Empty land

膕館啻

文字の大きさ
上 下
24 / 135
Empty land

(1)

しおりを挟む
ロディーはぬいぐるみのくせに、普通にコーヒーを受け取って飲んでいた。
「それ、どうなってるんだ」
「まぁほとんど吸っちゃうんだけどさ、味は分かるぜ。ここに来てから感じられるようになったんだ」
「へぇ……凄いな」
「ふふーん、料理もできちゃうハイスペなクマさんなんだぜ。失敗は多いけどな……あの卵ってやつがさぁ、持つと潰れちゃって生意気だよな。その度に風呂に入らなくちゃだ」
「ははは……。そういえばロディーも、あのおじいさんもずっとここにいるんだよな? 遊びに来た客みたいにはなってないようだけど」
「ああ、俺たちは大丈夫だ。元々こっち側にいたようなものだし、アリスの毒に抗体ができているのかもしれないな。因みにそこのじいさんもアリスの叔父だから、免疫があるのかも」
「叔父?」
「マスターの家族!」
リリーが軽く飛び上がった。二人で何の害もなさそうなおじいさんを見つめる。勝手なイメージだけど、アリスの家族は奇抜でクレイジーな人間しかいないと思っていた。
「ん? ああ……そうみたいだね。彼女の残っている親戚は私一人しかいないらしい。と言っても彼女と会ったのは最近だから、ほとんど他人のようなものだけど」
「なんかあっちで振り撒かれてるっていう薬も、ここまでは届いてないんだろーな。あ、マスターは見てないから分からないだろうけど、アリスはテレビに出てた人じゃないんだ」
「姿は見てないけど、帽子屋って人に教えてもらったよ」
「帽子屋……アイツに会ったのか。よく分かんない奴だよなー。実は俺を呼んだのは帽子屋なんだけどさ、どうも信じていいのか分からないっていうか。肝心なことは話そうとしないんだ」
「……帽子屋が、ロディーを呼んだ?」
「そうそう。マスターがアリスに見つかったって」
車に乗せた時が初めてじゃなかったのか? もっと前から俺のことを……ロディーのことまで知っているなんて、どうなってるんだ。
もう少し詳しく聞きたかったけど、それ以上のことはなかったらしい。家から連れて来られて、改造されて、今の姿になって、俺に会ってる。それが今の現状だと。
それにしてもこうしてお腹を触って会話をしていると、昔に戻ったみたいだ。今は返事までしてくれるけど。
リリーが端っこから、小さくなって近づいて来た。まだどこか気まずいようだ。
「あの、ごめんなさい……貴方のこと勘違いしてたみたい」
「いや、お前は悪くないよ。アリスの命令を守ろうとしただけだもんな」
「まさか貴方のマスターがあの人じゃなかったなんて、思わなかったわ。それに私より色々と詳しいみたい……何も知らないのに、貴方にあんなことを……っ」
「だから何も間違ってないって。あのままだったら本当に一番大事な人を失うところだった。感謝してるぐらいだよ。頭を冷やしてくれてな。まぁ冷たさはよく分かんないんだけど。それに、そんなに強いなんて思わなかったよ。計算外だ」
「……ふふっ、当たり前よ! マスターのお気に入りだものっ」
いつもより多く羽をパタパタしている。犬の尻尾のようなものなんだろうか。
「ロディーはこれからどうするんだ?」
「……俺もマスターと一緒にいたいけど、このじいさんがいるからな。一人ぼっちにはしないって約束したんだ」
「そっか……」
「大丈夫だって! マスターが呼んだらすぐに駆けつける。それにこんなに強いお嬢さんもいるし無敵だよ、な?」
「はい、任せてください! 私が必ずお守りします」
「なぁ、ロディー……」
「名残惜しいけどさ、そろそろ行った方が良いんじゃないかな。アリスが今どうなってるのかは俺もよく分からないし。手遅れになる前に……後悔する前に」
「……分かった」
首元に抱きついた。顔は見せられない。今見たら、俺はここから立ち上がれなくなるだろう。既に震えている体を抱きしめているだけで限界なのに。
「マスター、必ずまた会えるからさ……っ! 俺はいつまでもずっと、ずっとマスターの親友だ。マスターの一番近くにいる、人形だよ」
「……ああ。世界で一番大事な人形……で、仲間だ。ずっと、大事にする。忘れてて、ごめんな」
「また会えただけで、嬉しい。本当に幸せだ……ありがとう。また遊んでくれて」
手を合わせると、ぽふんと音がした。目一杯抱きしめてから、別れを告げる。
大きさがどうであれ、何年経ってもロディーへの気持ちは変わらない。ふわふわで、可愛くて、暖かい、頼りになるクマだ。こんな体験ができるなら、ここに来て良かったのかもしれない。
おじいさんにもお礼を言って、見えなくなるまで手を振り返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...