人か同じ方向に向かうのでついていくと、 黄色いテープで覆われた、一見教会とは思えない場所に人が集まっていた。昨日のパトカーがさすがに異常事態だと気づいていたのだろう。
現場はほとんど見えなかったけれど、既にある程度は終わっているらしい。目につくようなものは、ほとんど無かった。
ブルーシートに包まれているそこを離れて、近くを少し歩いた。本当は少年の遺体の置き場所に、良い案を見つけることがまだできていなかった。近くに埋めても野生動物に掘り返されるだろうし、人に見つからずに土を掘るのも不可能に近い。でも先生の不安は残しておきたくないから相談はできない。
自分には悪運ばかりが寄り付くようだ。ここまで運が悪くなかったら、もっと幸せな日々を送れただろう。しかし先生の一番困っているときに会えたのは良かったか。あの後何年にも渡って色んな先生に、居場所をしつこく聞いて回った。一度母にバレたがそのときに家を出て、熱意に負けた一人の教師が今も住んでいるか分からないけどと、ここの町名だけ教えてくれた。一か八か、それでも先生が口にした土地だ。その片鱗でも感じられればそれで良かった。
ここは静かで質素だけれど、慣れれば落ち着く町だった。なぜか天気の悪い日が多いということさえ目をつぶれば、老後を過ごすのにぴったりだ。
町を歩いていると、賑やかな声が聞こえた。数人の子供が遊んでいるここは、町でも一つぐらしいしかないのではという保育所だった。
ピアノを弾く女性と、子供達に囲まれ遊んでいる男性。それが絵に描いたように楽しそうな光景で、思わず見入ってしまっていた。
女の子達はピアノに集まって歌を口ずさむ。男の子は先生の周りをぐるぐると走り回り、順番にハイタッチしていく。その内に女の子も混ざり、先生に高く持ち上げてとお願いしていた。
自分もこんなところで過ごせていたら良かったのにと、少し涙が出そうになった。もしかしたらここで働かせてくれるんじゃないかと、もう少しで話しかけてしまうところだった。男性の名を聞くまでは……。
聞き間違えかと思ったけど、子供達が何度も呼ぶその名は……。
それを聞いてから見た彼には、確かに面影があった。
彼の後をつけて家を確認してから、高まる気持ちを抑え、借りたアパートで神に叫んでいた。
でもこんなことになるなんて……やっぱり自分は運が悪い。次こそは、来世があるなんて信じられないけれど、願うぐらいは良いはずだ。次は先生と結ばれても、誰と愛を誓っても責められない世に行きたい。しかしまだここでやることがある。先生の不安を取り除き、望んだことを叶える。自分が苦しもうとも、あの人が救われたのならそれでいい。
このタイミングで会えていなかったら、先生は犯罪者にされ、許せないような扱いを受けていたに違いない。神が私に下した、運はここにだけ発揮された。
何度も何度も葛藤する中で、もう少し自分に力があったら良かったのにと願うばかりだった。
今までを取り返したような、密度の濃い時間を過ごした。その中であの事件はほとんど証拠が無く、お手上げ状態だということを噂で聞いた。
何度も手順を確認して用意を終える。
最後の日を二人きりで過ごした。それは明日もその先もずっと続きそうで……今までそれを毎日続けてきたかのように、ただただ穏やかな時間だった。
最後に愛を確認して、抱きしめたまま薬を注射器で入れる。苦しまないようにと祈りながら。
先生は穏やかに、眠りについたみたいだった。
泣いてしまうと思ったからヘルメットを被り、全身を着替えてから手袋を付けた。今日の朝に確認した見回りは一人しかいなかった。この時間なら帰っているだろう。車で体を運び、シンとした教会の中に持ち出した。手に杭を打って十字架に磔る。初めと同じ事件に見せる為に内蔵を破り、中身を抜き取り皿の上に乗せた。どこかのイカれた凶悪犯のせいにしてしまえば、きっと真実は分からなくなる。熱さで白くなったヘルメットの曇りが取れるまで待ってから、石油をかけた。
