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膕館啻

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Empty dream

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細い廊下を抜けると大きな扉があった。そこは既に開かれていて、中に大きなホールがあるのが見える。ステージも大きいけど、とにかく客席が多い。天井付近までありそうだ。
座席には机もついていた。開いていた列に横並びで座る。
豪華な装飾の施された舞台は、それだけでも見る価値があった。金で作られた繊細な植物の蔓。よく見るとその中に人や動物が紛れていた。それらはいつくかのおとぎ話の場面を表しているようだ。
幕が微かに揺れた気がした。ここに連れてきたということは、この舞台上で何か行うのだろう。
「ショーでも見せてくれるのかな」
「随分広いわね」
「何人集客できるんだろう」
下はずらりと人の頭が並んでいる。少し怖い。そんなことを考えていると、ブザーが鳴った。
あれだけいた人の話し声が小さくなり、会場が暗くなると聞こえなくなった。高揚や緊張を抑えて、次に何が起こるかを待つ。
てっきり幕が上がるのかと思っていたら、ポンッ! 何かの破裂音と共に、突然男が一人現れた。
スポットライトが幕の前に立つ彼を照らしている。深くまでシルクハットを被り、体も真っ黒なコートに包まれているので輪郭がはっきりしない。クルッと杖を回すと、あちこちからきらりと光る紙が飛び出した。それは客席へと上がっていく。お辞儀をする為に取った帽子からも鳩が飛び出し、光り輝きながらこちらへ向かって……どこかへ消えた。
唐突に始まったけど、これはマジックショーなのだろうか? 呆気に取られる客を横目に、にっこりと男は笑って、シンとした会場に手を広げた。
「紳士、淑女の皆様……ようこそいらっしゃいました。まずはこの遊園地が誇るサーカス団の演目をご覧になって頂きたい。私は団長のクランと申します、以後お見知りおきを……。さて、我がサーカス団の演技は一級品、皆様飲み込まれ過ぎないようご注意を……。楽しみはまだまだこれからですからね。それでは貴方を夢の世界へお連れ致します」
男が闇に消えていく中で、ゆっくり幕が開く。

柔らかな陽の中のような、緑色に包まれた背景が広がっていた。悲しげで、どこか切ないメロディーが静かに会場を包む。
端から一人の少女が現れた。光に溶け込むような淡い色のレオタードを着た少女は、本物の妖精のようだ。軽やかに愛らしくバレエを踊る。
そこに一人の男が現れた。同じ色の衣装を着て、少女よりもダイナミックに踊る。二人が手を取ると、パッと背景が変わった。
夜空だ。それは客席にまで続いている。二人の衣装もいつの間にか色が変わり、星空を散りばめたような服になっていた。ワイヤーを使って宙に上がり、自由に空を舞っている。二人が通ったところを追いかけるように、沢山の星が流れていく。
そこへ大きな羽根を持つペガサスが現れた。汚れのない真っ白な身体を自由に、優雅に動かしながら二人の間を駆け回る。そのまますり抜けて客席の方まで来た。触れてしまうのではないかという距離まで近づくと、思わず目を奪われた。強さや気高さ、逞しさなども己で知りつくしているのではないかと思うほど立派だ。輝く銀色の翼は手の間を抜けて夜空の中へ戻ると、そのまま消えてしまった。
一瞬の暗転を入れると、次には世界が一変していた。大きな水槽が真ん中に設置してあり、その周りは華やかな海のセットに囲まれている。
ガラスの中で、それぞれ尾びれの色が違う人魚達が泳ぎながら円を描いた。くるりと跳ね、チャプンと水の音が鳴る。そこから跳ねた水の粒はこちらにまで届いた。一つ一つが宝石のように綺麗で掴んでみたけど、手を開くとただの水だった。
ガラスの中にも外にも鮮やかなダンサーが増え、ダイナミックなパフォーマンスも加わっていく。楽園のような世界に入り込む前にまた世界は変わり、心を落ち着ける暇がなく、演目が続いていく。
その度その世界へ入り込むかのように、歓喜の溜め息を零した。目まぐるしく回るこの舞台は、夢か幻か――。
ゆらゆらと一つの火が、暗くなった舞台の中央で輝いていた。少女がそっと息を吹きかけて……沈黙。終演の合図だった。
パチパチ……パチ。まばらな拍手はやがて歓声に変わり、止むことがなかった……かのように思えたが、スタンディングオベーションをするには高さがあるので、立つ前に足がすくんでしまった。そのかわり精一杯拍手を送る。

