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――今でも夜になると、オカリナの音が海から聞こえてくる。そんな言い伝えが存在していた。ある町人の話によると、それは人魚の歌声らしい。
海の前には紫色の珍しい岩がある。人魚姫のおとぎ話と合わせているのか、失恋をしたものはその岩に行くと、お姫様が優しく慰めてくれて、次には運命の相手と出会わせてくれる……というおまじないのような都市伝説が、若い娘の間で流行った。
「失恋していることが前提なんて、なかなか面白いじゃない」
看板に書いてあった説明を読んでいると、楽しそうに話しかけられた。
「木の下で告白するとか、二人で一緒に見たら幸せになれるなんてものばっかりじゃない? 何をもって幸せにするのか、意味が分からないわよ」
「これも同じようなものでしょ」
そう言うと、意味深ににっこり微笑み返された。あまり触れない方が良さそうだ。
看板に視線を戻す。地図によると、いくつかのエリアに分かれているようだ。大きく分けると三つ。
右側はイタリア辺りをイメージしたような煉瓦の町で、海には漁船やゴンドラが停まっていた。空が淡い水色と、紫が混ざったような色をしている。
そこから真ん中に移動すると、イメージ通りのリゾート地があるようだ。ハワイのような白い砂浜に、透き通った海。遊ぶならここだろう。
そして左側の方は建物があるとしか書かれていない。端末を取り出して確認してみると、中はウォータースライダーなどがある、室内プールになっているようだ。
船着場から降りた後、入り口にあったのは人魚姫の大きな像だった。流れている水が反射して虹が見える。美しいオブジェは大きさがあるので、なかなかの迫力だ。
大多数の人は真ん中エリアへ行ってしまったけど、りょうさんの言葉で右側から行くことにした。
「皆で一斉に同じ場所に行ってもしょうがないでしょ」
「まぁ……そうですけど」
「心配しなくても、水着のお姉さんは見せてあげるわよ」
「そ、そんな心配はしてません!」
一歩そのエリアへ入ると、空気が変わった。絵になりそうな風景は、ずっと見ていても飽きなさそうだ。
「世界旅行してるみたいですね」
「うん。確かに、お得な感じ」
「あっ!」
ルリカが突然走り出した。近くのお店に何かあったようだ。ガラスから店内を覗いている。
「どうした……お、ドレスが売られてるのか」
「いいわねぇ。入りましょうよ」
パタパタと早足で扉を開ける様子が微笑ましい。中に入ると大人用の他に、子供用のもいくつかあった。
暖かい地方だからか飾りは控えめで、生地も薄めになっているようだ。
「あら、これ素敵ね……」
そういえばこんなドレスを着た女性が、海賊にさらわれる映画を見た気がする……。
鮮やかな色の布は、観賞用としても目を惹かれるものばかりだ。
「……むぅ」
「どうした?」
「これルリカのサイズにして」
俺の前にあった薄ピンク色の可愛いらしいドレスは、どう見ても大人用だった。
「無茶言うなって。ほら子供用のサイズのところから探すぞ」
うーんうーんと悩む姿を後ろから眺める。
「ルリカ、その服暑いんじゃないか?」
肩のところの素材に触れてみると、厚手のベロアのような生地だった。
「そうね、向こうはもっと暑いみたいだし、今はこれぐらい薄手でもいいんじゃないかしら……あ、これ似合いそうよ」
手に取ったのは白いワンピースだ。シンプルだけど、ルリカが好きそうなフリルはちゃんとついている。
「どうかしら?」
コクンと頷いて、試着室に入っていった。
「あ、このマネキンもそれ着てますよ」
「本当だ。この帽子を被るともっと可愛くなるわね。タケルちゃんは暑くないの?」
「俺は上着脱げば大丈夫ですから」
「なんだー。これ着てもらおうと思ったのに」
「どこのコスプレですか」
剣やらごついアクセサリーなど、バリバリの装飾品がつけられた服。実はちょっと海賊には憧れがあるけど、派手過ぎて恥ずかしい。
「じゃあドレス着てよ、ドレスー」
「本気で言ってるんですか」
「うーん、そうねぇ。意外といけると思うけど……目覚めちゃったら申し訳ないからやめるわ」
なんだその理由は! 抗議する前にカーテンが開いた。
「……軽い」
