3 / 135
Empty land
(1)
しおりを挟む
ポケットに手を突っ込み、さっきのニュースを思いだしながら、すっかり冷たくなった通学路を歩く。
「別に急がなくても大丈夫だったな」
徒歩で通える程近い場所だ。遅刻してもちょっと走れば間に合う。いつもは下駄箱の混雑を避けるために、時間をずらしていた。ちょうどいい時間は、皆にとってもちょうどいいんだ。
校舎が見える道には、同じ制服の生徒が溢れていた。ちょっと耳を傾けると、さっきの話題で持ちきりだ。俺の前では、年下であろう二つ髪を結んだ少女が大声で話している。
「ねぇねぇ見た見たぁ? あたし遊園地大好きなんだぁ! ぜったい、ぜぇーったい行きたーい! 当たったらぜったい一緒にいこうね!」
「うん、私も行きたいな。約束ね」
こんな風な会話があちこちで行われている。それを通り過ぎて、靴を履き替えた。下駄箱も順調に冷えている。素手で触るのを躊躇する温度だ。思わず身震いをした。そろそろ手袋を持ってこようかな。
そして予想通り、教室に入っても同じ話題ばかりだった。ここもか、そう呟きそうになると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ」
俺の肩辺りの背丈からこちらを見る男に挨拶を返し、机に向かった。そのまま自然にあの話を出してくる。
「遊園地ねぇ。今の歳じゃあまり行かなくなったけど、どう思う?」
「まぁちょっとは気になるけど……いつか、行けたらいいかな」
そうだ、わざわざ大層な抽選大会に参加しなくても、そのうち落ち着く時が来るだろう。その時に少し見られればいい。当たるなんてことは、あり得ないだろうし。
それにしてもまだ詳しいことなど何も発表されていないのに、よく予想の段階でこんなに盛り上がれるな。いや、何も分からない状態だからこそいいのか。
「もし当たったら一緒に行かない?」
思わず顔を見つめてしまった。本人はいつも通りの表情を浮かべている。
少し返答に迷ったけど、こいつもそんなことを本気で信じているわけではないだろう。ただの会話のネタだ。でもその対象に選ばれたことは、素直に嬉しいことではあった。しかしあまりに現実味がなかったので、適当に流そうとした。
「お前ら本気か! なーにが悲しくて男同士で遊園地に行かにゃあならんのよ! 女の子と行かなきゃ意味ないだろ?」
「女って……。お前いっつもそんなこと言いながら、結局できたことないよな」
ふぁさっとマフラーを外しながら現れた男に、ちょっと棘を刺してみる。和田の顔が歪んだ。
「は、はっきり言うなぁ……し、しかしだ。考えてみろ、このチケットが当たったら絶対ついて来ると思わないか? 俺だったら行くね。だから俺は当てて彼女を作るぞ」
「普通逆なんじゃない? ああ、でもそれぐらいの力添えがなきゃ無理か」
「お、お前らぁっ……!」
こいつも朝からよくこんな大声が出せる。苦笑いを浮かべながら、せいぜい頑張れと言っておいた。
気を使わない仲間の方が楽しいんじゃないかと思ったけど、この年なら多少苦い思い出になっても、女の子と行った方がいいのかもしれない。なんて考えていると、担任がいつものように寒さに文句を言いながら入ってきた。
そうだ……俺はこの平凡で代わり映えのない日常に不満を持ちながらも、なんだかんだ満足していたんだ。大きな変化が起こるよりはマシだ。誰だってそうだろう。大きな地震や天変地異的なことが起こったら、生活自体が終わるから。
自分の肩書きはただの学生でしかない。世界を見渡せば年下や、同い年の奴らが注目を浴びてたりするけど、そんなに目立つことには憧れなかった。けれどたまに生きる理由を見いだしてるそんな奴らが、大変だと思いながらも羨ましく思う。そいつらだって悩みはあると思うけど、進路は決まっているし、自分を求めてくれる存在がいる。そんなものを望むのは、無い物ねだりという奴だろうか。
いつも変わらないそんな考えが頭の中をぐるぐるしている。意識を半分、特に意味の見出せない授業に傾けながら、後の成績に影響が出ない程度にと、何の為に保険をかけているのかも分からないで聞いていた。
全てに幕がかかっていた。明日のことを、将来のことを考えようとすると、頭の中に白いヴェールがかかる。そして結局答えは見つからない。
やりたいことが見つからなかった。具体的なビジョンが何一つ見えてこない。就職をして、社会に揉まれながら一通りの人生を歩む……そんなものなんだろうか、これから待っているのは。それの為に苦しむのだろうか。
そんな考えは、終了のチャイムと共に消えてしまった。
