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膕館啻

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黄色と黒のテープが貼られた扉を開く。どんな危険なところなんだろうと思っていたら、いきなり強い風が下から吹いた。目の前にある一本の鉄の橋が、向こう側まで続いている。かなり高い所だ。下を覗くと、深い闇が広がっている。手に汗が滲んだ。
「ここは何ですか」
「綱渡りではないのですから、そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ。もしかして高所は苦手でしたか? まぁ貴方が突然自ら飛び降りたとしても、私は絶対に守りますよ。……宜しければ手をお貸ししましょうか」
差し出された手に、なんとなく帽子屋を重ねてしまった。
「すみません……大丈夫です」
彼は少し苦笑を浮かべて、再び前を向いた。なんとか足を動かし向こう側へ着くと、緊張していたのか力が抜けた。
「ここが、貴方が知りたがっていた場所ですよ」
窓を覗くと、どこかの部屋のようだった。部屋からこちらまでは結構距離がある。
「ここは中度催眠状態者の部屋です」
思わず口を塞いだ。中では目に覇気が無い人達が奴隷のように、一心不乱に物を運んでいた。ただ単に右から左へ物を落とすだけで、意味が無いことには気づいていない。
「何を……しているんですか」
「お嬢様の為に働いているみたいですね。彼らが自分からやり始めたことです。貴方のお友達もここにいるのではないかと」
もう一度見てみたが、それらしき人物は見つからなかった。それに、こんな姿を見たくない。自分までどうにかなってしまいそうだ。
「実はこれでもまだマシな方で。もっと厄介な方々が……あちらに」
案内されたのは大きな金庫のように、頑丈な鍵がついた部屋だった。慣れた手つきで横に付いているパネルに番号を打ち込むと、ガチャリと音が鳴る。ハンドルを回して中に入ると、厚い鉄で覆われたトンネルの奥、その中に人がいた。こちらとはガラスで隔離されている。
「ここは重度中毒者。欲に溺れ自我さえも持たなくなった……つまり手遅れになり、ここに隔離されています。自分が人であることすら分からなくなり、手に入ることのない何かを求めただ呼吸をしているだけ……」
何が見えているのか、ひたすら上に手を向け、求めるように伸ばし続ける人。その隣にはずっと祈っている人。死んでるかのように動かない人。いや、人と言えるのか分からないほど、みんなやせ細っている。
「……この人達はどうなるんですか」
「お嬢様の実験台でしょうね」
「元はと言えば貴方も! ここの人たちでこの薬を作ったんだろ? ……どうしてこんなことができるんだよっ」
「……だから貴方を呼んだのです。貴方にしか出来ないから終わらせるんですよ、こんなこと。あの子が選んだのなら間違いない……だから私が、貴方に来て頂ける様に手紙を書きました」
「俺なら大丈夫っていう確証はないですよね」
「その時はその時です。貴方を帰してから、この場所全てを闇に葬りましょう」
「えっ……」
「貴方を呼んだのは、最後に賭けがしたかっただけですから。これが最良かと思いまして。手段を選ばなければ、どうとでもなりますからね」
またエレベーターに乗り込み、長い時間そこにいた。あまり会話がない中で、彼の後ろ姿ばかりを見ていた。俺を中に置いてある椅子に座らせてくれたけど、この人は一度も立ったまま姿勢を崩していない。
最上階付近に着いたらしい。そこから降りると、すぐに嫌な匂いが鼻を刺激した。慌てて鼻を押さえ、辺りを観察する。一つの部屋の扉が開いていて、そこから廊下にまで血が流れている。敷いてある絨毯も黒に染まっていた。
「これってまさか……!」
壁にもいくつかの手形が残っている。その部屋を覗くと、入り口付近に誰か倒れていた。中はもっと異様な空間で、大きな椅子にはセレモニーの時にアリスの代わりをしていた、あの派手な女性が座らされていた。その喉元から血が流れて、足元まで染めている。その周りにスーツ姿の人が倒れていた。全員息をしていない。
「こ、これ……っ」
「お嬢様がやったのでしょうか」
「……どうして」
「お嬢様に会いに行った、或いは行こうとした。または、ただ気に食わなかったから……まぁお嬢様かどうかは分かりませんが。同士討ちかもしれませんし」
怒るよりも悲しい気持ちが勝り、血の海になっている廊下をなるべく見ないように歩いた。気がつくと服のあちこちに血の跡が付いている。ロディーの体が汚れていたのは、ここに来たからかもしれない。

廊下の突き当りで止まり、壁を叩き始めた。こんなシーンを映画とかでよく見るなと思ったら、本当に仕掛けがあったようだ。壁の一部を押し込むと、二人が入れるぐらいのスペースが空いた。そこからは階段が見える。上へ行く為の階段だ。
壁も床も真っ白な石でできていた。窓は無く、代わりに四角い穴が空いていて、そこから空が見える。穏やかな青空だ。
顔に風も感じた。白い世界は柔らかな光で照らされ、まるで天国へ向かっているようだ。一歩ずつ長い螺旋階段を登った。
「ここには私と、お嬢様しか入ったことはありません」
どれぐらい登っただろう。疲れたという感覚はなかった。夢を見ているような、微睡みの中のような心地がした。
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