再び幕に団長と名乗る男が現れた。今度は普通に横から歩いてくる。
「皆様からの暖かい拍手、至極感謝致します。楽しんで頂けたようで何より……。さぁ、皆様! メインイベントの説明を始めますよ! 今のはあくまで余興に過ぎませんから」
手を置いている机に青い光が浮かび上がった。それは全ての机で起こっているみたいだ。
「それを指先でなぞってみてください。上手くいかない方はゆっくりと、丁寧に」
近未来的な物を感じながら、線に沿って指を動かした。
「おお、これは凄いな」
いち早くなぞっていた高村さんの机から、板のような物が現れた。自分のもなぞり終わると四角い板が押し上げられ、くるりと一回転する。机から切り離された板は、片面がタッチパネル式のディスプレイになっているらしい。
隣を見ると意味が分かってなさそうだったので、小さい指を取り一緒になぞってみた。ちゃんと出てきたので、それをルリカに手渡す。
「画面を触って頂くと電源が入ります。そこには遊園地の地図が乗っておりますので、どうぞお好きにご覧になってみてください」
適当に押し進めていくと、写真や動画が出てきた。CGで作られたようなクオリティで、これが現実に存在するとは思えない。
「こちらに全貌が載っております。そこで……行きたい場所へ行って頂くのももちろん良いのですが、この遊園地三日かかって回りきれない程の大きさですので、色々とイベントなるものをご用意させて頂きました。よければ是非、参加なさってみてください」
「三日って……」
そんなものは聞いたことがない。本当なら世界最大の大きさになるだろうか。
「まだまだ規模は広がるらしいですよ。現段階ほぼ完成はしていますがより完璧を求める我々は、この度プレオープンとして皆様をご招待致しました。それに関しては少々手荒な方法を使ってしまい……今一度謝罪したいと思います。……しかし過去には遊園地のチケット一つで国が動くような出来事もあったのです……フフフいや失礼。前置きが長くなってしまうのは身についたこの立場のせいでしょうか。しかし皆様、気になるようでしたら、よければその話を是非にって……え、何……?」
ステージ横から小さい手がちらりと見えた。眉を曲げながら、早足でステージの端まで移動する。少しざわついたものの、すぐに取ってつけたような笑顔で戻ってきた。
「失礼、なんでも御座いませんよ。ああそうだ。この建物は……皆様ご覧になってください。こちらの画面の下にあります。この真っ黒に表示された場所ですね。劇場はあるのですが、本来は管理棟なのです。しばらくはここで行う演目もありませんし、これより先は立ち入り禁止となります。人のいない舞台など退屈でしょうから……いやそれはそれで趣が……ん、早くしろ? 分かってますよ。君は本当にせっかちだな……」
イヤホンから何か聞いているのか、耳を押さえながら小声で呟いた。マイクがついているので、全てこちらまで届いているけど。
不機嫌だった顔を戻して、わざとらしい咳を二、三繰り返した。
「ゴホン。それではそれを全員お持ちになってくださいね。とても広いので地図が必須となると思います。それ以外にも便利な機能が備わっているので、是非ご利用ください」
黒い手袋に包まれた指先を天に向けた。指を鳴らすと、突然お腹が誰かに引っ張られた気がした。実際にはベルトが現れて、体が椅子に固定されたようだ。何が起こったのか分からないまま、まず机が下に消えていった。浮遊するような感覚と、横に回されているようなのがごっちゃになって、景色がぐるぐると回っている。
目を開けると、すっかり元の空間ではなくなっていた。椅子がフロア一面に並んでいる。ここはあのホールの上なのだろうか。
前も後ろも人、人、人なので、天井のシャンデリアぐらいしか見える部分がない。
「慌てずに、一番近くの扉へゆっくりお進みください」
機械的なアナウンスが部屋の端から聞こえた。恐らく今回も真ん中辺りにいるので、順番はまだ後だろう。さっきから一番遠いところにいる気がする……ま、いいけど。
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