「あらぁールリカちゃん似合うわよ! とっても可愛い!」
「うん、いいんじゃないか」
帽子も渡してみると気に入ったのか、前に着ていた服を畳んだ。
「ここも店員さんがいないけど、このままでいいのかしら」
「でもレジもないですし、ここはもしかしてお金が必要ないのかも……っていくら何でもあり得ないですね。商売だろうし」
「出た瞬間に全額請求! とかね」
「そ、そんなことは……それだったら値段を表示しておかなきゃいけませんし、大体そんな事してたらリピーターが来ませんよ」
「意外と商魂があるのね。確かにこれで請求されたら訴えることもできそうだけど……でも貰うっていう感覚も慣れないじゃない?」
「まぁ……」
「食べ物はともかく、物は返すって考えていればいいんじゃないかしら」
「ここの経営はどうなってるんですか。もしかしてプレオープンだからお金は取らないとか」
「太っ腹ねぇ……後から回収できる見込みがあるのかしら。確かに人気はでそうだけどね」
元の服を店にあった袋に詰めておいた。すっかり夏の装いになったルリカを連れて辺りを散歩する。
海風が吹く港町、一応例の岩も近くで見てみようとそちらの方向へ進んだ時、良い匂いが鼻をくすぐった。
「あれは……」
テラス席もあり、半分中が覗ける開放的なレストラン。そこでは大きなロブスターを鉄板で焼いていた。バターを使っているのか、ジュージューという音と匂いにふらふらと呼び寄せられる。
「う、うわぁ……っ」
「お、美味しそう……!」
「……っ!」
ありがたい太っ腹解釈を信じて、店に入った。高そうなお店だけどなんとなく落ち着くのは、老舗風の店だからかもしれない。調度品のデザインが今では見かけないものだ。
「あれだけ食べるつもりだったけど、せっかくだから他のも頂いちゃいましょうか」
既に食前酒を貰っているりょうさんは、輝く目でメニューを眺めていた。俺が見ても分からない、長々とした横文字が並んでいる。
「迷うわね……」
「いくらでもお好きにどうぞ。余らせてしまっても、また活用できますから」
水を持ってきた店員が答える。
「この場所では不要なものが出ないんです。空間一体となってリサイクルしていますので、必要じゃないものは無いのです。簡単に言うと大規模な自給自足ということです」
「へぇ、エコなのね」
つまり余った食材はこの中のどこかで飼っている家畜のエサになったり、花壇の肥料になったりするってことなのか? もう遊園地という枠を超えている気がする。
「うーん、でもさっきお菓子とかケーキとかつまんじゃったしねぇ……このぐらいならいけるかしら。これとこれと……」
「かしこまりました」
結局呪文のようなメニューをいくつか頼んだりょうさんの言葉に、この町に似合う顔立ちの男性はにこりと微笑んだ。軽やかな仕草で立ち去る。
店内には心地良い音楽が流れていて、本当に異国に来てしまったような錯覚に陥る。
「ああ……最高ですねぇ」
「良い雰囲気ね、とっても素敵だわ」
まだ他の客がいないので、貸切状態だ。ふふ、俺達だけでここを占領しているなんて贅沢だ。ここを選んで良かった。
人が少ないからか、あまり時間を待たずに料理が運ばれてきた。
「んーこれはさすがに作れないわ。とっても手間かかってるはずよ。美味しいわぁ」
外れなく、どれもレベルが高かった。にこやかに勧めてくる男性の誘いもあって、お腹は苦しかったけど限界まで詰めた。
「いやぁ……お腹いっぱいです」
「ねぇー、大満足だわ」
ルリカはキチンと口元を拭いてから、ナプキンを置いた。この年でちゃんとマナーが備わってる。逆にこちらが勉強になったぐらいだ。
「この町も夜になったら、また素敵でしょうね」
その言葉を聞いた男性がやってきた。
「皆様、外をご覧ください」
だんだんと日が落ち始め、町が夕焼けに染まっていく。まるで絵画の中に入り込んでしまったかのようだ。
「うわぁ……綺麗ね」
「ぜひ、ご覧になってきてください。海辺はもっと素晴らしいですよ」
皆でお礼を伝えて外に出る。柔らかな潮風が頬を掠めた。
後ろではお兄さん達が楽器を取り出して、演奏を始めていた。明るく心地良い音は、この街とぴったりだ。
「豪華ね。至れり尽くせりって感じ。ああ、こんなデートなら惚れちゃうかも」
「確かに……これはそんな好きじゃない人でもOK出しちゃうレベルですね」
「そんな簡単にオチていいのかって感じだけど……まぁうまくいかなくても、例のアレに行けばいいんでしょ?」
「あっ、すっかり忘れてました」
「ふふ、いいわよ急がなくて。ゆっくり行きましょ、この分ならホテルも素敵なのがありそうだし」
「泊まる場所も豪華なんでしょうね」
日が沈み、空は紫色になった。街灯や店の看板が、イルミネーションのように彩りを添えている。
問題の岩はすぐ見つかった。なだらかな丘に登った、崖のようになっているところにある。薄紫に輝くそれは、十人ぐらいが腰掛けられそうな大きさだ。潰れたお饅頭のような形をしている。
そこに座りながら海を眺めていると……ピィィ――遠くから笛のような音が聞こえてきた。
「今のが人魚の?」
「確かオカリナでしたっけ……あっ」
いつの間にか空には星が出ていた。少し遠くはなったけど、楽しそうな音楽もまだ聞こえてくる。
「夜だって錯覚しそうになりますね。今が何時なのか分かりませんけど」
「そうね。でもあんなに綺麗な月と星空は、現実じゃなかなか見れないわよ」
白っぽく輝いている銀色の月が海に映っていた。二つの月は、先程の夕焼けとはまた違った美しさだ。
「タケル……」
つんと袖を引っ張られて下を見てみると、水面に向かってペガサスが飛んできた。白い羽から輝く星を海へ落とす。それを受けて水面はキラキラと光る。一周すると、また空へと上がっていった。
その時頭にツンと痛みが走った。軽い頭痛のようなものは、すぐに消える。
「さてと、そろそろ移動……タケルちゃんどうかした?」
「いえ、何でもないです」
「そう? 何かあったら言ってね」
ゴンドラが下に停まっていた。岩から降りて、それに乗る。ゆったりと流れる波と風が、眠りを誘うかのように心地良い。ここにずっといられたら、幸せだろうな……。
カチカチと微かに聞こえた。ポケットから取り出してみると、ルリカから貰った懐中時計が動き始めていた。電池切れじゃなかったのか? ……いつから動いていたんだろう。
針は四の刻を指しているが、それが合っている確率は少なそうだ。まぁいいか……うとうとしながら船に身を任す。
遠くで人魚の歌声が聞こえた気がした。
海の前には紫色の珍しい岩がある。人魚姫のおとぎ話と合わせているのか、失恋をしたものはその岩に行くと、お姫様が優しく慰めてくれて、次には運命の相手と出会わせてくれる……というおまじないのような都市伝説が、若い娘の間で流行った。
「失恋していることが前提なんて、なかなか面白いじゃない」
看板に書いてあった説明を読んでいると、楽しそうに話しかけられた。
「木の下で告白するとか、二人で一緒に見たら幸せになれるなんてものばっかりじゃない? 何をもって幸せにするのか、意味が分からないわよ」
「これも同じようなものでしょ」
そう言うと、意味深ににっこり微笑み返された。あまり触れない方が良さそうだ。
看板に視線を戻す。地図によると、いくつかのエリアに分かれているようだ。大きく分けると三つ。
右側はイタリア辺りをイメージしたような煉瓦の町で、海には漁船やゴンドラが停まっていた。空が淡い水色と、紫が混ざったような色をしている。
そこから真ん中に移動すると、イメージ通りのリゾート地があるようだ。ハワイのような白い砂浜に、透き通った海。遊ぶならここだろう。
そして左側の方は建物があるとしか書かれていない。端末を取り出して確認してみると、中はウォータースライダーなどがある、室内プールになっているようだ。
船着場から降りた後、入り口にあったのは人魚姫の大きな像だった。流れている水が反射して虹が見える。美しいオブジェは大きさがあるので、なかなかの迫力だ。
大多数の人は真ん中エリアへ行ってしまったけど、りょうさんの言葉で右側から行くことにした。
「皆で一斉に同じ場所に行ってもしょうがないでしょ」
「まぁ……そうですけど」
「心配しなくても、水着のお姉さんは見せてあげるわよ」
「そ、そんな心配はしてません!」
一歩そのエリアへ入ると、空気が変わった。絵になりそうな風景は、ずっと見ていても飽きなさそうだ。
「世界旅行してるみたいですね」
「うん。確かに、お得な感じ」
「あっ!」
