Empty land

膕館啻

文字の大きさ
上 下
28 / 135
Empty land

帽子屋の回想

しおりを挟む
空の色が青いだなんて誰が言ったんだ? 少なくとも俺の頭上はピンクで、紫で、しかもマーブル模様だ。ぐるぐると回ってる時も、誰かからの伝言が書いてある時だってあるさ。
俺はこのヘンテコな世界に生まれた。そう思うのは別の世界を見たからで、それまでは普通だと思っていたけど。
メルヘンでいかれたパーティーは毎日繰り返される。暴れる女王のやらかしだっていつものことだ。その中でいつの間にか、俺も帽子屋になっていた。と言っても金なんか存在していないし、せっせと食べ物を作る必要もないから、それぞれが自由に好きなことをして生きている。帽子屋らしいところはせいぜい、帽子屋を被っている事ぐらいだ。
ある時、俺は思った。自分は何者なんだ? 俺は誰かの単なる空想で、その中で存在しているだけのなんじゃないかと。だとしたら、何の為に毎日過ごしているんだ?
周りの奴らも変なのばっかりで、俺の話は分からない、つまらないと言われた。
そんなとき森を散歩していると、猫に会った。面白いものがある。そう言われ木と木の隙間を覗くと、突然この世界が映った。始めて見る世界に興味深々になった。それは人間界だという。沢山の信じられない数の人がいた。
因みに俺と格好が変わらないから同じだと思ったが、人間は空を飛んだりする事はできないらしい。

ある時、一人の少女を見つけた。数ある人間の中でも何故か気になり、その少女に絞って観察することにした。明らかに住んでいる所がおかしかったりしているけど、そんなことではなく、不思議な魅力があった。
それから数日経ってから気がついた。俺は何故か彼女と同じ夢を見ている。そう分かったのは夢を見た次の日、同じ内容を彼女が話しているからだ。一人何役をコロコロと夢そっくり演じている。その夢に少年が出てきた。それまでは実にヘンテコリンな、俺から見てもよく分からない夢だったけど、その少年が出てきてからはどこか現実的で、普通の会話をしていた。彼女はそれが終わると急に静かになり、人形のように動かなくなった。
俺はその少年を見つけた。彼もやっぱり同じ夢を見ているらしい。起きたその次にはこの女の子を想定してなのか、人形を持ち出し、いないハズの相手と遊ぶなんてことが多々あった。
俺は急にぱたりと夢を見なくなった。気になりすぐ見に行くと、壁は壊れていて、もう彼女はそこにいなかった。
しばらく探していると彼女は仲間を集い、そこで何か始めていた。彼女に会いたい、近くに行きたいと、素直にそう思った。
猫がニヤリと笑う……向こうの世界に飲み込まれるなよ。俺は扉を開いた。
薄暗い路地裏、そこに彼女達が来る。なのでわざと服を引き千切り、ボロボロの格好で待つことにした。なんとなく騙しているようで罪悪感があったけど、好奇心が勝っていたのだろう。あの世界の奴らは人間界なんて面倒くさいところ、わざわざ行きたくないなんて毛嫌いするけど、初めての世界にはドキドキが止まらなかった。
彼女に声をかけて貰えますように。そう願いながらずっと道路に突っ伏していた。それにしても雨のせいで寒い。遠慮なく全身に降りかかる水は、心まで冷たくしていくようだ。
「ねぇ、大丈夫?」
どのぐらい経っただろうか。本当に寒さと疲労で体が動かくなっていた。ずっと見ていた彼女の顔が、目の前に現れる。
「ボロボロだけど、結構良いお洋服着てるのね。もしかして大きいお屋敷に住んでいたの?」
俺はどんな顔をしていただろう。話しかけられてるのに、反応ができない。何か言わないとこのチャンスが無駄に……。
「まぁ良いわ。とりあえず今日は休んで頂戴、ね?」
彼女の笑顔は輝いて見えた。
「ほら! この人を運んであげて」
パンパンッと手を叩くと、その集団は動き出した。そっと近くにいた大きな男に抱き上げられる。顔を隠しているのでよく見えないが、その背中は暖かかった。
次の日、目を覚ますと綺麗な部屋にいた。ちゃんとしたパジャマにも着替えさせられている。俺はあの後寝てしまったけど、ここは彼女の部屋……というか家なのだろうか?
ノックが響き、やけに行儀の良さそうな男が入ってきた。
正装一式を用意され、首元にはリボンタイをつけられる。こんな格好はしたことがない。今から改めてお嬢さん……彼女の元へ行くらしい。
「あら、おはよう」
昨日と変わらない明るい調子で、俺を部屋の中へ招いた。いくつか質問を受けたが、世間知らずな俺は彼女の言うことに上手い嘘も思いつかない。
「貴方はどこに勤めていたの?」
「……えっと」
「あら、良かった喋れるみたいね。どこか体が痛いとかはない?」
「……平気だ」
「そう良かったわ。貴方は……まあ話したくないことは誰にでもあるものね。貴方も辛かったのかしら。ここにいる皆も、ちょっとワケありばっかりでね。もちろん私も」
そこで彼女は近寄って、手を差し出してきた。
「だから貴方も仲間よ」
部屋に差し込んだ陽が彼女を照らして、その姿はキラキラして見えた。
「そういえば名前は?」
俺には帽子屋以外の呼び名はないが、いきなりそれを言っても常識的でないことを知っている。黙っていると勝手に察したらしい。
「名前無いの……? うん気にしない気にしない! 私も無かったから自分でアリスと名付けたのよ。じゃああたしが考えてあげる! うーん……そうね。ジャックなんてどうかしら」
俺の、名前……。気づいたら顔が濡れていた。ある部分から水が止まらない。人が泣いている姿は見たことがあるけど、あれは苦しい痛いなど痛覚からくるものだと思っていた。この感情はなんだ? どこも痛くはないのに……。
俺の体が暖かいものに包まれている。実際には、側にいた二人が抱きしめてくれていた。人ってこんなに暖かいんだ……。

「アリスお茶が入ったよ」
「わぁ! 本当にジャックが入れるお茶は美味しいわよね」
まぁあっちでは紅茶ばかり飲んでたしな……。
「ねぇ、私の側で働いてくれないかしら?」
「え、でももう……」
その役目を果たしている男はいる。チラッと視線を向けると、男はにこりと笑った。
「貴方、教えてあげられるわよね?」
「もちろんですよ」
俺はアリスの一番側にいることになった。
初めてのことだらけの毎日。一緒に遊んだり、仕事を教えてもらったり。皆がいて、俺は満たされていた。
しかしお決まりと言うべきか、幸せというのは長くは続かない。彼女はどんどん力をつけていき、居座る場所も豪華になっていった。それでは満足せず、度を越す無理難題を言うようになった。
あっちの世界に飲み込まれるなよと、猫の言葉を思い出す。
周りはつまらない大人ばかりになっていたから、俺はそろそろ戻ろうかと考えていた。彼女のおじさんが耐えられず逃げたのも無理はない。だから俺も……。
そんなときに彼女があの少年を見つけた。
この少年今まで忘れていたが、今の彼女に合わせたらどうなる? 俺が覚えている限り、彼女の夢の中で彼は本当に大切な立ち位置にいた。彼女は絶対に彼を手に入れるだろう。別に俺には守る義理なんてないんだけど……他人とは思えなかった。
この少年ならもしかしたら、彼ならこの現状を変えられるかもしれない。そんな俺の都合に彼を巻き込んでしまった。わざわざあのクマにも伝えにいった。
少年を見守らなくちゃいけない。それが俺がまだここにいる理由だ。
……いや。こんな状況でも、やはり俺は不思議な国の住人らしい。面白い状況になりそうだ。さぁ君はどう出るのかな? アリスに同情する? それとも全てぶっ壊す? 仕方ないだろ。俺はいかれ帽子屋だ。女王に似て、楽しいぐちゃぐちゃな世界が好きなんだ。だからお茶でも飲んで高みの見物といこう……そう思っていた。俺はいざとなったらいつでも帰ってもいいし、自分自身は汚さない。そのつもりだっただろ?
気がついたら木から飛び降り、彼の前に出ていた。
俺は戦闘なんてしたことないんだけどな。まぁなんとかなるか……あれ、これが俺の血か? 初めて見た……こんな色をしていたんだな。全く俺は何をしてるんだろう。楽しければそれで良かった。ただの暇潰しで、高みの見物じゃなかったのかよ……っ、痛い……体が、切り裂かれた部分が燃えそうに熱い、苦しい。
目の前の怪物の巨体が倒れていった。景色が勝手に動いている。何故かゆっくりと、スローモーションで。
遠くで少年の声が聞こえた。
俺を呼んでいるのか……? ああ……全く、こんな状態じゃ、お茶も飲めないじゃないか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...