最後にかけた言葉は祈りではなく、愛の言葉だった。神の祝福などいらない。禁じられていたとしても、自分と先生は確かに結ばれていたのだ。血の滴る十字架に中指を立てて、火を放った。
森の中から町へ着くまでに靴を履き替えて、誰もいない夜道を走った。家の中に戻ると、どこか落ち着かずに焦る気持ちはあったが、こんなものかという呆れのような気分もまとわりついていた。
朝一で土がついた靴がゴミ収集に持っていかれるのを見届けてから、どんな騒ぎになっているかと町へ向かった。案の定驚きは増しになって、朝だとは思えない盛り上がりだった。
教会自体は石造りだった為に、そこまで被害はなかったらしい。机と椅子はいくつか燃えたが完全には消えていない。なので離れたところに置いた皿も残っていた。これはマスコミの格好のネタらしく、さっそく号外が出回った。
先生の家に来るんじゃないかとなるべく離れていたけど、まだ燃えた遺体の正体も分かってないらしい。少し余裕が生まれてしまった。まだ危険かとも思ったのだが、この街から早めに犯人像を移したかった。
二回目もあっさりと終わってしまった。夜道を無防備に歩いていた男に何度かナイフを突き刺すと、すぐに力が抜けた。先生の集めていた時計コレクションを見たときに思いついた方法で、自分の指紋はつけないように明らかなロゴ名や特徴的なパーツをぐちゃぐちゃにして、男の周りに散りばめておいた。少しでも異常性が伝わればいい。
なかなか自分に辿り着かない警察への関心が薄れながら、続報を聞いていた。予想した以上に盛り上がっている。madhatter……ねぇ。なぜ人は犯罪者にニックネームをつけたがるのだろう。
そんなことはどうでもいいかと、次の犯行を考える。次で最後だ。これが終わったら自分は捕まってもいい、だがその前に死んでやる。引っ越したばかりなのにすぐ出て行った自分を不審がるかもしれない。でも構わない。どうせすぐに忘れるだろう。頭の中は死に場所のことだけだった。
まだ雨雲が抜けきっていない空は、どんよりとした空気を一層引き立てていた。何人か同じ方向に向かうのでついていくと、 黄色いテープで覆われた、一見教会とは思えない場所に人が集まっていた。昨日のパトカーがさすがに異常事態だと気づいていたのだろう。
現場はほとんど見えなかったけれど、既にある程度は終わっているらしい。目につくようなものは、ほとんど無かった。
ブルーシートに包まれているそこを離れて、近くを少し歩いた。本当は少年の遺体の置き場所に、良い案を見つけることがまだできていなかった。近くに埋めても野生動物に掘り返されるだろうし、人に見つからずに土を掘るのも不可能に近い。でも先生の不安は残しておきたくないから相談はできない。
自分には悪運ばかりが寄り付くようだ。ここまで運が悪くなかったら、もっと幸せな日々を送れただろう。しかし先生の一番困っているときに会えたのは良かったか。あの後何年にも渡って色んな先生に、居場所をしつこく聞いて回った。一度母にバレたがそのときに家を出て、熱意に負けた一人の教師が今も住んでいるか分からないけどと、ここの町名だけ教えてくれた。一か八か、それでも先生が口にした土地だ。その片鱗でも感じられればそれで良かった。
ここは静かで質素だけれど、慣れれば落ち着く町だった。なぜか天気の悪い日が多いということさえ目をつぶれば、老後を過ごすのにぴったりだ。
町を歩いていると、賑やかな声が聞こえた。数人の子供が遊んでいるここは、町でも一つぐらしいしかないのではという保育所だった。
ピアノを弾く女性と、子供達に囲まれ遊んでいる男性。それが絵に描いたように楽しそうな光景で、思わず見入ってしまっていた。
女の子達はピアノに集まって歌を口ずさむ。男の子は先生の周りをぐるぐると走り回り、順番にハイタッチしていく。その内に女の子も混ざり、先生に高く持ち上げてとお願いしていた。
自分もこんなところで過ごせていたら良かったのにと、少し涙が出そうになった。もしかしたらここで働かせてくれるんじゃないかと、もう少しで話しかけてしまうところだった。男性の名を聞くまでは……。