ルリカが突然走り出した。近くのお店に何かあったようだ。ガラスから店内を覗いている。
「どうした……お、ドレスが売られてるのか」
「いいわねぇ。入りましょうよ」
パタパタと早足で扉を開ける様子が微笑ましい。中に入ると大人用の他に、子供用のもいくつかあった。
暖かい地方だからか飾りは控えめで、生地も薄めになっているようだ。
「あら、これ素敵ね……」
そういえばこんなドレスを着た女性が、海賊にさらわれる映画を見た気がする……。
鮮やかな色の布は、観賞用としても目を惹かれるものばかりだ。
「……むぅ」
「どうした?」
「これルリカのサイズにして」
俺の前にあった薄ピンク色の可愛いらしいドレスは、どう見ても大人用だった。
「無茶言うなって。ほら子供用のサイズのところから探すぞ」
うーんうーんと悩む姿を後ろから眺める。
「ルリカ、その服暑いんじゃないか?」
肩のところの素材に触れてみると、厚手のベロアのような生地だった。
「そうね、向こうはもっと暑いみたいだし、今はこれぐらい薄手でもいいんじゃないかしら……あ、これ似合いそうよ」
手に取ったのは白いワンピースだ。シンプルだけど、ルリカが好きそうなフリルはちゃんとついている。
「どうかしら?」
コクンと頷いて、試着室に入っていった。
「あ、このマネキンもそれ着てますよ」
「本当だ。この帽子を被るともっと可愛くなるわね。タケルちゃんは暑くないの?」
「俺は上着脱げば大丈夫ですから」
「なんだー。これ着てもらおうと思ったのに」
「どこのコスプレですか」
剣やらごついアクセサリーなど、バリバリの装飾品がつけられた服。実はちょっと海賊には憧れがあるけど、派手過ぎて恥ずかしい。
「じゃあドレス着てよ、ドレスー」
「本気で言ってるんですか」
「うーん、そうねぇ。意外といけると思うけど……目覚めちゃったら申し訳ないからやめるわ」
なんだその理由は! 抗議する前にカーテンが開いた。
「……軽い」
「あらぁールリカちゃん似合うわよ! とっても可愛い!」
「うん、いいんじゃないか」
帽子も渡してみると気に入ったのか、前に着ていた服を畳んだ。
「ここも店員さんがいないけど、このままでいいのかしら」
「でもレジもないですし、ここはもしかしてお金が必要ないのかも……っていくら何でもあり得ないですね。商売だろうし」
「出た瞬間に全額請求! とかね」
「そ、そんなことは……それだったら値段を表示しておかなきゃいけませんし、大体そんな事してたらリピーターが来ませんよ」
「意外と商魂があるのね。確かにこれで請求されたら訴えることもできそうだけど……でも貰うっていう感覚も慣れないじゃない?」
「まぁ……」
「食べ物はともかく、物は返すって考えていればいいんじゃないかしら」
「ここの経営はどうなってるんですか。もしかしてプレオープンだからお金は取らないとか」
「太っ腹ねぇ……後から回収できる見込みがあるのかしら。確かに人気はでそうだけどね」
元の服を店にあった袋に詰めておいた。すっかり夏の装いになったルリカを連れて辺りを散歩する。
海風が吹く港町、一応例の岩も近くで見てみようとそちらの方向へ進んだ時、良い匂いが鼻をくすぐった。
「あれは……」
テラス席もあり、半分中が覗ける開放的なレストラン。そこでは大きなロブスターを鉄板で焼いていた。バターを使っているのか、ジュージューという音と匂いにふらふらと呼び寄せられる。
「う、うわぁ……っ」
「お、美味しそう……!」
「……っ!」
ありがたい太っ腹解釈を信じて、店に入った。高そうなお店だけどなんとなく落ち着くのは、老舗風の店だからかもしれない。調度品のデザインが今では見かけないものだ。
「あれだけ食べるつもりだったけど、せっかくだから他のも頂いちゃいましょうか」
既に食前酒を貰っているりょうさんは、輝く目でメニューを眺めていた。俺が見ても分からない、長々とした横文字が並んでいる。
「迷うわね……」
「いくらでもお好きにどうぞ。余らせてしまっても、また活用できますから」
水を持ってきた店員が答える。
「この場所では不要なものが出ないんです。空間一体となってリサイクルしていますので、必要じゃないものは無いのです。簡単に言うと大規模な自給自足ということです」
「へぇ、エコなのね」
つまり余った食材はこの中のどこかで飼っている家畜のエサになったり、花壇の肥料になったりするってことなのか? もう遊園地という枠を超えている気がする。
「うーん、でもさっきお菓子とかケーキとかつまんじゃったしねぇ……このぐらいならいけるかしら。これとこれと……」
「かしこまりました」
結局呪文のようなメニューをいくつか頼んだりょうさんの言葉に、この町に似合う顔立ちの男性はにこりと微笑んだ。軽やかな仕草で立ち去る。
店内には心地良い音楽が流れていて、本当に異国に来てしまったような錯覚に陥る。
「ああ……最高ですねぇ」
「良い雰囲気ね、とっても素敵だわ」
まだ他の客がいないので、貸切状態だ。ふふ、俺達だけでここを占領しているなんて贅沢だ。ここを選んで良かった。
人が少ないからか、あまり時間を待たずに料理が運ばれてきた。
「んーこれはさすがに作れないわ。とっても手間かかってるはずよ。美味しいわぁ」
外れなく、どれもレベルが高かった。にこやかに勧めてくる男性の誘いもあって、お腹は苦しかったけど限界まで詰めた。
「いやぁ……お腹いっぱいです」
「ねぇー、大満足だわ」
ルリカはキチンと口元を拭いてから、ナプキンを置いた。この年でちゃんとマナーが備わってる。逆にこちらが勉強になったぐらいだ。
「この町も夜になったら、また素敵でしょうね」
その言葉を聞いた男性がやってきた。
「皆様、外をご覧ください」
だんだんと日が落ち始め、町が夕焼けに染まっていく。まるで絵画の中に入り込んでしまったかのようだ。
「うわぁ……綺麗ね」
「ぜひ、ご覧になってきてください。海辺はもっと素晴らしいですよ」
皆でお礼を伝えて外に出る。柔らかな潮風が頬を掠めた。
後ろではお兄さん達が楽器を取り出して、演奏を始めていた。明るく心地良い音は、この街とぴったりだ。
「豪華ね。至れり尽くせりって感じ。ああ、こんなデートなら惚れちゃうかも」
「確かに……これはそんな好きじゃない人でもOK出しちゃうレベルですね」
「そんな簡単にオチていいのかって感じだけど……まぁうまくいかなくても、例のアレに行けばいいんでしょ?」
「あっ、すっかり忘れてました」
「ふふ、いいわよ急がなくて。ゆっくり行きましょ、この分ならホテルも素敵なのがありそうだし」
「泊まる場所も豪華なんでしょうね」
日が沈み、空は紫色になった。街灯や店の看板が、イルミネーションのように彩りを添えている。
問題の岩はすぐ見つかった。なだらかな丘に登った、崖のようになっているところにある。薄紫に輝くそれは、十人ぐらいが腰掛けられそうな大きさだ。潰れたお饅頭のような形をしている。
そこに座りながら海を眺めていると……ピィィ――遠くから笛のような音が聞こえてきた。
「今のが人魚の?」
「確かオカリナでしたっけ……あっ」
いつの間にか空には星が出ていた。少し遠くはなったけど、楽しそうな音楽もまだ聞こえてくる。
「夜だって錯覚しそうになりますね。今が何時なのか分かりませんけど」
「そうね。でもあんなに綺麗な月と星空は、現実じゃなかなか見れないわよ」
白っぽく輝いている銀色の月が海に映っていた。二つの月は、先程の夕焼けとはまた違った美しさだ。
「タケル……」
つんと袖を引っ張られて下を見てみると、水面に向かってペガサスが飛んできた。白い羽から輝く星を海へ落とす。それを受けて水面はキラキラと光る。一周すると、また空へと上がっていった。
その時頭にツンと痛みが走った。軽い頭痛のようなものは、すぐに消える。
「さてと、そろそろ移動……タケルちゃんどうかした?」
「いえ、何でもないです」
「そう? 何かあったら言ってね」
ゴンドラが下に停まっていた。岩から降りて、それに乗る。ゆったりと流れる波と風が、眠りを誘うかのように心地良い。ここにずっといられたら、幸せだろうな……。
カチカチと微かに聞こえた。ポケットから取り出してみると、ルリカから貰った懐中時計が動き始めていた。電池切れじゃなかったのか? ……いつから動いていたんだろう。
針は四の刻を指しているが、それが合っている確率は少なそうだ。まぁいいか……うとうとしながら船に身を任す。
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