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【猫目組物語 零章】
しおりを挟む学校の七不思議とは、王道であり都市伝説である……つまり嘘だということだ。どの学校にもあるお約束。
階段の数が違ったり、トイレから声が聞こえたり、飾ってある絵の目が動いてこちらを見ている、なんてことは無いのだ。実際それらは、とてもつまらない種明かしをされてしまっている。
ここに新たな不思議を追加しようと思う。いや、できることなら知らないままでいたかったのだが、この目で見てしまったからにはしょうがない。ある男が体験した、不思議な出来事を語ろうと思う。
真っ暗な校舎を覚悟していたが、意外にもその中は明るく、月明かりでライトがなくても歩ける程だった。
不安を持ちながら中へ入ったが、二階の探索を終える頃には恐怖心も薄まっていた。静かな校舎が心地良いぐらいだ。
次の三階で、僅かに光が漏れている教室があった。もしかしてまだ先生が残っていただろうか。こんな時間までお疲れ様だと足を向けた時に気がついた。
教室からこんなネオンの光が漏れている訳がない。紫色の光が目に入った時には既に、体が押さえつけられていた。
「リーダー、捕らえました」
少し篭った声が聞こえた。
「痛……っ」
背中に蹴りを入れられたのか、倒れこむように部屋の中へ入った。訳が分からぬまま顔を上げると、ある少女と目が合った。
椅子を重ねて高く積み上げたその上に、優雅に足を組んで座っていた。こちらを見下ろしながら、手にした鞭をぺしゃんぺしゃんと唸らせている。黒い革のテカテカした手袋と、かっちりした軍服。半ズボンの下に履いているブーツにも光が反射していた。
「貴様も……見てしまったか」
クスクスと見下すように口角をニヤリと上げた。誰だこいつは……。
自分の体は二人の人間が押さえていた。右は真っ直ぐな黒髪の、セーラー服を着た少女。一切表情が動かないので、人形なのではないかとゾッとする。
もう一方はもっと謎だ。うさぎのふわふわとした顔を覆う着ぐるみの頭部。それにガスマスクをつけているので、可愛さが半減されている。うさぎの下からは茶色の二つ結んだ髪が出ていた。こちらもセーラー服なので、恐らく中身は少女なのだろう。
呆気にとられているうちに手と足が拘束されていた。動けないと分かると、二人は軍服の彼女の元へ戻って並ぶ。
「さぁ今すぐ処刑といきたいところだが……我らも鬼ではない。そこで貴様に選ばせてやろう。我々の奴隷になるか、生贄になるか――」
少女が表情を崩すことはなかった。ずっと余裕な様子で薄く笑みを浮かべている。
そこでやっと頭が覚醒し始めた。こいつらはどこのクラスの奴だろうか。思い出せない……。ガスマスクうさぎはともかく、二人は顔を出しているのにピンとこない。まさか他校の奴か? それはマズい。
「君たちどこのクラスだ。ここの教室を使っていたことは黙っててやるから、早く帰るんだ」
一瞬軍服の彼女の眉間に皺が入った。ふっと笑みを消し、静かにこちらを睨む。
これだから今時の子は面倒なんだ。頼むからこれ以上問題を起こさないでくれ。
「りにゅう、うにゅう」
はいとガスマスクの方だけが返事をした。もう一人は何も喋らないがこちらを強く睨んでいる。ところで今のはまさか名前だろうか。随分変なあだ名をつけたものだ。
「おいっ!」
そんなことを考えている間に新たな刺激が来た。うつ伏せにされた体を床に叩きつけられる。背中に乗った重みで息をするのが難しい。
「……っ、冗談ならもう、やめろ……これ以上するなら……っ」
頭を踏みつけられた。嘘だろ? こいつら……いい加減にしろ。
「もう一度だけ聞いてやろうか? 今の私は機嫌がいいんだ。ほら選べ。奴隷か生贄か」
反論しようとしたが、首を絞められてて上手くいかない。本気で殺す……つもりか?
「……奴隷、ってなん……だ」
絞り出すように声を出した。
「りにゅう」
少しだけ力が弱められる。椅子から降りると、ゆっくりこっちに向かってきた。ブーツのつま先で顔上げられる。
「気分がいいから教えてやろう。我々の帝国を作るための糧を募っている。貴様らは我らの手となり足となり、一から国を作るのだ。帝国民となったら一切我らに刃向かうことは許されない。もし我らの気分を損なったらすぐに生贄にしよう。それが奴隷だ。もう一つは処刑。我々の力を見せつけるための生贄となる。安心しろ。屍の一つとして一緒に並べてやる。死んでも寂しくないぞ? 愚か者」
「……はっ」
悪ふさげがすぎる。一人じゃなければ、彼女達の力がもう少し弱ければなんとかなりそうだったのに。仕方ない。今はとりあえず乗ったフリをしてあげよう。明日の全校集会でお前らを処刑してやる。
「いい計画だな。俺も奴隷にしてくれよ」
少女は初めの見下したような笑みに戻っていた。
「そうか。いい判断だ。だが一つだけ問おう。なぜ我の機嫌がいいかお前は知っているか? それはな……」
ガツンと今までに比べて強い刺激が襲った。あまりの痛さに一瞬意識が飛んでしまったぐらいだ。
「貴様の顔を、もう見ずに済むからだよっ!」
後頭部が踏みつけられている。何度も何度も。意識が朦朧としていく中で、彼女達の笑い声がいつまでも響いていた――。
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