「別に急がなくても大丈夫だったな」
徒歩で通える程近い場所だ。遅刻してもちょっと走れば間に合う。いつもは下駄箱の混雑を避けるために、時間をずらしていた。ちょうどいい時間は、皆にとってもちょうどいいんだ。
校舎が見える道には、同じ制服の生徒が溢れていた。ちょっと耳を傾けると、さっきの話題で持ちきりだ。俺の前では、年下であろう二つ髪を結んだ少女が大声で話している。
「ねぇねぇ見た見たぁ? あたし遊園地大好きなんだぁ! ぜったい、ぜぇーったい行きたーい! 当たったらぜったい一緒にいこうね!」
「うん、私も行きたいな。約束ね」
こんな風な会話があちこちで行われている。それを通り過ぎて、靴を履き替えた。下駄箱も順調に冷えている。素手で触るのを躊躇する温度だ。思わず身震いをした。そろそろ手袋を持ってこようかな。
そして予想通り、教室に入っても同じ話題ばかりだった。ここもか、そう呟きそうになると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ」
俺の肩辺りの背丈からこちらを見る男に挨拶を返し、机に向かった。そのまま自然にあの話を出してくる。
「遊園地ねぇ。今の歳じゃあまり行かなくなったけど、どう思う?」
「まぁちょっとは気になるけど……いつか、行けたらいいかな」
そうだ、わざわざ大層な抽選大会に参加しなくても、そのうち落ち着く時が来るだろう。その時に少し見られればいい。当たるなんてことは、あり得ないだろうし。
それにしてもまだ詳しいことなど何も発表されていないのに、よく予想の段階でこんなに盛り上がれるな。いや、何も分からない状態だからこそいいのか。
「もし当たったら一緒に行かない?」
思わず顔を見つめてしまった。本人はいつも通りの表情を浮かべている。
少し返答に迷ったけど、こいつもそんなことを本気で信じているわけではないだろう。ただの会話のネタだ。でもその対象に選ばれたことは、素直に嬉しいことではあった。しかしあまりに現実味がなかったので、適当に流そうとした。
「お前ら本気か! なーにが悲しくて男同士で遊園地に行かにゃあならんのよ! 女の子と行かなきゃ意味ないだろ?」
「女って……。お前いっつもそんなこと言いながら、結局できたことないよな」
ふぁさっとマフラーを外しながら現れた男に、ちょっと棘を刺してみる。和田の顔が歪んだ。
「は、はっきり言うなぁ……し、しかしだ。考えてみろ、このチケットが当たったら絶対ついて来ると思わないか? 俺だったら行くね。だから俺は当てて彼女を作るぞ」
「普通逆なんじゃない? ああ、でもそれぐらいの力添えがなきゃ無理か」
「お、お前らぁっ……!」
こいつも朝からよくこんな大声が出せる。苦笑いを浮かべながら、せいぜい頑張れと言っておいた。
気を使わない仲間の方が楽しいんじゃないかと思ったけど、この年なら多少苦い思い出になっても、女の子と行った方がいいのかもしれない。なんて考えていると、担任がいつものように寒さに文句を言いながら入ってきた。
そうだ……俺はこの平凡で代わり映えのない日常に不満を持ちながらも、なんだかんだ満足していたんだ。大きな変化が起こるよりはマシだ。誰だってそうだろう。大きな地震や天変地異的なことが起こったら、生活自体が終わるから。
自分の肩書きはただの学生でしかない。世界を見渡せば年下や、同い年の奴らが注目を浴びてたりするけど、そんなに目立つことには憧れなかった。けれどたまに生きる理由を見いだしてるそんな奴らが、大変だと思いながらも羨ましく思う。そいつらだって悩みはあると思うけど、進路は決まっているし、自分を求めてくれる存在がいる。そんなものを望むのは、無い物ねだりという奴だろうか。
いつも変わらないそんな考えが頭の中をぐるぐるしている。意識を半分、特に意味の見出せない授業に傾けながら、後の成績に影響が出ない程度にと、何の為に保険をかけているのかも分からないで聞いていた。
全てに幕がかかっていた。明日のことを、将来のことを考えようとすると、頭の中に白いヴェールがかかる。そして結局答えは見つからない。
やりたいことが見つからなかった。具体的なビジョンが何一つ見えてこない。就職をして、社会に揉まれながら一通りの人生を歩む……そんなものなんだろうか、これから待っているのは。それの為に苦しむのだろうか。
そんな考えは、終了のチャイムと共に消えてしまった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる