Empty land

膕館啻

文字の大きさ
上 下
31 / 135
Empty land

(1)

しおりを挟む
黄色と黒のテープが貼られた扉を開く。どんな危険なところなんだろうと思っていたら、いきなり強い風が下から吹いた。目の前にある一本の鉄の橋が、向こう側まで続いている。かなり高い所だ。下を覗くと、深い闇が広がっている。手に汗が滲んだ。
「ここは何ですか」
「綱渡りではないのですから、そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ。もしかして高所は苦手でしたか? まぁ貴方が突然自ら飛び降りたとしても、私は絶対に守りますよ。……宜しければ手をお貸ししましょうか」
差し出された手に、なんとなく帽子屋を重ねてしまった。
「すみません……大丈夫です」
彼は少し苦笑を浮かべて、再び前を向いた。なんとか足を動かし向こう側へ着くと、緊張していたのか力が抜けた。
「ここが、貴方が知りたがっていた場所ですよ」
窓を覗くと、どこかの部屋のようだった。部屋からこちらまでは結構距離がある。
「ここは中度催眠状態者の部屋です」
思わず口を塞いだ。中では目に覇気が無い人達が奴隷のように、一心不乱に物を運んでいた。ただ単に右から左へ物を落とすだけで、意味が無いことには気づいていない。
「何を……しているんですか」
「お嬢様の為に働いているみたいですね。彼らが自分からやり始めたことです。貴方のお友達もここにいるのではないかと」
もう一度見てみたが、それらしき人物は見つからなかった。それに、こんな姿を見たくない。自分までどうにかなってしまいそうだ。
「実はこれでもまだマシな方で。もっと厄介な方々が……あちらに」
案内されたのは大きな金庫のように、頑丈な鍵がついた部屋だった。慣れた手つきで横に付いているパネルに番号を打ち込むと、ガチャリと音が鳴る。ハンドルを回して中に入ると、厚い鉄で覆われたトンネルの奥、その中に人がいた。こちらとはガラスで隔離されている。
「ここは重度中毒者。欲に溺れ自我さえも持たなくなった……つまり手遅れになり、ここに隔離されています。自分が人であることすら分からなくなり、手に入ることのない何かを求めただ呼吸をしているだけ……」
何が見えているのか、ひたすら上に手を向け、求めるように伸ばし続ける人。その隣にはずっと祈っている人。死んでるかのように動かない人。いや、人と言えるのか分からないほど、みんなやせ細っている。
「……この人達はどうなるんですか」
「お嬢様の実験台でしょうね」
「元はと言えば貴方も! ここの人たちでこの薬を作ったんだろ? ……どうしてこんなことができるんだよっ」
「……だから貴方を呼んだのです。貴方にしか出来ないから終わらせるんですよ、こんなこと。あの子が選んだのなら間違いない……だから私が、貴方に来て頂ける様に手紙を書きました」
「俺なら大丈夫っていう確証はないですよね」
「その時はその時です。貴方を帰してから、この場所全てを闇に葬りましょう」
「えっ……」
「貴方を呼んだのは、最後に賭けがしたかっただけですから。これが最良かと思いまして。手段を選ばなければ、どうとでもなりますからね」
またエレベーターに乗り込み、長い時間そこにいた。あまり会話がない中で、彼の後ろ姿ばかりを見ていた。俺を中に置いてある椅子に座らせてくれたけど、この人は一度も立ったまま姿勢を崩していない。
最上階付近に着いたらしい。そこから降りると、すぐに嫌な匂いが鼻を刺激した。慌てて鼻を押さえ、辺りを観察する。一つの部屋の扉が開いていて、そこから廊下にまで血が流れている。敷いてある絨毯も黒に染まっていた。
「これってまさか……!」
壁にもいくつかの手形が残っている。その部屋を覗くと、入り口付近に誰か倒れていた。中はもっと異様な空間で、大きな椅子にはセレモニーの時にアリスの代わりをしていた、あの派手な女性が座らされていた。その喉元から血が流れて、足元まで染めている。その周りにスーツ姿の人が倒れていた。全員息をしていない。
「こ、これ……っ」
「お嬢様がやったのでしょうか」
「……どうして」
「お嬢様に会いに行った、或いは行こうとした。または、ただ気に食わなかったから……まぁお嬢様かどうかは分かりませんが。同士討ちかもしれませんし」
怒るよりも悲しい気持ちが勝り、血の海になっている廊下をなるべく見ないように歩いた。気がつくと服のあちこちに血の跡が付いている。ロディーの体が汚れていたのは、ここに来たからかもしれない。

廊下の突き当りで止まり、壁を叩き始めた。こんなシーンを映画とかでよく見るなと思ったら、本当に仕掛けがあったようだ。壁の一部を押し込むと、二人が入れるぐらいのスペースが空いた。そこからは階段が見える。上へ行く為の階段だ。
壁も床も真っ白な石でできていた。窓は無く、代わりに四角い穴が空いていて、そこから空が見える。穏やかな青空だ。
顔に風も感じた。白い世界は柔らかな光で照らされ、まるで天国へ向かっているようだ。一歩ずつ長い螺旋階段を登った。
「ここには私と、お嬢様しか入ったことはありません」
どれぐらい登っただろう。疲れたという感覚はなかった。夢を見ているような、微睡みの中のような心地がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...