聞き間違えかと思ったけど、子供達が何度も呼ぶその名は……。
それを聞いてから見た彼には、確かに面影があった。
彼の後をつけて家を確認してから、高まる気持ちを抑え、借りたアパートで神に叫んでいた。
でもこんなことになるなんて……やっぱり自分は運が悪い。次こそは、来世があるなんて信じられないけれど、願うぐらいは良いはずだ。次は先生と結ばれても、誰と愛を誓っても責められない世に行きたい。しかしまだここでやることがある。先生の不安を取り除き、望んだことを叶える。自分が苦しもうとも、あの人が救われたのならそれでいい。
このタイミングで会えていなかったら、先生は犯罪者にされ、許せないような扱いを受けていたに違いない。神が私に下した、運はここにだけ発揮された。
何度も何度も葛藤する中で、もう少し自分に力があったら良かったのにと願うばかりだった。
今までを取り返したような、密度の濃い時間を過ごした。その中であの事件はほとんど証拠が無く、お手上げ状態だということを噂で聞いた。
何度も手順を確認して用意を終える。
最後の日を二人きりで過ごした。それは明日もその先もずっと続きそうで……今までそれを毎日続けてきたかのように、ただただ穏やかな時間だった。
最後に愛を確認して、抱きしめたまま薬を注射器で入れる。苦しまないようにと祈りながら。
先生は穏やかに、眠りについたみたいだった。
泣いてしまうと思ったからヘルメットを被り、全身を着替えてから手袋を付けた。今日の朝に確認した見回りは一人しかいなかった。この時間なら帰っているだろう。車で体を運び、シンとした教会の中に持ち出した。手に杭を打って十字架に磔る。初めと同じ事件に見せる為に内蔵を破り、中身を抜き取り皿の上に乗せた。どこかのイカれた凶悪犯のせいにしてしまえば、きっと真実は分からなくなる。熱さで白くなったヘルメットの曇りが取れるまで待ってから、石油をかけた。
最後にかけた言葉は祈りではなく、愛の言葉だった。神の祝福などいらない。禁じられていたとしても、自分と先生は確かに結ばれていたのだ。血の滴る十字架に中指を立てて、火を放った。
森の中から町へ着くまでに靴を履き替えて、誰もいない夜道を走った。家の中に戻ると、どこか落ち着かずに焦る気持ちはあったが、こんなものかという呆れのような気分もまとわりついていた。
朝一で土がついた靴がゴミ収集に持っていかれるのを見届けてから、どんな騒ぎになっているかと町へ向かった。案の定驚きは増しになって、朝だとは思えない盛り上がりだった。
教会自体は石造りだった為に、そこまで被害はなかったらしい。机と椅子はいくつか燃えたが完全には消えていない。なので離れたところに置いた皿も残っていた。これはマスコミの格好のネタらしく、さっそく号外が出回った。
先生の家に来るんじゃないかとなるべく離れていたけど、まだ燃えた遺体の正体も分かってないらしい。少し余裕が生まれてしまった。まだ危険かとも思ったのだが、この街から早めに犯人像を移したかった。
二回目もあっさりと終わってしまった。夜道を無防備に歩いていた男に何度かナイフを突き刺すと、すぐに力が抜けた。先生の集めていた時計コレクションを見たときに思いついた方法で、自分の指紋はつけないように明らかなロゴ名や特徴的なパーツをぐちゃぐちゃにして、男の周りに散りばめておいた。少しでも異常性が伝わればいい。
なかなか自分に辿り着かない警察への関心が薄れながら、続報を聞いていた。予想した以上に盛り上がっている。madhatter……ねぇ。なぜ人は犯罪者にニックネームをつけたがるのだろう。
そんなことはどうでもいいかと、次の犯行を考える。次で最後だ。これが終わったら自分は捕まってもいい、だがその前に死んでやる。引っ越したばかりなのにすぐ出て行った自分を不審がるかもしれない。でも構わない。どうせすぐに忘れるだろう。頭の中は死に場所のことだけだった。
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