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膕館啻

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ポケットに手を突っ込み、さっきのニュースを思いだしながら、すっかり冷たくなった通学路を歩く。
「別に急がなくても大丈夫だったな」
徒歩で通える程近い場所だ。遅刻してもちょっと走れば間に合う。いつもは下駄箱の混雑を避けるために、時間をずらしていた。ちょうどいい時間は、皆にとってもちょうどいいんだ。
校舎が見える道には、同じ制服の生徒が溢れていた。ちょっと耳を傾けると、さっきの話題で持ちきりだ。俺の前では、年下であろう二つ髪を結んだ少女が大声で話している。
「ねぇねぇ見た見たぁ? あたし遊園地大好きなんだぁ! ぜったい、ぜぇーったい行きたーい! 当たったらぜったい一緒にいこうね!」
「うん、私も行きたいな。約束ね」
こんな風な会話があちこちで行われている。それを通り過ぎて、靴を履き替えた。下駄箱も順調に冷えている。素手で触るのを躊躇する温度だ。思わず身震いをした。そろそろ手袋を持ってこようかな。
そして予想通り、教室に入っても同じ話題ばかりだった。ここもか、そう呟きそうになると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ」
俺の肩辺りの背丈からこちらを見る男に挨拶を返し、机に向かった。そのまま自然にあの話を出してくる。
「遊園地ねぇ。今の歳じゃあまり行かなくなったけど、どう思う?」
「まぁちょっとは気になるけど……いつか、行けたらいいかな」
そうだ、わざわざ大層な抽選大会に参加しなくても、そのうち落ち着く時が来るだろう。その時に少し見られればいい。当たるなんてことは、あり得ないだろうし。
それにしてもまだ詳しいことなど何も発表されていないのに、よく予想の段階でこんなに盛り上がれるな。いや、何も分からない状態だからこそいいのか。
「もし当たったら一緒に行かない?」
思わず顔を見つめてしまった。本人はいつも通りの表情を浮かべている。
少し返答に迷ったけど、こいつもそんなことを本気で信じているわけではないだろう。ただの会話のネタだ。でもその対象に選ばれたことは、素直に嬉しいことではあった。しかしあまりに現実味がなかったので、適当に流そうとした。
「お前ら本気か! なーにが悲しくて男同士で遊園地に行かにゃあならんのよ! 女の子と行かなきゃ意味ないだろ?」
「女って……。お前いっつもそんなこと言いながら、結局できたことないよな」
ふぁさっとマフラーを外しながら現れた男に、ちょっと棘を刺してみる。和田の顔が歪んだ。
「は、はっきり言うなぁ……し、しかしだ。考えてみろ、このチケットが当たったら絶対ついて来ると思わないか? 俺だったら行くね。だから俺は当てて彼女を作るぞ」
「普通逆なんじゃない? ああ、でもそれぐらいの力添えがなきゃ無理か」
「お、お前らぁっ……!」
こいつも朝からよくこんな大声が出せる。苦笑いを浮かべながら、せいぜい頑張れと言っておいた。
気を使わない仲間の方が楽しいんじゃないかと思ったけど、この年なら多少苦い思い出になっても、女の子と行った方がいいのかもしれない。なんて考えていると、担任がいつものように寒さに文句を言いながら入ってきた。
そうだ……俺はこの平凡で代わり映えのない日常に不満を持ちながらも、なんだかんだ満足していたんだ。大きな変化が起こるよりはマシだ。誰だってそうだろう。大きな地震や天変地異的なことが起こったら、生活自体が終わるから。
自分の肩書きはただの学生でしかない。世界を見渡せば年下や、同い年の奴らが注目を浴びてたりするけど、そんなに目立つことには憧れなかった。けれどたまに生きる理由を見いだしてるそんな奴らが、大変だと思いながらも羨ましく思う。そいつらだって悩みはあると思うけど、進路は決まっているし、自分を求めてくれる存在がいる。そんなものを望むのは、無い物ねだりという奴だろうか。
いつも変わらないそんな考えが頭の中をぐるぐるしている。意識を半分、特に意味の見出せない授業に傾けながら、後の成績に影響が出ない程度にと、何の為に保険をかけているのかも分からないで聞いていた。
全てに幕がかかっていた。明日のことを、将来のことを考えようとすると、頭の中に白いヴェールがかかる。そして結局答えは見つからない。
やりたいことが見つからなかった。具体的なビジョンが何一つ見えてこない。就職をして、社会に揉まれながら一通りの人生を歩む……そんなものなんだろうか、これから待っているのは。それの為に苦しむのだろうか。
そんな考えは、終了のチャイムと共に消えてしまった。
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